+ 2 months

 彼方の家に訪れた日、雪が降った。年が明けて最初の雪だった。


 ちらちらと舞う風花かざはなを横目に、玄関先に立つ。初めてだった。本当なら彼女に招かれたかったけれど、それは永遠に叶わない。

 彼方の家はなかなかに立派な一軒家だった。豪邸、とまではいかなくても塀があり、門扉もんぴがあり、庭に植えられた木が顔をのぞかせている。

 僕はぎゅ、とこぶしを握りしめると、インターホンを押した。


『……はい』


 少し間を置いて聞こえてきたのは、小さな声。か細い女性の声だった。

 自分は小学校の時のクラスメイトで、線香をあげさせてほしい――そう告げると、特に怪しまれることも躊躇ためらわれることなくドアは開かれた。


「どうぞ……」


 白髪混じりの女性が出迎えてくれる。どこか彼方の面影を感じさせる。彼方の母親だ。

 通された和室の仏壇の前に正座し、僕は手を合わせる。そして静かに祈る。

 見ていてくれ、と。


「すみません、急にお邪魔してしまって」

「いえ……こちらこそ、手を合わせてくださってありがとうございます……」


 本当ならここで退散するのが礼儀なのだろうが、そうはいかなかった。今日ここに来た目的は、この人と、彼方の母親と少しでも話をして、彼方の死の理由に関する手がかりを得ることにあった。

 いや、もしかしたら、眼前の人物こそ犯人なのかもしれないのだから。


「彼方さんとは小学校のころ、よくお話させてもらったりしていました」


 僕が恋人であることは伏せた。きっとこの人は僕の存在なんて知りもしない。


「遊びに行ったり、ということはなかったので基本的に学校でお話をするだけでしたが」


 有澤によれば最近は学校関係でこれといったトラブルはなかった。であれば、何かあるとすれば家庭ここしかない。それに、彼方の家は世間が騒いでいた時もマスコミの取材を全て断っていた。きっと何かある、僕はそう踏んでいた。

 今日で確信的なものはなくても、何か糸口でもつかめれば。


「……私の、せいです……」


 そう思い反応を待っていると、ぽつり、と水音にも似た独り言が聞こえてきた。


「きっと私が厳しくしすぎたから……あの子は……」


 僕が何か訊くよりも早く、まるで決壊する前の堤防のように、徐々に言葉は増えていく。


「家に帰ってくる時間を決めて、家ではスマホを預かるようにして。……全部、あの子のことを想ってでした……。でもそれが、重荷になっていたから……彼方は……」


 それを聞いて、悟る。この人が取材を拒否したのは、こうなってしまうのをわかっていたからだ。自責の念に駆られて、後悔をさらけ出してしまうことを。だけど世間はそんなことはお構いなしに、好き放題に脚色する。それを避けたくてのことか。


「毎日怖いニュースばかりで、もしあの子が事件に巻き込まれて何かあったらと思うと……」

「彼方さんのことが、心配だったと?」

「ええ。……もちろんあの子からは反発されることもありましたけど、あの子のためだと思って厳しくしました。私は嫌われてもいいから、と……」


 心を鬼にして接してきた、と。


「私は……幸せになってほしかったんです。あの子に……幸せに生きて、幸せな家庭を築いてほしかった……」


 両手で顔を覆う。嗚咽おえつが漏れ始めていた。


「でもそれが、こんなことになるなんて……」


 そこから先は、会話らしい会話にならなかった。僕も、この母親を前にして、これ以上質問を重ねることははばかられた。


「お邪魔しました」


 そして最後に一礼して、僕は彼方の家を後にした。

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