第29話 199X年 9月 3/3

 夕方5時頃に遊園地に着く。今月一杯まで夜の9時までナイト営業をしている、比較的小さな遊園地だ。

 子供が喜びそうな汽車のアトラクションに乗ると、俺はポケットから使い捨てカメラを取り出した。



「海行った時、あまり写真撮らなかったから、持ってきたんだ」


「わーい! 撮ろう撮ろう!」



 お互いを写し合い、最後は肩を寄せて手を伸ばし、自撮りをする。その後いくつかアトラクションを楽しんだ後、園内のレストランに入った。


 メニューはあまり多くなく、クラブサンドとハンバーガーを適当に頼み、互いに取り分け合う事にする。車なのでジュースで乾杯すると、絵未は嬉しそうに色々な話題を持ち出してきた。



 ご機嫌の時、絵未はよく喋った。今日はとても口数が多い。


 遊園地に連れて来て、よかったなぁ。


 ころころと笑う顔に赤のチェックのシャツがよく映える。絵未のお気に入りの洋服の一つだ。


 ぼんやりと話半分で絵未の喜ぶ顔を見ていると、絵未の口調がちょっとだけ強くなった。




「———ちょっと武志くん? 聞いてるの!?」


「あ、ごめんごめん。絵未ちゃんの顔に見とれてた」


「……ホッント! そういう返しは天下一品なんだから! このスケコマシ!」



 ……いや、本当に見とれてたんだけど……。でもそれ言うと、照れて黙っちゃうか、さらに煽りを入れてくるかのどっちかだからな……。今日は、絵未が気持ちよく過ごせるようにしてあげよう。


 なので、ここでの正解は「更に謝る」だ。



「ごめん。許してって。……で、なんだっけ話題。もう一回教えて。お願い」


「だからね。もし子供が欲しいとしたら、男の子か女の子、どっちがいいっかて話」



 ストローで飲んでたジュースが逆流した。



「ゴホッ……な、ちょっと絵未ちゃん。……まだ気が早いんじゃない?」


「ちがーう! そう言う意味じゃないのー! 純粋に子供を持つならどっちがいいかって事!」



 ふーむ。考えた事もなかったなぁ。今日の絵未はキレッキレだなぁ。

 俺は真面目に考えた後、絵未に答えた。



「……女の子、だな。うん、女の子」


「……なんで?」


「だってさ、『パパと結婚したーい』とか、言ってくるんでしょ? ウチは弟しかいないから分からないけど。それにさ、子供が大きくなっても、おっさんにならないで若い姿を保っていれば、『○○ちゃんちのパパ、カッコいいよねー』とか言われたりするでしょ?」


「はい、ダウト!」


「なんでダウトなんだよ!」



 絵未がにやけながら拳を突き出してきた。



「まず一つ目。私は『パパと結婚したーい』とか思いませんでした。必ずしもそうとは限りません。それは男親の幻想です。そして二つ目。武志くんだって、歳をとります。そして確実にお腹が出てきます」



 そう言いながら、指を一本ずつ立てていく。



「なんだよ! 男の夢を踏み躙らないでくれよ! じゃあ絵未ちゃんは、どっちなの?」


「絶対男の子!」


「……その心は?」


「だってさ……自分が大好きな人とそっくりな男の子が、成長していく姿が毎日見られるんだよ。こんなに幸せな事って、ないと思うの」



 その言葉が俺の胸に突き刺さった。俺が女の子と答えた根本が、全く違う。絵未はどこまでも、好きな人の事が大前提なのだ。自分よがりな俺の回答が、とてもにちっぽけに思えてくる。


 絵未には幸せになってもらいたい。心からそう思った。


 ……でも悔しいから、ちょっと意地悪言ってやろう。



「でも絵未ちゃん。男の子って、女親に似るってよく言わない?」


「そこは気合で! なんとかする!」



 ……なんでそこだけ根性論!? おかしくて俺が笑い声をあげると、絵未もつられて笑い出した。



「フフフフ……それにね、一つ、絶対したい事があるんだ」


「何、何? 教えてよ」

 

「どんなに歳をとっても手を繋いで、一緒に歩く事。……素敵だと思わない? 武志くんがぽっこりお腹になっても、手を繋いで歩いてあげるからね」


「じゃあ絵未ちゃんも努力して、お肌の張りを保ってね」



 絵未は一瞬だけ頬を膨らませると、いつもの優しい笑顔を俺に向けた。





 閉園間際になり、出口へと向かう。人の気配はない。俺はキョロキョロ辺りを見回していた。


「……どうしたの武志くん。何か忘れ物?」


「いや……ちょっと待って……あ、人いた! ……すみませーん! あの、写真撮ってもらえないでしょうか?」


「ああ、いいよ」



 見知らぬ中年男性は快く引き受けてくれた。俺は使い捨てカメラを手渡すと、オブジェの前まで移動する。



「すみませんが、ここを背景にお願いします」


「はい。じゃあ用意はいいかな?」



 中年男性がカメラを覗き込む。俺は絵未の手を握った。



「はい、チーズ」



 フラッシュが瞬き、笑顔の絵未を照らし出す。



「はい、上手く撮れていなかったらごめんね」


「いえいえ。ありがとうございました」



 中年男性から使い捨てカメラを受け取ると、俺は軽く頭を下げた。



「……一緒に写真撮れて、よかった」


「うん。俺たち最初は内緒で付き合ってたし、共通の友人が少ないでしょ。だから、ちゃんと二人で並んで写真、撮りたかったんだ」


「焼き増ししてちょうだいね。絶対だよ」


「うん。もちろん」



 俺は絵未の細い肩を抱き寄せた。

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