第4話 199X年 10月

 2号店がオープンすると、本店にも新しい支配人が頻繁に顔を出すようになった。

 

 今まで左うちわで儲かっていた本店も、自分のやり方を浸透させようと俺たちに色々口を出してきた。


 形上は上司にあたる為、俺たちも最初は素直に聞いていた。だが、こちらの意見には全く耳を貸そうともしない。……やはりこの支配人は、根本から俺たちのやり方が気に入ってはいなかったらしい。


 日を追うごとに嵐山店長と支配人の話し合いにも、感情が乗ってくる。……俺は基本、横で聞いているだけだけど。


 そして支配人は、飲食店経営の熟練者。


「あのフードの原価率はいくらかね?」


「ドリンク類全般の利益率は?」


「営業時間による人件費の割合は?」


「時間帯による顧客の年齢層情報を見せてみろ」等々。


 今まで大雑把に経営を任されてきた俺たちに細かい事を言われても、反論できる知識はない。


 説教も話半分に聞き流していた俺たちに対して、支配人はついに決断を下した。


「……嵐山店長と阿藤くんは、来月から2号店に出向してもらう事にした。代わりにこの本店には、2号店の社員が入れ替わりで入る。これは社長の了解を得ている。決定事項だ。……いいね?」




 支配人も帰り、朝5時に店を閉めた後。

 生ビールを飲みながら、嵐山店長と二人で文句の言い合いが始まった。


「……たくっ! ホントうるせえよっ! 本店こっちだって儲かっているんだから、それでいーじゃねーか!」


「っすよね! それにしても……2号店に行ったら、サーフィン好き勝手行けなくなっちゃいますね。2号店も本店と同じ昼12時から朝の5時まで営業だけど、早・中・遅番でキッチリシフトで分かれているって言ってましたからね」


「まったくだよねぁ。いっつも二人で適当にシフト組んで、時間作って海行ってたのになぁ……。なあ阿藤、オマエは契約社員だから、もし2号店に行くのは本当に嫌なら、俺が社長に直訴してやるぞ」


 嵐山は荒っぽいが、こういうところが俺は好きだった。きっと俺が本気で頼めば、社長室に乗り込んでくれるのだろう。


「……いや、いいっすよ。嵐山店長、2号店で一人になっちゃうじゃないっすか。俺も行きますよ。……ちょっとお代わりついできます」


「あ、俺のも頼む」


 嵐山はそう言うと、残りを飲み干し空のジョッキを俺に手渡した。


 ビールサーバーのレバーを引いて、ビールを注ぐ。最後にレバーを手前に押すと黄金の液体に綺麗に泡が乗る。


 7:3の黄金比で注がれた完璧な生ビールを持って戻ると、嵐山はニヤついた顔で俺を待っていた。


「そうそう。2号店はバイト、30人近くいるだろ? その中でもめちゃくちゃかわいい子が二人、いたんだよ。確か、そのうちの一人は……島崎って名前だったっけな?」


「マジっすか。こっちはおばちゃんのパートと男のバイトしかいないですからね。それはちょっと楽しみすね!」


 少しでも、明るい話題で暗いこの場を和ませようとする嵐山。ジョッキをテーブルに置くと、俺もニヤっと笑って返した。

 

 

 こうして俺は、今後の自分の生き方を大きく変える———島埼絵未しまさきえみに出会う事になるのである。

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