- 3 days

「お、お、お邪魔しますっ!」


 玄関先に立つや否や大きな声で挨拶をする彼方を見て、僕は思わず吹き出してしまった。


「わ、笑わないでよお」

「いやでも、今までそんな大声聞いたことなかったから」

「だって侑里君のお家初めてなんだよ? そりゃ緊張するよー」


 緊張しているのは僕も同じだったけど、この姿を見せられたら自然とほどけた。思わず頬もゆるむ。

 ひとしきり揶揄からかってから自室へと案内する。今日は両親の帰りが遅く、家には僕ら二人だけなのだが、言わないでおくことにした。


「へえー、意外と片付いてるねー」

「意外は余計だ。普段からちゃんと片付けてるから」


 昨晩遅くまで片付けに奔走したのは内緒だ。


 そしてわかってはいたが、彼女が自分の部屋にいるというのはこんなにもドキドキするのか。そう意識すると、一度は引いた緊張の波が押し寄せてきた。

 落ち着け。平常心、平常心。


「じゃああらためて。一日早いけど彼方、誕生日おめでとう」

「ありがとうー!」


 キッチンから持ってきたジュースで乾杯をする。テーブルにはコンビニで買ってきたケーキ。本当ならケーキ屋で用意したかったけど、こっち・・・を用意したら予算不足になってしまった。


「それからこれ……誕生日プレゼント」

「えっ、なになに?」


 僕はリボンが結ばれた小箱を渡す。そして、開けていいよ、と無言で頷いて返すと、ゆっくりとリボンに指をかけた。

 中にあるのは――銀色のネックレス。


「わあ……綺麗。ありがとう! これは……お花?」

「ああ。百合の紋章なんだって」


 フルール・ド・リスとも呼ばれるそれを、彼方はじっと見つめる。


「へえー、百合ってたしか『純粋』って花言葉だったけど、これもそういう意味なのかな」

「まあ、それもあるけど……」

「あるけど?」


 首をかしげる彼女に僕は「笑うなよ」と前置きしてから言った。


「……永遠の愛、なんだって」

「えいえんっ!?」


 途端に彼方はうつむいて身体をぷるぷると震わせた。


「わ、笑うなって」

「ち、違うよ。その……すっごくうれしくって……私も、おんなじ気持ちだったから……」


 そう言って僕を見る顔は、真っ赤に染まっていた。僕もきっと、赤くなっている。


「じゃ、じゃあ早速つけてもらおっかな!」

「そ、そうだな」


 彼方はくるりと回って僕に背を向ける。ふわふわの髪をかきわけて現れたうなじもまた、紅潮していた。僕は少し震える手でネックレスを持ち、首にかける。


「私ね、夢があるんだ」

「夢? 将来の?」

「うん」


 彼方は頷く。


「幸せな家族をつくりたいの」

「家族?」

「そ。住むところは小さくてもいいし、お金持ちにならなくてもいいから。お婿むこさんがいて、子どもがいて。家族みんな仲が良いの」


 彼方が想い描く、理想の未来。僕はそれを黙って聞く。


「……それを、好きな人とつくっていけるなら、それ以上の幸せはない、かな」


 言い終わると同時、僕はネックレスをつけ終えた。すると、彼方はゆっくりとこちらを向く。僕もまた、彼方を見る。


 そして、静かにキスをした。


「…………」

「…………」


 どれくらいの時間が経っただろうか。一秒、一分、いや、一時間にも思えた。

 そんな無限にも感じられる時間を経て、僕は唇を離す。まぶたをゆっくりと上げる。


「……!!」


 彼方は驚きからか、目を見開いていた。今まで見た中でいちばんくっきりと。その双眸そうぼうには、僕の顔が映り込んでいた。


「わ、悪い。つい」

「う、ううん。えへへ……」


 照れくさそうに笑う。僕もまた、笑った。

 それから僕らは再びケーキを食べ、話し、彼方の誕生日を祝った。一生で一度の、十七歳の誕生日を。

 月並みかもしれないが、やっと彼方と恋人になることができた。そう実感した。

 そして。


 その三日後、彼方は学校の屋上から飛び降りた。

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