8. いざ、頂上

 探偵ごっこからさらに30分歩き、寂地山頂直前の分岐点へ到達した。

 ベンチに座り、水分補給とお菓子を口に入れる。

 先ほどの老夫婦に山道で追いつくことはなかったが、つい先ほど出発したのだろう。頂上への登り坂を上がっていく夫婦の背中が見えた。仲睦まじい様子が背中からでもわかる。ステッキを突くタイミングは、掛け声でもしているのかと思うくらいピッタリと合っている。いいな。他人に興味があるタイプではないが、ああいう様は見ていて心が洗われる。


「この登りでラストだからペース上げていい?」


 この余計な発言がなければ、滝へ流れていく寂地山域の清流のような心で今日を終えられたかもしれないのに。


「足が震えはじめてるんだけど」

「情けないなぁ」

「そんなことははじめから分かり切っていただろう」

「分かってけど、まだ登り切ってないぞ」

「さっき一回登り切ったよな? あれが頂上じゃないってだけで結構キテるんだが」

「ショートピークな。寂地山より30m弱低い場所だぞ」

「十分だろ。誤差の範囲じゃないか」

「お前な……。それ、文章だと“汚名を挽回する”って書いてこれでいいよね? って言ってるようなもんだぞ」

「もはや意味すら違うな」

「そういうことだよ。誤差とか何とかの前に、ゴールしてないんだから」

「辛すぎる……」

「大丈夫だって。頂上と下山してからの計二回はご褒美を用意しているから」


 ご褒美は“帰宅”して休むことなんだが、二回というならそれなりのものを用意しているのだろうか。悪いが、もう容易たやすく餌に釣られるほど子供でもない。金には、現状困っていないし、物欲もさほどない。

 それ以前に、わさびサンドやドラゴンフルーツ味のグミを買って食べるような男だ。ご褒美として用意しているもののセンスも疑わしい。


「下山したら温泉宿に一泊。料理のコース付き」

「頑張るわ」


 容易かった。“疲れを癒す”という目的を射抜いた鋭い一矢いっし。この体に温泉はさぞ染み渡るだろう。俺の心の壁は一瞬で瓦解がかいした。


「じゃあ、そろそろ休憩は終わりにして早速行きますか」

「え、もう行くのか?」


 まだ5分も経っていない。これまでの休憩に比べるとはるかに短い。


「直前は下り坂だったし、どうせ頂上で長めに休むんだ。それに、苦行は短い方がいいだろ?」


 そう言って勝也がほほ笑む。笑っている顔は何度も見たが、この表情は今日初めて見るかもしれない。

 この先に待っているものを知っている顔。たとえば、面白い映画やドラマの結末を知っていて、どんなリアクションが返ってくるかを期待するような、そんな表情だ。


「お前の感想が早く聞きたい」


 そう言われているような気がした。

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