3.エンチャンター

 エルフの美少女、ラティア嬢のクラスはエンチャンターだった。

 付与術師というやつだが、身体的接触をしていないと、効果を発揮できないという、クソ要素がある。


 前衛が立ちまわって戦闘しているときに、いちいちくっついて居られたら邪魔以外の何物でもない。

 だからクラスのうち『最も役立たずのエンチャンター』と呼称されている。


 これは事実だが、俺には関係がない。


 俺はウォーロックだ。

 そして範囲魔法を得意とする。

 この範囲魔法は全方向で、俺を中心に発動するため、俺の至近距離にいないと、味方だろうが死ぬ。

 逆に言えば、俺の至近距離にさえいれば、安全なのだ。


 魔力は俺から出ているが、火の玉が俺の体から直接飛んでいくわけではないので。

 放出された魔力が一定距離を離れると、物質化して炎になるらしい。


 俺の背中に引っ付いて、俺を大幅に強化してくれるエンチャンターは、相性が非常にいい。

 他職には宝の持ち腐れだが、俺個人には、絶大な効果が見込める。


「というわけで、ラティア嬢は、俺と相性が非常にいい」

「はいっ、そうみたいですね。でも範囲魔法なんて実在していたんですか、おとぎ話ですよね?」

「バラエルの話か? 実話なのだろう」

「実話、なんですか、にわかには信じがたいです。すごいです」

「まあな」

「それにしても、相性がいいとか、なんか恥ずかしい台詞ですね」

「そうだな」

「その、あの、体の相性みたいで」


 頬を染めて、目を逸らすラティア嬢。

 おい聖女だろ。なんだよエッチの相性とか想像してるのか。

 むっつり助平だろ絶対。


 ちなみにエンチャンターに似ているが全然違う職業にバッファーというのがある。

 補助魔法を使う魔法使いだ。

 身体強化、魔法攻撃力強化魔法などを相手に掛けることができるが、その倍率は低い。

 確かに身体的接触を用いず、ヒールのようにバフ魔法をするだけで、お手軽なので重宝するが、その効果は限定的だ。


 それに対してエンチャンターの強化は、倍近いという噂がある。

 倍の攻撃力とか、想像を絶する。


 そして「体の相性がいい」相手とは、さらに倍ドンで強力になるという、これまた根も葉もない、エッチな噂がある。

 だからエンチャンターは性的な噂話が絶えない。


 彼女も少なからず、そういう話を聞いたことがあるのだろう。


 まったく純真な俺の聖女に何を吹き込んでるんだか。


「体の相性……た、確かめてみますか? 初めてなので本当か分からないんです」


 もう夕方。これから寝る時間だ。


 目を潤ませている。

 夕日で光はやや赤いが、ラティア嬢の顔はその中でもさらに真っ赤なのが分かる。

 なんだか、俺とラティア嬢が今からしけ込むみたいじゃないか。


「あの、宿屋まで、一緒に行ってください」

「金貨やったろ、ひとりで行けないのか?」

「あの、ひとりで宿屋に行くと、連れ込まれそうになったことがあって、怖いんです」


 俺の腕の裾をギュっと強く握ってくる。

 その手はわずかに震えていた。

 唇もきゅっと結んで、何かに耐えるような表情をしている。


 どこにもクソ野郎はいる。

 なるほど、これほどの美少女がひとりで宿屋に来れば、一発ヤッてやろうという不届き者がいてもおかしくはない。


「それから、これはお願いなんですけど」

「なんだ」

「一緒の部屋に、その、泊まって欲しいです。も、もちろんダブルベッドで」

「そんなに宿屋が怖いのか?」

「はい」


 なるほど、これは問題だな。

 俺のことは怖くないのだろうか。

 一番、悪いことをしそうな格好をしている黒ずくめなのだが。


 宿は裏路地のヤバそうなところは避けた。

 お嬢さんを連れていけるような宿ではない。もちろん一発ヤるだけなら別だ。


 一本裏通りにある、知る人ぞ知る感じの比較的綺麗だが値段は手ごろな宿屋を見つける。


「よし、ここにするか、いいな?」

「はい」


 ラティア嬢はまだ俺の服の裾をギュっと握って離さない。

 よほど怖い思いをしたと見える。


 ドアを開け、受付を済ませる。

 宿屋の主人は、俺をしっかり見た後ラティア嬢をさっと見ていぶかしむが、見て見ぬ振りをして、何食わぬ「俺は何も知らないですよ」という顔で鍵を渡してくる。


「くれぐれもトラブルはご遠慮ください」

「分かってるって」


 俺はできそこないの笑顔を貼り付けて、それに応じる。

 ラティア嬢も怖がりながらも笑顔を浮かべて店主に頭を下げる。

 店主はその時初めてラティア嬢の顔をはっきりと見たのだろう。

 鼻の下を伸ばして店主は一言。


「いくらだ?」

「は?」


 俺は一瞬意味が分からなかった。宿代を払ったのはこちらだ。


「その子、いくらだったの? 後で俺にも貸してくれる? それでいくら?」

「は?」

「奴隷でしょ? いくらで買ってきたんだい? それとも化粧もしてないけど娼婦なの?」

「どっちでもない。知人だ」

「うそん」

「本当」


 俺は店主をにらみつけるが、平気な顔をしている。

 無駄に場数を踏んだこういう店主はたちが悪い。


「そんな見え見えの噓ついてもダメだよ」

「本当に知人だ。シメるぞ」

「ひっ、こわ。これだからウォーロックはおっかねえ」

「分かってるんだったら、黙ってろ」

「あーはい。すみませんね。で一発だけでいいよ、いくら?」

「貸出するわけないだろ、頭に魔法叩きこむぞ」

「うひょおお。こりゃあ失礼。どうぞごゆっくり。げへへ」


 エロい顔を浮かべて、俺たちを奥に促す。

 ラティア嬢の顔を見たら、目に涙を浮かべているが、声を上げて泣かないように必死に我慢していた。

 俺の服の裾はシワがよって、痛そうなぐらいギュッと強く握られている。


 こんな子になんてことを。守らないと。


 そんな感情になるのは俺の中では非常に珍しい。


 部屋に入り、内鍵をおろす。

 これで、あのゲスい店主も入ってこれない。


「まったくクソ店主だったな」

「はい」


 ラティア嬢は鍵を見て、ほっと胸をなでおろす。

 その表情はまだ硬いけど、少しだけ安心したように無理やり笑って見せる。


「ところで、俺がラティア嬢を襲う可能性については、考慮しなくていいのか?」

「そういうことしない人だと理解しているつもりです。これでも人を見る目には自信があります」

「それでも、男は男だ」

「知っています。でも、あなたになら襲われても文句は言いません。金貨前払いですから」


 今度の彼女はニッと笑って見せる。

 冗談のつもりのようだ。全然笑えていなくて、痛々しいから可哀想だけど。

 その健気な姿勢は、儚い美少女そのもので、このまま保存したい。


「私なんかの処女でも、高く、買ってくれるんでしょうか?」

「ちょっ、本当に処女なのか?」

「そうですよ、悪いですか。まだ体を売ったことはないです。いくら貧乏でも、エルフは体を安く売るものではないと、強く言われて育ちましたから」

「ああ、そうだろうな」


 エルフは見目がいいため、奴隷でも娼婦でも高く売れる。

 体を売るのは最終手段だが、安売りをしてはいけない。

 もちろん本意は、誇り高いエルフは誰にだろうと体を売ってはいけないという意味だ。


 そんな彼女が、優しく微笑む。聖母様のようだ。


「でも、あなたになら、抱かれても、いいです。売春がダメなら、無料でも、いい……」

「簡単に言ってくれる」

「簡単じゃないです。一大決心ですよ、これでも」

「そうなのか」

「はい」


 顔はまた真っ赤になっている。

 冗談にしても、本当にしそうで困る。


 俺が真剣な表情で見つめてやると、耐えられなくなったのか視線を逸らす。

 その流し目がエロい。


 誘っているわけではないのだろうが、彼女の顔は整いすぎていて、どんな表情をしても、見ているこっちは劣情を催すようにできている。


 無垢な少女が一生懸命誘っているようで、背徳的だとさえ思う。


「じゃあ、ほら、こっち来い」


 隣のベッドに腰かけようとしていたラティア嬢を俺のベッドに誘う。


「ひゃい、その、優しくしてください」

「ああ、約束する。優しくする」


 俺の横に立っているラティア嬢に、俺は魔法袋から、桶を渡す。


「はい? 桶ですね」

「ただの桶だ。しっかり持って」


 俺はそこに、魔術でお湯を注ぐ。

 こういうとき魔術師は便利だ。こういうことができる。

 俺は最後にタオルを出すと渡す。


「お湯それからタオルですね」

「そうだ。向こう向いてるから、そっちで後ろ向いて服脱いで、体を拭くといい」

「あ、あの……」

「なんだ」

「ありがとう、ございます。何から何まで」

「いいんだ」


 ラティア嬢は顔を赤くして、隣のベッドに戻り、こっちを見てくる。


「向こう、向いててくださいよ。ルーク様だから見ててもいいですけど……」

「いや、見ない。聖母ラルクーシア様に誓って、向こうを向いている」

「えっそこまで、私の裸、見たくないですか? やっぱり汚くて貧相ですもんね。なんだかショックです」

「そう言う意味ではない。君の体は綺麗だ。美しすぎるから、暗黒魔術師には眩しすぎるんだよ」

「ふふふ、暗黒魔術師さんですか」

「そうだ」


 彼女は笑って、向こうを向いたと思ったらワンピースを脱いでしまう。

 綺麗な背中、細い体が見える。


 おっといけない。俺は聖母様に誓った身だ。後光に消し炭にされないように向こうを向いた。


「んっ、ふふん、ふんふん」


 彼女が鼻歌を歌いながら、体を拭いている。


「お湯、気持ちいいですよ。ありがとうございます」

「ああ」


 部屋は鼻歌以外静かだ。

 他にはたまにお湯を絞る音がするだけだ。

 なんだか想像すると、すごくエッチなので俺は緊張してくる。


「お湯で体を拭くのも久しぶりだったので、うれしいです」

「よかったな」

「はいっ」


 お互い背中を向けて、たまに会話をする。

 なんだかこそばゆいというのだろうか。こういうことは経験したことがないので、表現が難しい。


 彼女の体は、いい匂いがするので、それが薄まるのは残念ではあるが、埃まみれなのは女の子には辛かろう。


「ありがとございました。終わりましたよ」

「ああ」


 俺がラティア嬢のほうを向いたら、もう茶色いワンピースに戻っていた。

 なんだか残念な気持ちもあるが、ほっとした気持ちもある。


「じゃあ次は、私がルーク様をお拭きしますね」

「はあ?」

「え、ダメなんですか?」

「自分で言ってる意味を考えてくれ」

「よく分かりませんでした」


 これだから無垢は困る。

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