第30話 199X年 10月 1/4
9月の出社最終日、小さな花束を貰い退職した俺は、翌日から職探しに奔走した。
今までは月四〜五日の休みしかなく、絵未と過ごす事がほとんどだった。できる事なら絵未との時間は減らしたくない。月の休みが10日以上あり、今と変わらない収入をなると、ほとんどない。正社員なら月10日以上休む事など不可能だし、バイトともなれば尚更だ。
職を探して一週間、早々にも暗礁に乗り上げてしまった俺は、本店へと顔を出した。
「こんにちはー」
「おお、阿藤! 元気でやってるか? って、言ってもまだ一週間か。そんなに変わるもんじゃねーか」
「嵐山店長……今、お時間いいっすか?」
俺の表情から、世間話をしに来た訳でない事を察した嵐山は、すぐさまこう言った。
「待ってろ。今働いているバイトにちょっと不在になるって声をかけてくるから。10号室で待っててくれ」
「……なるほどねぇ。割のいいバイトか……」
「そうなんす。そんな長期でなくていいんです。スパッと働いてスパッと稼げるような、そんなバイト、ないっすか?」
「それだけ本気だって事か」
「ええ。……俺、この二年はサーフィンにも行きません。空いている時間は全て音楽に費やすつもりです」
「絵未ちゃんは、どうするんだよ?」
「……もちろん全く会わなくなる訳じゃないけど、あまり会えなくなる事は伝えていて、了解もらってます」
嵐山が運んでくれたコーラを、俺は一口飲む。
「お前……あんなイイ娘をほったらかしにしたら、誰かに取られちまうぞ。……なんなら俺が、もらってやろうか?」
「ちょ、ちょっと嵐山店長! そりゃあんまりっすよ! 絵未ちゃんに手を出したら、いくら嵐山店長でも許さないっすからね!」
「バーカ! 冗談だよ。あんなオマエにベタ惚れな子、俺に落とせるわけねーじゃねーか」
嵐山も持参したグラスのコーラを飲む。一気に飲み干した後、口を開いた。
「まあ、全くあてがないって訳じゃないんだよ、実は。ちょっとソイツに相談してみるか。かなり顔が広いから、何か割のいい仕事、知ってると思うしな」
「え、ほんとっすか!? 是非紹介してください! お願いします!」
「わかった……だけどな、阿藤。……あまり深入りするなよね」
嵐山は空になったグラスの底を見ながら、俺に視線を合わせずにそう言った。
翌日、嵐山に指定された場所に向かう。待ち合わせ場所は、東京でも都心から外れた場所のA区にある居酒屋の前だ。俺は10分前には到着して、辺りをキョロキョロ伺っている。急に背後から声をかけられた。
「もしかして……キミが阿藤くん?」
振り向いた先に立っていたのは俺と同じくらいの身長の、ボーイッシュな美女だった。手足がスラリと長く、とてもスタイルがいい。
「あ、は、はい。そうです! すみません! 今日はお忙しいところ……」
女は値踏みでもするように俺の全身を見回した。
「いいのいいいの。私も今日はヒマだったし。ふーん、それにしてもキミが阿藤くん……嵐山の言ってた通りね。まっ……立ち話もなんだから、お店、入ろっか?」
「は、はい!」
それにしても嵐山店長……『行けばわかる』って言ってたけど、せめて相手が女なら、それくらい教えといてくださいよ!
俺は心の中で嵐山に毒付いた。
店内は平日なので、比較的空いていた。女はなるべく奥の席を店員に要求すると、俺たちは店の最奥部にあるテーブル席に通された。
女はブランド物のバッグから、細いタバコを取り出すとそれに火をつける。
そして店員を呼び生ビールを二つ、注文する。
「……あ、俺は今日車なんで。ジンジャーエールでお願いします」
「あら、一杯くらいいいじゃないの」
「……いや、車なんでダメです。今日は」
『飲酒運転は絶対ダメ!』。絵未からいつも、口を酸っぱくして言われている事だ。
「ふーん。真面目なんだね、見かけによらず。じゃあ私は遠慮なくお酒を飲むわね」
「どうぞ。俺の事は気にしないでください」
女はふふふと微笑むとタバコを揉み消し、運ばれたビールを美味しそうに飲み始めた。ジョッキを置くと、女が俺の顔を見る。
「自己紹介がまだだったわね。私は
「はい。俺は阿藤武志といいます。よろしくお願いします」
「年下の子は元気で素直で可愛いわねぇ。……それで本題に入るけど、大体の事は嵐山から聞いてるわ。あ、私、嵐山と同級生なの」
「そうなんですか」
「別に敬語じゃなくても構わないわ。その方が喋りやすいでしょ? これからは敬語厳禁ね……OK?」
「はい……いえ、わかった」
香流のペースに流されて、話がすいすいと進んでいく。
「で、そうそう……割のいいバイトがあるかって事だよね? 本題は」
「うん。俺、やりたい事があって……どうしても自分の時間が多く必要なんだ。そんなに長い期間務められないけど、短期でスパッと稼げる仕事、探してる」
「車、持ってるのよね?」
「う、うん」
「ならいくつか紹介してあげる。……そのかわり条件があるわ」
香流の濃く塗られた唇の端が、持ち上がった。
「私とたまに遊んでちょうだい。……ああ、遊ぶって言っても一緒に飲んだりグチを聞いてくれればいいだけ。それが、条件。どう?」
俺は逡巡した。絵未の笑顔が頭に浮かぶ。……大丈夫。仕事を紹介してもらうためだ。後ろめたさにそう理由をつけて、絵未の顔を頭の隅に追いやった。
「……最初の仕事を紹介してもらって、納得できたらそれでいいよ」
「ふふ。それでいいわ。じゃ、ベル番、交換しておきましょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます