第11話 絶望までの話
Bリーグ2回戦当日、観客席は初めての満員になった。
「凄い人だな、みんなイルを見に来てるのか?」
「残念ながら違いますよ、今日はイル対戦相手ヴァイゼルグを見に来てるんだと思います。滅多に会えないAランクの冒険者が戦う訳ですからね。それも相手が優勝宣言をし、予想外の進撃をし続ける最弱パーティーのリーダーとなればこの一戦は注目が集まるでしょう。」
俺の質問にビエーブが残念そうに答える。
「まぁ恐らくほとんどが、ヴァイゼルグがイルを圧倒する姿を見に来たんでしょうけど」
「となるとますます、イルに勝ってほしいな」
俺達がそんな会話をしているといつものようにゲートが開いた。
「さぁ!始まりましたBリーグ第2回戦!!東口ゲートからやってきたのは今回大注目のこの選手、Aランクパーティーダンフェルの拳闘士ヴァイゼルグ!!!」
今までとは比べ物にならないほど数倍大きな歓声と拍手が巻き起こる。
中でも黄色い声援が多いことが、今までと違う点だ。
満を持して東口ゲートから登場したその男は筋肉量も背丈も一般男性の2倍はあるようなとんでもない体格をした男だった。
顔も割と整っており、長い髪を結いポーニーテールにしている。そして生え際から伸びる髪のひと房を真っ赤に染めていた。ワイルドな男が好きな女からしたらたまらないのだろう。
よくわかんねぇーけど。
そして何故かヴァイゼルグが登場したと同時に、ビエーブが顔を下に向けていた。
「どうした?」
「あの人凄い魔力量ですね………私にはいまこの会場にヴァイゼルグしかいないように感じます。」
そうか、ビエーブば魔力を感知しやすいから魔力の大きなやつの存在を強く感じ取ってしまうのだ。
ていうかそんな量の魔力をダダ流してるのか、雑なやつだな。
そうしてる間に西口ゲートが開かれる。
「さぁ!続いてはこちらもある意味大注目!!ここまで勝ち進んだのは実力か偶然か最弱のパーティーロゼッタのリーダーイルぅぅぅ!!」
とイルが紹介されているのにも関わらず観客の声援はずっとヴァイゼルグに向けられている。
リップがCランクに勝ったと言えど、終わり方が釈然としなかったため色々と疑惑を呼んだ。
そのためAランクになんか勝てるわけないだろうという世の中の意見が透けて見えるような光景だった。
「それにしても俺は大抵の高ランクパーティーとは面識があるはずだが、ダンフェルなんて聞いたことないな。」
俺の独り言に、ビエーブはしっかり答えてくれた。
「最近出来たパーティーらしいですね。国中の冒険者育成学校から優秀な生徒を集めて結成されたパーティーで、その全てのメンバーが貴族か上位種の異種族。生まれながらにして才能を持っていたらしいです。 」
「いわゆるエリート集団って事か、俺はまだしもイル、ビエーブ、リップ、シオン達とは真逆な環境で生きてきたんだろうな。」
がんばれーというイルに向けた声援を俺達だけ送り続けた。
ヴァイゼルグは気だるそうにリングに上がるとイルの顔をまじまじと見る。
「お前綺麗な顔してんな俺の女になれよ」
それがヴァイゼルグが発した第一声だった。
イルは予想だにしないひと言にも取り乱さず
「アンタ私のタイプじゃないの」
と冷静に返した。
「でも冒険者やるより俺の女になる方がよっぽど稼げるし、幸せだぜ?」
「なんでアンタにそんなこと決められなきゃいけないのよ?」
イルは淡々と試合開始の合図を待つ。
「何の才能のないお前が冒険者やるなんて、無意味だろ。それよりその顔活かして腰振る方が才能を発揮できると思うぜ。」
ヴァイゼルグにとってこの試合はなんの意味も持たずただ弱者を潰す退屈な時間でしかない。
そう思っていることがひしひしと伝わってくる。
「アンタとは初対面だけど、バカなのはよく分かったわ。」
「そうか、なら二度と冒険者なんて出来ないくらい身も心もズタズタに引き裂いてやる。」
そう言うとヴァイゼルグは大会の本部席に向かって手を上げる。
「おぉっと!ここでヴァイゼルグ選手から何か申し出があるようです。」
実況・観客ともにヴァイゼルグの言葉を待つ。
そしてヴァイゼルグはイルを指さしながら会場に響き渡る大きな声で
「この試合お前が一滴でも俺に血を流させることが出来たらお前の勝ちでいい。だが俺に負けたらお前は冒険者を辞めろ。」
といった。
会場からうぉぉぉという歓声が巻き起こり、今まで以上に盛り上がる。
「これは面白いことになってきました!さぁ、イル選手はどう答えるのでしょうか?」
イルは全く動じることなくヴァイゼルグを見つめて言った。
「そんなことでいいならいいわよ。それに血出すどころじゃなく……」
イルはヴァイゼルグが出てきた東口ゲートに指をさす。
「アンタが出てきたあのゲートまで吹っ飛ばしてあげるから、そのままおウチに帰りなさい。」
すると今までの歓声が大きなブーイングへと変わる。
「ばっっっかじゃねぇの!?」
「調子にのるな!?」
「ヴァイゼルグ様にそんな口聞くなんて!!」
「ここで引導を渡してもらえ!!!」
「いっそ死ねばいい」
そんな中ビエーブとシオンはとても焦っていた。
突然負けたら冒険者辞めるとか言い出したからそりゃそうだ。
そんな2人を俺とリップが宥める。
「大丈夫、俺達のリーダーを信じろ!」
俺はそう言って2人の目を見つめる。
リップも慌てる2人の手を握ってそう訴えていた。
罵声が降り注ぐ中、イルは自信満々の笑みを浮かべていた。
「クソガキ、地獄を見せてやるよ。」
しかし俺達はそこでAランク帯の恐ろしさをみせつけられることになる。
カーンと試合開始のゴングが鳴る。
試合が始まり10分が経過しただろうか、状況はイルの圧倒的不利だった。
ヴァイゼルグの恵まれたその体格はそもそものパワーやスピードがイルとは段違いだ。
その上、身体強化魔法を使われてしまっているのでイルは致命傷を避けるのが精一杯であった。
とはいえイルだって俺との特訓で身体強化魔法の練度はかなり上がっている。
だから一撃を加えるくらいの隙を突くことはできるのだが、ヴァイゼルグの恐ろしさはそのスピードやパワーだけではなく、防御力だった。
スキル《魔法障壁》
自分の体に加えられる自分の魔力以下の攻撃を魔法陣のような形をした魔法障壁が防ぐという超レアスキルだ。
この障壁にイルの攻撃は全て防がれてしまっている。
つまりこちらの攻撃は一切通らず、一方的に攻撃され続けるというワンサイドゲームになってしまっているのだ。
「オラオラこんなもんかぁぁ!?」
ヴァイゼルグの猛攻が続く。
「イルは魔力効率をどれくらい習得出来たのですか?」
ビエーブが不安そうにイルの試合を見つめながら俺に聞いてきた。
「イルはまだ、習得出来ているとは言えない段階だな…」
「確か、イルは筋力増強(小)の効率化だけに絞って特訓してましたよね、それでもダメだったんですか?」
「全く習得出来てない訳じゃない、あいつはまだ筋力増強を体全体に掛けても右腕にしかバフが掛らない状態なんだ。」
「それってつまり右腕で攻撃することが出来れば1発逆転もあるって事だよね!」
話を聞いていたシオンが割って入ってきた。
リップもスキルを使っていたようで、こっちを向いて話を聞いている。
「あぁ、だけど1つ大きな問題があってな…」
「なんですか?」
ビエーブはじっと俺の言葉を待つ。
「みんなにも特訓中何度も言ったと思うが、魔力効率化は自分の使える属性の全ての術式を理解しきらなければ、スキルとしては発現しない。だから発現していないうちは、使う度に1から術式を構築していかなければならない。」
「つまり発現しない内は戦闘中に構築しなければならいという事ですよね?」
ビエーブは何度も聞いたというように食い気味に言った。
「その通り、そしてイルが戦闘中に術式を構築出来る限界は1回だけだった。たった2ヶ月でそれだけでも凄いが、この状況だとその1回、1発でヴァイゼルグを仕留めなきゃならないことになる。」
全員の顔に緊張が走る。
その1回を外せばイルは………
ヴァイゼルグの猛攻を何とか耐えながらイルは隙を伺っていた。
もう少しで構築が終わりそうなのだ。
ヴァイゼルグが攻撃中ときどき手を抜いているおかげで術式を構築出来る時間が予想より沢山あった。
だけど、ヴァイゼルグのこのパワー、スピードは予想外だ。
一撃一撃がかなり重い、まともに喰らえば頭の中の術式も吹っ飛んでしまうだろう。
イルは予想よりかなり体力を削られてしまっていた。
でももう少しでこいつをぶっ飛ばせる。
そしてイルはヴァイゼルグが次の連撃を放つため後ろに重心を置いたのを見逃さなかった。
「ここだ!」
「あ?なんだその術式?」
イルはそこで構築した術式を起動する。
「魔力効率化 身体強化魔法 《筋力増強(小)》」
タイミングは完璧。
まさに会心の一撃だった。
その一撃はヴァイゼルグの胸の辺りの魔法障壁とぶつかり爆発した。
イルは自分の右腕が炎のようなオーラをまとっていることに気付く。
アレンが孤児院の件で自分を救ってくれた時も同じようなのが見えた。
アレンは体全体にオーラをまとっていたのでまだまだ差はあるが、自分もアレンに少し近づいたと思うと少し嬉しかった。
だがその喜びは絶望に塗り替えられる。
「オイオイ、なんだ今のは明らかに筋力増強(小)なんて低級魔法じゃねぇぞ!?」
爆煙が晴れるとそこには傷1つ着いていないヴァイゼルグの姿があった。
ゲートから登場した時と何も変わらない。
なんの変化もない。
「魔法障壁3枚重ねなんて久しぶりにやったな。なんなんだ今の?」
はぁーとため息をつきながらヴァイゼルグは体に着いた埃を払う。
イルは自分の血の気が引いていくのを感じる。
今の一撃は明らかにAランク以上の魔力放出だったはず。
自分の撃てる最高の一撃にヴァイゼルグは傷一つ負わなかった。
「これが、Aランク………」
イルは自分がどれだけの強敵と戦っているのかを改めて理解した。
「今のが全力みたいだな。」
ヴァイゼルグはニヤッと笑い自分の杖を取り出す。
「次はまたこっちの番だな、本物の拳闘士の戦いってやつを教えてやるよ。」
ヴァイゼルグは杖を自分の前に持ってくると
「
と唱えた。
{あとがき}
次回は明日の20時に投稿予定です。
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2日ほど空いてしまい申し訳ありません!
次回は高ランク帯拳闘士の凄まじい猛攻が始まります。
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