第12話
朝目が覚めると、ノアが明らかに怒っていた。
言葉を発さなくても分かる。お主、キレているな?
「‥‥おはよ、ノア」
どうして怒っているのかなんて簡単に分かってしまう。
ノアが私の指先を脱脂綿で消毒して絆創膏を貼っていたからだ。
そういえば回復魔法を使うための聖の精霊との契約呪文はまだ教えていなかったな。
むっすぅぅぅと頬を膨らますノアは、やっと私を視界に入れるとすぐに溜息を吐いた。
「どうりで魔族の数が多いわけだよねぇ?アデルさん?
(約:てめぇ精霊に血与えて魔族呼び寄せてやがったな)」
まるで悪魔だな、その顔。
精霊との正規の契約は契約呪文によるもの。精霊がいざ力を貸してくれたその時に術者の魔力が上乗せされることで、昨日の地獄の業火みたいなことが起こる。まぁ普通はあんな炎起きないけど。
私の今回のやり方は裏ルートだ。正規の使い方ではなく、「つかいっぱしりになって!」という時に大変便利な手段なのだ。
「血の数滴ぐらいどうだっていいだろ」
「‥‥よくない」
「‥はぁ。使えるものは使うべきだ。
お前は頭が固すぎるぞ。血の数滴で死ぬとでも?」
「血の一滴でもやりたくない」
「‥‥‥は?」
天使の赤い双眼が私を捉えた。不機嫌なままのその瞳はいつもより幾許か鋭い。
「アデルの何かを誰かに与えるとか無理!!与えられるの俺だけにしてよ。ねぇ。俺特別なんだよね?毎日ずっと言ってたもんね?」
言葉を失うとはこのこと。
毎日一緒にいすぎて気付かなかった。あの屋敷で毎日同じような日々を送っていたから‥。
こいつ、執着心すごすぎないか‥?
「‥‥お前、そんなんじゃ将来嫁が泣くぞ‥」
「は?!」
「自分の母親に寄り掛かりすぎると、嫁は嫌な思いしかしないんだ。私が昔そうだったんだ。大変だったんだぞ」
「‥‥ちょっと待て。それ何?どゆこと?詳しく説明して」
「って母上が言ってた」
「‥‥」
ふぅ。危なかった。
この日も次の日も。精霊に血を与えたのはノアだった。
精霊は異様に張り切って馬鹿みたいに強い魔族も何体も連れてきたけど、ノアはなんの苦労もなく魔族たちをやっつけていた。
もう何度も何度も関所に顔を出したせいで、すっかり顔も覚えられてしまった。私たちは今や信じられない程に莫大な資金を手にしているのだ。(全てノアの稼ぎだけど)
結局のところ、私は2週間キューブに籠ってノアの戦いを見ているだけだった。ノアは凄まじい勢いで実践を重ね、魔族との戦い方をすっかり身に付けてしまった。
ウルフ領内にいたものの精霊を使って魔族を呼び寄せまくっていた為、周辺地域の魔族をほぼほぼ一掃することとなった。関所から報告を貰っていた国王からは褒美まで頂くことになった。
ノアはその褒美を父と母に「いつもお世話になってます」と言って渡した。ノアの今までの食費や生活費を差し引いても余りに余りまくる褒美を受け取った父と母は泣いて喜んだ。
魔族を倒して換金した金は勿論全てノアのものだ。私はキューブの中で寝っ転がっていただけなのだから。
14歳が持ち歩くには大金すぎるものの、いかんせんノアは馬鹿みたいに強い。強盗の心配はないだろう。
今まで小遣いすらほとんど必要としない生活を送っていた私たちだったが、ノアが大金を手にして何を買いたがるのか観察してやろうと思っていた。
のだが。
「おい、またか」
部屋に運ばれてくるのは大量の花束。そして大量のドレスや装飾品。
「今日は‥このドレスにこのアクセサリーがいいんじゃない?靴はこれで!」
ノアは私を着せ替え人形にするという趣味を見つけたらしい。
「‥‥昨日言ったよな?自分の為に金を使えと言ったよな?」
「うん。だからほら、使ってるだろ」
「‥‥」
違うだろ。
結局そんなこんなで、ノアが自分の為に使った金は武器と防具にのみ。なんてつまらないやつなんだ。もっと欲を持て、欲を。
ノアが偉大な功績を残した為、父と母が更なる旅を許すのも当然だった。まぁ1ヶ月後に帰ってきなさいという条件付きだったのだが。
「帰ってきたら縁談があるからな」
私たちを見送る父が突然そんなことを口に出す。
縁談‥‥?あぁ、そうか。私は18歳。もうそういう歳なのか。
だが、まだノアを勇者にできてないうえ、魔王退治という最終目標もある。ノアに勇者の力を渡し、あとはよろしく!という無責任なことはできないだろう。つまり縁談や婚約なんぞにうつつを抜かしている場合ではない。
「父上、私はまだ‥」
と、やんわり伝えようとした私の言葉を遮ったのはノアだった。
「縁談は全てお断りください」
「「「え」」」
父と母と私の声が重なった。見事なハーモニーだ。
「では、行って参ります」
ノアがキラキラした表情で爽やかに言った。
「ま、待て!ノア‥!」
父が慌てて声を掛けるも、ノアは眩しい笑顔を見せたまま。
「次はもっともっと武勲をたててきますね」
「お、お前‥何を企んで‥!」
父の言葉の途中で扉は閉まってしまった。
私はといえば、ノアの私への執着にほとほと呆れているものの、父のフォローをするのもめんどくさい為そのまま足を進めた。
ノアはいつになったら母離れできるのやら。
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