第10話 リップの戦い&迫る危険の話

「死になさい!」


ユワンは勢いよくその拳をリップの顔の右側に向かって放つ。


しかしその拳は空を切った。


その瞬間ゾッとした悪寒をリップから感じ、すぐに数メートルとる後ろに退いた。


よろけながら石畳のリングに戻ってくるリップに何もしないユワンを見て観客皆困惑する。


「なんだ?ユワン何してんだ。」


「今絶好のチャンスなのに何で攻撃しないんだ。」


「ていうかさっき1発外したよな?遊んでんのか?」


そんな声が会場を覆う中ユワンは1人焦燥感を覚えていた。


「まさか今私の動きを……いやまさかあの子がそんな訳ただの偶然よ」






「おぉっと!これは一体どういうことだ!?ユワン選手の放つ攻撃が1発もリップ選手を捉えられない!!」


ユワンは《シルビア》を発動しかなりの数の連撃を続けているのだがそのどれもリップは躱す。


ユラユラと華麗に身をこなしリップは数多の攻撃を捌く。


そしてそれは試合開始当初のギリギリで見切って避けている訳ではない。


まるでその攻撃の到達地点がハナからわかっているかのような動きで完璧に避けられるのだ。


「何で、どうして当たんないのよ!!?」


ユワンは次第に焦りが増していく。




俺達は急に別人のように身をこなし攻撃を躱していくリップを見て呆然としていた。


「リップ凄い、急に立ち上がったと思ったら凄い動きで攻撃躱し続けてるんだけど!」


イルが驚きを隠せない様子でそう言った。


「これがアレンとの特訓の成果ですか!?」


シオンが俺にそう問いかける。


「いや違う、あれはスキル《読心術》だろう」


みんなが一斉にこっちを向く。


「読心術!?」


「それって相手の心を読むっていう発現率がかなり低い超レアスキルですよね」


「あの子いつの間にそんなスキル発現させてたのよアレン!?」


ビエーブとイルの問いかけに俺は首を横に振る。


「あのスキルはきっと今あそこでリップが発現させたんだろう。」


「そ、そんなことできるの!?」


シオンがかなり驚いて、手に持っていたポップコーンを落とした。


こいつちゃんと楽しもうとしてやがる。


そして俺は皆に鍛錬の内容について話し始めた。


「俺はリップにはこの2ヶ月間魔法より体づくりをメインに鍛錬してきた。」


「そうね、言われてみればリップはいつも体を鍛えていたような気がするわ。」


「そうそれはリップがθ(シータ)型だからなんだ。」


「θ型??」


「そう、魔力は大きく3つのタイプに別れる。使用すできる魔力の種類は狭い反面1つの魔法を極めて戦うのがα型、幅広い種類の魔法を駆使して戦うのがβ型、そして主にスキルを駆使して戦うのがθ型という3つのタイプがありそれによって鍛錬のやり方も変えるべきだと思ったんだ。」


「ってことは私はα型でビエーブはβ型ってこと?」


イルがそう予測する。


「そうだ、そしてリップはθ型。だけどスキル発現のトリガーは思いや願いだからとても人から教えられてできるものでは無い。例外は効率化術式くらいなもんだ。」


「だから体づくりに専念したってことですか?」


「まぁそう言われればそうなんだが、決してやることが無いから体づくりをさせてた訳じゃない。そこにはちゃんと理由がある。」


「分かった!病気しない体づくり!?」


シオンが元気よく挙手をしてくれた。


「まぁそれも大事なんだが………みんなリップの見た目の可愛さで忘れてるかもしれないけど、あの子は獣人なんだよ。」


その瞬間全員がハッとした表情になった。


「彼女は普通の人間の女の子じゃない、獣人なんだ。だから人間よりも遥かに身体能力が高い。今までのクエストでは耳の問題があるから身体能力を活かして前に出て戦うと、後ろで襲われている味方のヘルプの声に気付かずカバーできないっていう致命的な部分があった。だから魔法を駆使してイルやシオンの少し後ろを着いていたんだろう。でも武闘会では完全な1on1だ。だからちまちま魔法を鍛えるより人より既にアドバンテージのある身体能力を鍛えた方がいいって考えたんだ。」


「なるほど、そんな考えがあったんですね。」


皆は俺の考えに関心してくれたようだった。


「けど、凄いことにリップはこの試合で《読心術》なんてスキルを発現しちまった。獣人の身体能力にそんなスキルが付いちまったら……」


「本当にあの子化けるわよね…」


俺とイルはそんなことを言ってリップの試合の行く末を見守る。







「次は左から体の側面狙って……………」


わかる。


ユワンの思考が手に取るようにわかる。


どこにどうその拳を運んでくるのか、私がそれを躱したあとどう追撃するのかその全てがわかる。


私の中の恐怖が少しずつ薄れていくのを感じる。


でもそれはこのスキルでユワンの攻撃を避けることが出来るからじゃない。


ロゼッタのみんなが私を信じて応援してくれてるって分かったから。


そう思えるから。


私はいま1歩前に踏み出せる。


そしてやっとわかった気がする。


私は自分には出来ない、自分なんかがって思ってユワン達のイジメや降り注ぐ理不尽から目を背けていた。


でもそうじゃない、弱くてダメなんかじゃない。


弱くたっていいんだ、強くなくなっていいんだ、みんなと違ったっていいんだ。


「アンタなんか生きてる価値ないのよぉぉぉぉ!!」


ユワンが猛撃を繰り出しながら私にそう言ってきた。


そうかもしれない、私は生きている価値なんて無いかもしれない。


(ロゼッタのみんなの笑顔が頭に浮かぶ)


でも


だから私は負けていいなんて1ミリも思わない!!


あなたよりも弱くても私は絶対あなたに勝つ!!!!!!!!!









「クソ!埒が明かない!」


ユワンはそう言うと遠距離からの狙撃魔法を使うため強く地面を蹴り数十メートル後ろに下がる。


身体強化魔法を使用しているので一蹴りでかなりの飛距離移動できる。


しかし、その時一瞬見えたリップの顔は待ってましたと言わんばかりにニヤッと笑っていた。


私は《シルビア》を解除し後ろに飛び跳ねる。


しかしそれと同時にリップも前に飛び跳ねる。


距離をとる為に飛び跳ねたのにその距離は一定を保ったままだ。


「なんでアンタ、身体強化した私についてこれんの…………」


その時ユワンは空中でリップの口に生えている短い牙が見えた。


そして思い出す。


この子は獣人なんだと。


私が魔法で強化したこの身体能力は彼女にとっては持って生まれたものなのだ。


そこでイジメていた過去が走馬灯のように頭によぎる。


もしこの子が優しい子じゃなかったら……もうとっくに私…………


リップが固く拳を握りしめているのがわかる。


この距離、獣人の腕力で本気で殴られたりなんかしたら…………死ぬ。


ユワンは思わず目を瞑る。


イジメなんてしなければよかった。


あんなことして得られたのは恐怖に脅えて私に付き合う人ばかりだった。


イジメていた相手に殺される。


当然の報いなのかもしれない。


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。


「ごめんなさい。」


ユワンはリップと空中にいるその間にその言葉が口をついて出てきた。





ユワンが泣きながら私に謝罪してくる。


ずるいよ、どうして今この瞬間そんな顔するの?


ユワンがやったことは、私にしてきたことは今ここで許せる程の事じゃない。


でもその心から反省したような顔されたら………



リップとユワンは一定距離を保ちながら同時に着地する。


その時ユワンはもう何かを仕掛けてくる様子はなく、リップも握りしめていた拳を開いていた。


「おっと!これは一体どういうことだ!?2人同時に飛び上がり同時に着地したと思ったら今度は2人同時に動かなくなってしまったぞ!?あの一瞬で何があったんだ!?」


実況・観客共に困惑した空気が漂う。


そしてその時、パンッという音が静まり返った会場に鳴り響いた。


それはリップが軽くユワンをビンタした音だった。


軽くと言っても獣人の腕力なのでユワンはその場で半回転してうつ伏せに倒れ込んだ。


そこで遠くから見ていた判定員がユワンに近付き彼女の様子をチェックする。


数秒後、判定員が立ち上がりリップの手を取り持ち上げて


「ユワン気絶により戦闘不能!勝者リップ!!」


と叫ぶ。


その瞬間カンカンカーンというゴングと共に俺達はみんな席から飛び上がり喜びを分かちあった。


リップはあのいつもの笑顔で俺達の方を見つめていた。


しかし観客席からは俺達とは対照的に困惑や疑念の声が上がっていた。




「リップ!!!!!!おめでとう!!!!」


俺達は控え室でリップを出迎えた。


「アンタ本当にすごいわ!Cランクに勝っちゃったんだもん!」


「本当におめでとう!リップ!良くやりましたね!」


「すごいよホントにすごいよ!《読心術》あれって本当に心読めるの?」


そう投げかけるシオンの方にリップは体を向け笑顔でゆっくりと頷いた。


それは俺達が初めて何も介さずリップとコミュニケーションを取った瞬間であった。


俺達は泣きながら抱き合った。





それから数日に渡り予選が行われイル、ビエーブ、シオンも難なく1回戦を突破した。


そして2回戦が行われる週が始まり、リップもそこは1回戦ほど苦戦することなく通過することが出来た。


しかし、イルの2回戦目の相手は何故かこの田舎街の予選に出場しているAランク冒険者だ。


その名もヴァン・ヴァイゼルグ。


Aランクパーティーダンフェルの拳闘士。


その体は一般男性の2倍の肩幅と胸板、身長は2.5メートルという化け物だ。


間違いなく今まで戦ってきた中で最強の部類、本当に強い相手だ。


1回戦は相手が棄権してしまった為、能力を測ることが出来なかった。


だけど優勝するためにはここで勝たなければいけない。




しかし俺達はAランクという壁の高さを残酷なまでに教えられることとなった。







他国との交流を終えたレックスとユリカは馬車で王都へと向かっていた。



田舎道を馬車走っている中、レックスは突然手を挙げて


「止めてくれ」


と言った。


「どうしたの、こんなところで?」


ユリカが不思議そうに尋ねてくる。


「この街では武闘会の予選が行われているな。」


「えぇ、多分そうだけど…」


「少し見に行ってみよう。」


「ええ!?王都で開かれる決勝トーナメントから見ればいいじゃない?」


「いや、ここの予選を見に行く。」


ユリカと従者が困惑するなか、レックス達を乗せた馬車は進路をその街へと変更した。


レックスは少し額に汗を滲ませながらボソッと呟いた。


「俺の中のあいつの魔力が震えた……」


それを聞いたユリカの表情は少しだけ険しくなった。



{あとがき}


次回は明日の20時に投稿予定です!


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