第42話/別視点・辰宮
「世話になったな、お嬢」
鬼童膝丸は頭を下げて願う。
お嬢と呼ばれた女性は、畳の上で寛いでいた。
辰宮雫。それが彼女の名前である。
「お前すらも、私の元から去るのか?」
臙脂色の浴衣に身を包み、黒い髪を一房に結った女性。
口には煙管が銜えられていて、気持ち良さそうに紫煙を吐き出した。
「俺ァ元々、娘の治療の為にあんたの下に付いてやった。そこで延命治療を受けさせたことについては感謝してるぜ」
「そうか……ならば、お前が私の元から去ると言うのならば、治療も停止させるが、それで良いか?」
至極当然だろう。
それを言われると、鬼童膝丸は額を指で掻く。
「そりゃあ困るぜ、治療は続けてくれや」
再び紫煙が吐かれた。
それは溜息に似た吐き方でもある。
「話の筋が通っていないと自分でも思わないか?鬼童」
治療を行っていたのは、あくまでも鬼童が辰宮派に属して居たが故。
一時離脱ならまだしも、迷宮の最深部へ向かい、この迷宮を作る道具小路真改を討伐すると言う。
辰宮派は迷宮の維持による術具回収による政府との報奨金を狙う派閥だ。
道具小路真改を討伐すると言う事は、無限に近い術具に限りが出る事になる。
つまりは辰宮派に対する敵になると、鬼童は言っていた。
「あー、分かってらぁ、だからな、契約しようや」
「契約?」
辰宮は首を傾げた。
契約とは一体、何をするつもりなのか、と。
「俺ぁ黄泉島に行って、そんで霊薬を取りに行く、これは絶対だ。譲れねぇ、それと、それを教えて貰った聖浄ちゃんと共に行動する、それも譲れねぇ、で。この譲れねぇ約束と決断、それに関わらねぇ程度のお願いならなんでも一つだけ聞いてやる、悪くねぇ話だろ?」
約束を反故にしない範囲で、彼女の願いを一つだけ叶えてくれる権利。
それは、鬼童膝丸に殺して欲しい人間を告げれば、迷宮最強である鬼童膝丸が相手を殺害する為に全力で動く。
「そうか……確かに、それは悪くない話だ」
辰宮雫は頷いた。
鬼童膝丸は交渉が成立したと思い笑みを浮かべて手を広げる。
「さあ、俺に何をして欲しいんだ?気に入らねぇ奴を殺してやろうか?辺境にある術具の回収でもしてやろうかっ?それとも……あ、最強に美味ェ飯でも食わせてやろうか!!」
最後は辰宮も遠慮したかった。
かん、と煙管の火種を落とす辰宮雫。
既に、彼にどの様な願いをするか、決めていたらしい。
「じゃあね、鬼童」
「あぁ、なんでも言ってくれ、俺がなんとかしてやらぁ!」
意気揚々とする鬼童膝丸に、辰宮雫は意気消沈させる言葉を口にした。
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