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「あなたがカナちゃんの恋人、ですか」
「よくわかりましたね。私がカナちゃんの友達だって」
コーヒーの蓋を指先でなぞる。後ろに結ばれた黒髪には一切の乱れがなく、彼女の品行方正さが伝わってきた。
「彼方からよく話は聞いていたからな。君と一緒に撮った写真を見せてもらったこともあったし」
さらに言えば、彼方の
夕方のチェーン喫茶店は談笑する声で満ちている。だけど僕らが座る席だけは分厚い壁で隔てられているかのように静かだった。
「やっぱり信じられない、か?」
「いいえ、信用します。でないと私の名前を知っていたことにも説明がつきませんし。ただ」
「ただ?」
「校門の前で待つのは控えた方がいいと思います。うちは女子高なんですし、不審者として通報されても文句は言えませんよ?」
「それは……悪かった」
この場を
「まあ、大丈夫だとは思いますけど」
「わかった、気をつける」
「……それで、鳴海
すると、僕が切り出す前に有澤は本題を口にする。
「カナちゃんのこと、ですよね」
「ああ。単刀直入に訊く。君は知っているか? 彼方が自殺した理由」
「……そんなの、少し前の週刊誌やニュースを読めばいくらでも出てきますよ」
「あれは外野の人間が好き勝手言っているだけだ。君だってそれはわかってるだろ」
おもしろおかしく推測を述べる記者、全てお見通しだと言わんばかりに論評を重ねる専門家。全ては『だろう』に過ぎない。
「僕は彼方の彼氏として、本当の理由が知りたい。知らなきゃいけない。そう思ってる」
「……知って、どうするんですか? 世間に公表するんですか?」
「そんなことはしない。訊かれたって答えるつもりはない」
あるとすれば
「だから君に、知っていることを教えてほしい」
頭を下げる。深く。すると頭上から、と観念したようなため息が聞こえてきた。
「……世間じゃイジメだとか言われてましたけど、それはなかったと私は思ってます」
「間違いないか?」
「少なくとも学校では、たぶん。カナちゃんとは去年も同じクラスで、学校ではだいたい一緒にいましたから。……ただ」
「ただ?」
「カナちゃん、恋人がいたこと、私に秘密にしてたんだなと思って」
その言葉を聞いて、有澤が僕を怪しんでいた理由を理解した。
「たぶん、家にバレないようにするためだとは思いますけど。知ってますよね? カナちゃんの家が厳しいこと」
「ああ、もちろん」
小学生の頃から知っている。当時、昼休みしか話すことは叶わなかった。
それは高校生になって再会して、付き合うようになってからも同じだった。門限は延長されたそうだが、放課後ふたりで出かけるほどの余裕はなかった。さらに言えばスマホも夜には親が預かるらしく、メッセージのやりとりは昼間に限定された。
「僕も彼方とは基本的に登下校時しか会えてなかった。たまに土日、口実をつけてくれて会えたくらいかな」
「私も似たようなかんじです」
有澤は首肯する。
「となるとやっぱり理由は家庭環境、か……」
「可能性は高い、ですね」
彼方の生活圏から考えると、消去法でそうなる。そこに、死の理由がある。犯人が、いる。
「あの。私からもひとつ、お願いしていいですか?」
と、有澤が口を開いた。
「あなたが知ってるカナちゃんのこと、教えてほしいんです」
「僕の?」
「はい。私、中学から友達だったんですけど……ぜんぜん知ってあげられてなかったんだと思って……」
「それは……」
それは僕も同じだった。一番近しい人間だと思っていたけど、彼女の死を経てそうではないのだと思い知らされた。
「……ああ、わかった」
頷いて、僕はコーヒーをすする。
「彼方は花が好きだったんだ。帰り道に花屋があって、よく寄り道に付き合わされたよ」
「そうだったんですね。学校でも写真撮ったりしてました」
「みたいだな。ちょうど彼方が死ぬ前日も、写真を送ってきてたよ。ほらこれ、たしかクロッカスだったか――」
そこから僕たちは、コーヒーがぬるくなってしまうまで、お互いに知っている彼方のことを話し合った。
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