- 2 weeks

「ほら見て侑里君。このコスモス、すごく綺麗でしょ?」


 駅で待ち合わせてから家までの帰り道。彼方はうれしそうにスマホの画面を見せてきた。


「ほんとだな。どこに咲いてたんだ?」

「中庭のすみっこだよー。侑里君にも見せたいなって思わず撮っちゃった」


 写真には白いコスモスを中心に、赤やピンクと色とりどりが写っている。


「お昼休みに中庭で桂花ちゃんと一緒にごはん食べてる時に見つけて、あっ、桂花ちゃんっていうのはクラスメイトの友だちなんだけどね」


 言うと、今度はそのクラスメイトとの2ショット写真へとスライドさせる。彼方の隣に真面目そうな少女が小さく笑みを浮かべていた。


 彼方と付き合いはじめて一ヶ月。登下校時に歩きながらお互いに学校での出来事を話すのが日課になっていた。決して長いとはいえないが、この時間は僕にとって色鮮やかなものだった。それこそ写真のコスモスのように。


「知ってる? 白いコスモスの花言葉は『優美』なんだってー。私にぴったりだよ」

「自分で言うのかそれ」


 さっき寄り道した花屋でも彼方は花の知識を披露していた。本当に花が好きらしい。そんな彼女に影響されてか、僕も好きになりかけていた。


「花っていえば、近くの公園に金木犀きんもくせいが咲いてるらしいんだよ。よかったら今から見に行ってみないか?」


 だからこそ、そんな提案をしてみた。

 しかし、彼方は申し訳なさそうに目尻を下げて、


「ごめんね。今からだとたぶん、家に帰るのが遅くなりそうだから……」

「そっか……」


 言葉のとおり、時刻は午後六時を過ぎていた。花屋に寄り道したせいか、いつもこの辺りを通る時間よりも遅い。


「本当にごめんね? せっかく侑里君が誘ってくれたのに……」

「かまわないよ。変に帰りが遅くなって、門限が早まるのも嫌だろ?」


 そうなれば、この時間すらあやうくなる。多くを望みすぎるのはよくない。


「うん、ありがとうね」


 大通りから住宅街へと入ると、周囲を照らすのは街灯の小さな明かりだけになった。まるで僕らの雰囲気を暗いものにしようとしているみたいで、僕は努めて明るい声で話題を変えた。


「そういえば、もうすぐ彼方の誕生日だよな?」


 十一月二十五日。その日、彼方は十七歳を迎える。今年はちょうど日曜日だった。


「よかったらその日、会えないか?」

「え?」

「いや、土日に出かけるのが難しいのはわかってるんだけど、せっかくの誕生日だし、どうかなって」


 事実、この一ヶ月で土日に会えたのは二回だけ。だから断られても仕方ない。元より覚悟はできている。


「……土曜なら、大丈夫かな。日曜は家でお祝いするってなるから無理だけど」

 だが、彼方は頷いてくれた。

「ほ、ほんとか?」

「うん。侑里君の言うとおり、せっかくだもん。それに誘ってくれたの、すごくうれしい」


 その言葉だけで、胸がじんわりと温かくなるのがわかった。彼女の言葉一つ一つが、僕の心に羽を生やす。


「じゃあ一日早いけど誕生日パーティだな」

「楽しみにしてるね? 侑里君がしてくれる初めてのお祝いだもん。もうすっごいんだろうなあ」

「おい、ハードル上げすぎるのはやめてくれって」


 こっちは初彼女の初誕生日祝いなんだ、ちゃんとできるかどうか不安しかない。まだ二人でこうしている時だってドキドキしているのに。

 それに、


「侑里君?」


 まだもう一つ、僕は言おうと思っていることがあった。


「それで……場所、なんだけどさ」


 深呼吸を一度、大きく。それから彼方の方を向く。意を決して。


「よかったらうちに来ないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る