第12話 イルの力の話

雷系魔法ガラガンド


ヴァイゼルグがそう唱え杖を振る。


イルは危険を察知してすぐに距離をとる。


ヴァイゼルグが上から下に両腕を勢いよく振るとその腕には雷(いかづち)が宿っていた。


「なんですかあの魔法!?」


ビエーブは俺の袖を掴みそう尋ねる。


何かは分からないが、とてつもなく嫌な予感がしているのだろう。


「あれは雷系魔法ガラガンド使用者が放った打撃を雷(いかづち)のような速さで遠距離にいる敵にぶつける魔法だ。近距離に特化した拳闘士だが、上位ランクの奴らは1つは遠距離に対応した魔法をもっている。だが《ガラガンド》を使ってくるとは………」


あれは中級あたりの魔法だが、避けるのが難しい。


それに今のイルは自分の切り札を弾かれ為す術ない状態。


これはかなりヤバいぞ。


「いくぞ!!」


ヴァイゼルグはイルから数メートル離れた距離から拳を振る。


するとドーンという落雷のような音が響き渡り、イルに命中する。


「イル!!!」


シオンが叫ぶ。


しかし、ヴァイゼルグの猛攻は止められない。


その落雷はとめどなくイルの元へ降り注ぐ。


イルも直ぐに起き上がり左右に飛んで避けようとするがガルガンドのスピードは凄まじく、捕まってしまう。



「おいおい!もうダメだろ」


「大人しく棄権しろよ!!」


「現実を認めろ〜!お前は負けたんだよ!!」


「棄権のときは手を頭より上にあげるんだぞ〜ww」


観客からはそんな声が上がっていた。


大衆はもうイルの敗北を確信しているようだった。






「3回だ、なんの数字か分かるか」


ヴァイゼルグは倒れるイルの前で攻撃をやめて、唐突にそう言った。


「なん、の話よ?」


イルはゆっくりと立ち上がりながら尋ねる。


「俺が魔法の鍛錬をした回数だよ。」


観客席がザワつく。


そしてヴァイゼルグは語り始める。


「たった3回だ、3回の鍛錬で俺は育成学校でトップの成績を収め、今やAランクの冒険者となった。分かるか、この世界では生まれ持った魔力が全てなんだよ、努力とかそんなもんで上にあがれることはねぇ。魔力のねぇやつは一生俺達の下であり続ける。これはこの世界の理だ。何人もこれを覆すことは出来ない。なのに、お前らは何もねえクセに優勝するなんて言いやがる。お前の最高の一撃を俺が無傷で止めた時もう分かっただろ、自分の間違いが。」


ヴァイゼルグは得意顔でそう語る。


だが


「分かった、私アンタに勝てるわ。」


イルはあっけらかんと一言そう言った。






「イルは大丈夫かな!?」


シオンが俺の服を引っ張る。


気付くとみんな不安そうに、俺の意見を聞きたそうにしていた。


「大丈夫だよく試合を見ろ。いや、試合じゃなくてイルの目をよく見てみろ」


みんなはもう一度試合に目を向ける。


今度はイルの顔だけを注目して。


すると


「あの目、何か考えてるみたいだね…」


シオンが呟くように言った。


「私とチェスをしている時もよくあんな目をして次の手を考えていますね。」


ビエーブもあの目を知っているようだった。


そしてリップもうんうんと頷いて見せた。


イルは放出タイプの魔法の才能はないし、頭もそんなに良くない。


だけど俺達の中で1番の負けず嫌いで、勝ちを信じている。


負けと決定するまで、絶対に諦めない。


次の手を模索し続ける。


そんなアイツだからみんなイルにリーダーを任せているんだ。


どんなに弱くても自分を信じて仲間を信じて努力し続ける。


確かに俺の方がイルよりも経験も判断力も断然上だ。


でもこのパーティーのリーダーはイル以外考えられない。


俺がアイツと初めて出会って、杖を借りた時その持ち手には血が染み付いていた。


何度も何度も振って練習を続けてきたんだろう。


それでも成果は出ず最弱と言われ続けた。


新しく貰った杖の持ち手もイルのだけ異様にすり減っている。


次こそは成果をだして認めさせるために。


ロゼッタは最弱だと言わせないために。






「オラ!何か次の手はねぇーのか!?左右に飛び回ってるだけじゃ俺には勝てねぇぞ!」


ヴァイゼルグは止むことのない攻撃を繰り返す。


イルはリングいっぱいに左右に飛び回り少しでも攻撃が散るようにしていた。


だがその絶対的に不利な状態でもイルは諦めていなかった。


1つ考えがあるのだ。


だがこれは賭けだ。


1つでも歯車が外れたら、敗北が確定する。


あと数分で身体強化魔法(魔力効率化されてない普通のやつ)も切れてしまう。


でも今のイルがヴァイゼルグに勝つためにはこの方法しかない。


その時、空中で攻撃がクリーンヒットしイルはリングの縁まで吹っ飛んだ。


「おおっと!これはクリーンヒットだ!勝負ありかぁぁぁ!!」


実況の一際大きな声が会場に響く。


「終わりか」


ヴァイゼルグもそう呟いた。


しかしイルはフラフラとよろけながら立ち上がる。


そして


「そん……な攻撃じゃ……私を殺せ…ない……わよ」


と絞り出すように言った。


「なんと!イル選手まだ諦めていないようです!」


観客席からしつこいぞという罵声が飛ぶ。


「ハハハハ!そんな強がりがまだ言えるとはな、それに俺は別に殺す気はねぇ、それは団長に止められてるからな。」


ヴァイゼルグは両手を広げ笑いながらそう言った。


その言葉を聞いた時イルの中で1つ目の歯車が回り出す。


「それを聞いて安心したわ。」


そう言うとイルは防御の姿勢をとって目を瞑りフラフラとゆっくり前進し始めた。


「なんなんだ!あれはぁぁ!イル選手自暴自棄になってしまったのでしょうか!!??」


観客は大いに笑っていた。


「なんだあれ!?新しい魔法かww」


「とうとう頭も弱くなっちまったかぁ!?」


ヴァイゼルグも少し呆気に取られてしまっていたが直ぐに攻撃態勢をとる。


「何をするつもりか知らねぇが、そのカスカスの魔力と切れかけの身体強化魔法で何ができる?」


そう言ってヴァイゼルグはまたガラガンドを放つ。


イルは体に受ける無数の打撃を避けることなく全てに当たりながら前進を続ける。


「何がしてぇんだよお前は!!?」


ヴァイゼルグはそう言いながら攻撃を続ける。


それでもイルは足を止めることなくゆっくりとゆっくりとヴァイゼルグとの距離を縮めていく。


イルの頭の中ではヴァイゼルグのことや観客の罵声、実況の声も入っておらず、ただひたすら魔力効率化術式を構築していた。





痛い、痛い、痛い、痛い。


自慢の金髪に血が染み、目は腫れ、唇は切れ、体のそこらじゅうから血の匂いがする。


それでもイルは前進する。


術式が何度も吹っ飛びそうになる。


でも絶対に消させない!


この1発は絶対に決める。


歩くごとに体の骨が軋む。


恐らく肋骨は折れているだろう。


内蔵もどこかは破れてしまっているかもしれない。


それでも術式を解くこと辞めない、イルは前進する。


ヴァイゼルグはイルを殺さないと言った。


これはつまりイル自身が気絶したり、棄権したりしない限り負けることはないということだ。


だからイルは避けるのをやめてヴァイゼルグにもう一度あの一撃を食らわすことだけに焦点を絞った。


もちろんヴァイゼルグからの攻撃は止むことは無いだろう。


でも身体強化魔法が続いているあと数分なら持ちこたえられるかもしれない。


それに


勝ち筋があるのにやらないなんて自分らしくない!


ここで死んでも、あいつに勝つ。


イルはそう覚悟していた。





「なんなんだ、なんなんだよ!そんなズタボロになってなんになるんだよ!お前は最弱の冒険者、俺はAランク冒険者、お前は俺に負けて当然なんだ、何で諦めねぇんだよぉぉ!!」


ヴァイゼルグはもう立つこともやっとなイルがまだ尚自分に近づいてくる意味がわからない。


ヴァイゼルグの攻撃を正面からくらい痛くないはずはない。


本当ならその場で立てないほどの激痛が走っているはず。


なのにイルは1歩また1歩と距離を詰める。


そして遂に猛攻の中イルはヴァイゼルグの目の前まで辿り着いた。


流石に息を切らした、ヴァイゼルグが攻撃を止めるとこそこには体中から血を流し、服もボロボロな変わり果てたイルの姿があった。


イルはポツリポツリと言葉を紡ぐ。


「わた……し……た……ちは……ゆ…しゃ…に……なる……の」


「勇者だと?魔力も底を尽き、身体強化魔法も切れた死にかけのお前が俺の前でそれを言うのか。」


それを聞いたイルはニヤッと笑い


「そ……う、わたし………のか……ちよ」


と言った。


「もうお前は魔法を使うまでもない、俺の前から消えろ!」


ヴァイゼルグは魔法を解き自身の拳でイルに殴りかかった。


イルは左腕でヴァイゼルグの攻撃を受け止める。


メキメキと左腕の骨が悲鳴をあげる。


だがこれが待ち望んでいた勝機!


「魔力効率化術式 身体強化魔法 《筋力増強(小)》!」


構築した魔力効率化術式を起動する。


イルは体の後ろに隠していた右腕でヴァイゼルグの顔面に右ストレートを決める。


その腕は炎ようなオーラをしっかりまとっていた。


「お前どこにそんな魔力を残していた!不味い、障壁がたりな……」


ヴァイゼルグはスキル《魔法障壁》を重ね掛けしようとしたが間に合わなかった。


バリィンと障壁が砕ける音がしてヴァイゼルグの巨体は吹っ飛んでいく。


そしてその先はイルが宣言した東口ゲートがあった。






「す、すごい。」


俺は思わずそう呟いていた。


もしかしたら俺はイルを甘く見ていたのかもしれない。


ヴァイゼルグの魔法障壁は1枚なら無意識で起動出来るが重ねがけするには意識を向ける必要があるということ、そして魔法障壁は1枚なら効率化術式で突破できるとわかったイルは、どうしたらヴァイゼルグに近づいて尚且つ油断させるのかを考えたんだろう。


そこで逆にヴァイゼルグの攻撃を受けながら瀕死の状態でやつに近づくという作戦を思いついた。


だがそこで重要になってくるのがヴァイゼルグに殺す気はあるのかどうかだ。


殺す気があるのであれば近づいた所を他の何かの魔法でしっかりとトドメを刺されて終わりだ。


でも無いのであればプライドの高いやつは力の差を見せつけるため魔法なんか使わないはず。


だからイルは殺意があるかどうかわかる質問をヴァイゼルグに投げ掛けたのだ。


そしてそこで殺す気はない、しかも誰かに止められているとまで分かったからイルは作戦を実行したのだろう。


正直、ヴァイゼルグの気が変わらない保証もないし攻撃を受けながら、気を保ったまま且つ魔力効率化術式を構築し続けられる保証も無い。


賭け要素の強い作戦だがイルは見事にやって見せた。


観客席は静まり返っていた。


イルは相手の力を分析し戦略を立て、誘導し実行した上でそれを成功させた。


誰もがイルの強さを認めざる得ない、そんな戦いだった。






{あとがき}


次回は明日の20時に投稿予定です。


小説のフォロー、評価して頂けるとすっごくうれしいです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る