第8話 狸より狐のほうが怖いと思います。


街中を走る車の中で男が叫ぶ。ナビ画面にはきれいな女性が映っているが忙しそうにキーボードをたたいている様子だ。若干涙目なのは気づかないふりをしてあげるのが大人の嗜みってところだろう。

「・・・どこに向かえばいいんですかねぇぇぇ」

ハンドルを握りながらナビに向かって毒吐く。ビクッと震えながら小声でまた間違えちゃったなどと画面の中の女子は言っているが聞こえなかったふりをする。こんなことで怒っていてはこいつの相棒などは務まらない。イラッとはするが。

「衛星より情報取得、目標は1キロ先の道路を走行中です!」

どや顔をしつつ指示してくる顔面に蹴りをかましたくなるのをぐっと堪えて了解と返事をしながらアクセルを踏み込む。ハンドルについているボタンを押すと車体の表面に緊急車両を示す意匠が浮かび上がりそれに気づいた周囲の車やバイクなどが道を譲り出す。

制限速度をぶっちぎりナビ上にマーキングされている対象に近づいていくと対象とおぼしき車から不意にミサイルが撃ち込まれた。何本かは避けて進むが避けきれず直撃する。轟音とともに俺の乗っていた車体は爆発四散する。直撃の直前に脱出シートによって空中に打ち上げられていた俺はパラシュートを器用に動かしながら走り去ろうとする対象の車の前に降り立つ。

「変身!」

左腕に装着していた大きめの腕時計を触りながらポーズをとる。それに驚いたのか車は急停止する。

「死ね!」

咄嗟に腰に差していた大型のハンドガンを車に向かって放つ。大きな衝撃音とともに車に穴が開く。

「変身してないじゃないか!」

車から声が聞こえる。まるで車が話しているように。

「やっぱり聞こえてんじゃねぇか」

俺はぶっきらぼうにハンドガンをさらに連射する。

「痛い痛い!何をするんだこのわしに!」

撃たれ続けていた車は徐々に四足歩行の大きな獣の姿へとその形を変えていく。

「化け狸が車に変化するとか世も末だなぁおい」

そう言いながらハンドガンをくるくる回して腰に戻す。そして耳につけているイヤホンをトントンと二回たたくと耳元で声がする。

「承認下りました!対象の排除を許可、変身も許可降りてます!」

「瑠華ぁこれいつ降りてた?」

「・・・・・・・・・てへ」

伝え忘れていたのだけは確かだ。わかるのはそれだけであり、それだけでいい。今は目の前のこのデカブツをなんとかしないといけない。

「貴様のような小僧がわしに楯突きよるか!」

変化を終えた化け狸はそう言うと口から火球を次々と吐き出してくる。当たらないようにといっても軌道が直線的すぎて易々と躱せるのだが。だが、あえて、弾き飛ばす!

「変身!!」

腕時計の表面をタッチすると竜頭部分が開き穴が開く。そこに上着の胸ポケットから取り出したアンプルを差し込む。

「なんじゃ!やはり変身するのではないか!」

叫びながらこちらへと走ってくる。叩き潰す気満々じゃないか。

恐ろしい早さで接近してきた狸から大きく変化した手が振り下ろされる。周囲にいた人間からは悲鳴が上がる。狸も見物客も終わったと思ったことだろう。そうは問屋が卸しませんが。

バジジジジと狸の手と俺の周囲に張り巡らされている障壁とがぶつかり合いせめぎ合う。変身の際に副次的に生じるこの障壁は現存するいかなる兵器でも貫くことは理論上あり得ない、とされている。なぜならば、P粒子を使用して装備の生成を空間を断絶して行っていると説明されたがね。よくわからんね。

「・・・・いい加減うっとおしいわこの野郎!」

変身が完了すると同時に振り上げた右拳で全力で殴る。障壁が急に解けてバランスを崩した狸の顔面がいい塩梅のところへと落ちてくる。

「ぱちゅっ!」

瑞々しい果物が爆ぜたような音を残して狸は地面へと倒れ込んだ。

周囲にいた見物客は一瞬の出来事に一呼吸遅れて歓声が沸き立つ。大きな怪異をぶちのめした国家公務員へとおしみのない賛辞が送られ、スマホなどでの撮影なのかフラッシュがあちらこちらで発光していた。

「瑠華ぁ!後始末の手配は任したぞ」

目の前のディスプレイであわわと何やら作業している相棒にこの場は任せると踏ん張って飛び上がる。腰と足下から吹き出す炎が体をぐんぐんと上昇させ現場から飛び去る。視界の端には怪異対策機関と描かれたヘリコプターや車が見物人の身元確認などするために集まってきている様子を映していた。

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