- 8 weeks

 水無瀬彼方と再会したのは、高校一年生の秋のことだった。学校の帰り、地元の駅前で軽薄そうな男に絡まれているところを助けた女の子が彼女だった。


「……鳴海なるみ君?」


 さっきまでのおびえた表情から一転して明るくなる。夏の残滓ざんしが漂っていて、だけど朝晩は冷えを感じさせる時期。僕は冬服で、彼女は夏服に身を包んでいた。


「やっぱり鳴海君だ。憶えてる? 私のこと」

「もしかして……水無瀬、だよな?」

「うん! 久しぶりだね。小学校卒業して以来、かな? 元気だった?」

「ああ。水無瀬もその……変わってないな」


 亜麻あま色のふわふわとした髪に丸い目は、可愛らしいお人形にんぎょうをイメージさせる。初めて見た時に抱いた感想とまるっきり同じだった。


 水無瀬と最初に話すようになったのは小学生五年生の頃。上級生の男子にいじめられていたところに割って入って助けたのがきっかけだった。

 それから僕らは学校で話すようになった。クラスが違い、彼女は門限があるから昼休みだけだったけど、お互い色んなことを話した。

 だけどそれも小学生の間だけ。彼女は中高一貫の女子校へ、僕は市立中学へと進学した。以来会うことも、話すこともなかった。今日までは。


「久しぶりだけど、すぐにわかったよ」

「ええー? それって成長してないってこと?」

「そうは言ってないだろ。まあ背はあんまり伸びてないみたいだな」

「ひっどいなあー」


 軽口を言い合う。何年も会っていなかったのが嘘のようだった。ぽわんとした雰囲気も、笑顔も、あの頃と同じ。


 ……いや、違うな。

 水無瀬はなんというか、より女の子っぽくなっていた。かわいいと評判のセーラー服もそれを一層引き立たせているように見えた。


「変わってないって言うなら、せめて昔と一緒でかわいいくらいの台詞せりふはほしいなあー」

「はいはい、かわいいかわいい」


 思わず僕はあさっての方向を見ながらあしらう。


「適当だなあ。そう言う鳴海君こそ、身長も髪型も声も変わってなくない? まあ昔から背はぜんぜん私より高かったけどー」

「悪かったな。変わりえのしない男で」


 刈り上げた襟足えりあしきながら視線を水無瀬の方に戻す。すると、彼女はいつの間にか一歩近づいてきていた。


「――でもね」


 そして見上げるようにこちらをのぞき込んで、


「あの頃より、かっこよくなってる」

「……いやいや、冗談はもういいって」

「冗談なんかじゃないよ。さっきだって助けてくれたもん。すごくうれしかった。ありがとう」

「…………」


 鼓動の跳ねる音が聞こえた。直後、息が止まる。薄桃色の唇が描く弧線から目が離せなかった。やっぱり彼女は成長していた。美しく。


「ちょっと、聞いてる?」

「わ、悪い。何の話だったっけ」

「もう。……鳴海君はいつもこの時間に帰ってくるの?」


 水無瀬は細い水色の腕時計を見ながらいてくる。時刻は午後五時になろうとしていた。


「ああ、うん。二学期から図書委員をすることになって、月水金はこの時間かな」

「じゃあ、鳴海君さえよかったらなんだけど……時間が合う日は駅から一緒に帰らない?」

「それはまあ、かまわないけど」

「やった。ずっと鳴海君に会って、話したかったんだ。ID交換してもいい?」


 スマホに映るQRコードを読み取る。メッセージアプリには新しい友だちのところに『かなた』が表示された。


「ではさっそく今日から一緒に帰ろ。ほら早くー」

「わかったわかった」


 そうして、僕らは歩きはじめる。並んで。


 小学校の同級生と数年ぶりに再会。こんな偶然あるものだなと、僕は思った。だというのに、不思議と突然なかんじはしなかった。


 二週間後、僕は彼方・・に告白し、付き合うようになった。それは必然だった。

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