2.エルフのラティア
今、俺はエルフの美少女、ラティア嬢に強制的に早めの夕ご飯をおごられている。
ただし元金は、俺が渡した金貨なので、俺の金といえなくもない。
時間を戻す。
「すごく、うれしいです」
彼女の犬のような、尻尾を振る姿が幻視できる。
「お腹すきましたね?」
「あ、ああ、確かに」
「そうですよね。お金も貰いましたし、一緒にご飯どうですか?」
「いや、べつに」
「私が貰ったお金だから、好きに使ってもいいんですよね。なら、一緒に、ピッツァというものを食べたいです。食べたことないんです」
「ないのか……」
「はい。前から一度でいいので、お腹いっぱい、食べたかったんです。ピッツァを、ぜひ一緒に」
そこまで言われたら俺でも承諾くらいはする。
彼女はこんな黒い格好の俺で、尻込みしたりしないのだろうか。
一般的な一般人は、俺みたいなウォーロックは避けて歩くくらいなのだが。
「はい、手」
「なんだと」
「だから、手、どっかいかないように」
「子供か」
「だって、あなたまだ16歳ぐらいですよね」
「そうだが」
「なら、子供ですよ」
そうなのだろうか。
16歳なら、ほぼ成人だと思うが。
ぎりぎり子供といえなくはないか。童貞であるからして子供という見方もできる。
ふむ。
一人納得していると、左手を掴まれて歩いていく。
その手は小さくて柔らかくすべすべしていて、とてもさわり心地がよかった。
男の手とは天と地ほど差があり、こんな俺でもドキドキしてしまいそうだ。
ピッツァというのは、ようはピザだ。
婦女子はこういうちょっと高そうな名前にときめくらしい。
数年前、この国メドリーシア王国の王都で流行りだし、あっという間に各地で真似た店が次々と出店している。
俺も以前食べたことがあった。
食事の中では、値段としては中ぐらいだろう。
特段高いとは思えない。しかし安くはない。
彼女の服装からして、裕福ではないのだろう。
冒険者をしていると忘れそうになるが、冒険者は死ぬ確率が高い代わりに、生活水準は高いほうなのだ。
そのくせ最初は貧乏極まりないし、野垂れ死にそうな人も多い。
「その、貧乏なのか?」
「そうですね。エルフなのに恥さらしです」
エルフは人種の中では珍しいほうだが、裕福な人が多いイメージがある。
これもある種の偏見かもしれない。
俺には無垢っぽい純真なエルフは、丁度よかった。
そして黒水晶を売っているからして、ウォーロックに偏見があまりなさそうなのも、丁度よかった。
つまり彼女は色々とあらゆる面で、俺に都合がいい。
自己弁護しているようだが、そういう状況だったのだ。
腹も空いているし、ピザくらい一緒に食べてもいいだろう。
「美味しい! このチーズ。アツアツで濃厚でとろけちゃう」
そりゃチーズだからとろけるだろう。
「トマトもベーコンも塩気があって、本当に美味しい!」
まったく美味しそうに食べる。
これくらい威勢がいいと、かわいく見えるな。
確かにこのピザは、前に食べたものと比較しても美味く感じる。
しかし味だけの問題か、一緒に食べている人の都合によるのかは、はっきりしない。
飯の味は、味と匂いだけではないのだ。
誰と食べているかも重要だと思う。
他人を基本、嫌う俺でもそう分析せざるを得ない。
金貨1枚あれば、これくらいならお釣りがくる。
お腹いっぱい食べたいとは言ったものの、彼女は丸いピザを1枚食べただけだ。
別に大食いというわけではないらしい。ちょっと安心した。
「美味しかったです。ありがとうございます」
満面の笑み。純真な正の感情が溢れんばかりに光輝いて見える。
俺にはそれがとても新鮮で神聖だった。
今まで俺にこんな笑顔を向けてくる女子など存在していなかったのだ。
あまりにも
ホーリー・レイとか使えるようになるだろうか。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
ピザの店を後にする。
「ところで、黒水晶だが」
「はい。たくさんあるんですけど、お父さんの形見で」
「黒魔術師だったのか?」
「いえ、黒水晶などの加工の仕事をしていたので」
「ふむ」
ちょっと寂しそうな表情をするラティア嬢。
そんな顔もとても美しいのだから、美少女は得だ。
この表情を絵画にして売ったら高値で売れそうだ。
ふわふわロングの金髪だけは綺麗にしているようだけど、服装はいかにも貧乏に見える。
顔は穢れを知らない美少女そのもので、化粧っ気が全くないのに、何か品がある。
綺麗な首より上と、下のギャップがすごい。
茶色くてボロい薄い一枚布のミニ丈のワンピースは、体のシルエットをほとんど隠すことなく露わにしている。
白くて細い手足は丸々露出している。それからくびれた腰。
布面積は安いだけあって小さくノースリーブだ。
腰にはリボンが縫い付けられていて、緩めに絞られている。
胸は体が細い割にはしっかりと存在を主張している。
Dカップくらいだろうか。
体の栄養素を全部その、おっぱいに吸い取られていそうだ。
「ゴーストの欠片はギルドで買い取ってくれたが、黒水晶は買ってくれないのか?」
「黒水晶はアクセサリーになっているので、加工品とか製品は買取していないんです。素材だけなんですよ。もしくは中古扱いですごく安いんです」
「そうなのか」
「はい」
ふむ。買取とかほとんどすべてドルボに任せっきりだったから知らなかった。
ソロで活動していたころは、売れるほど装備とか持っていなかったし。
「ところで、あの……」
ラティア嬢が困ったような顔をする。
「お名前は教えていただけませんか?」
「あ、俺か。名乗るほどのものではないが」
「そんな、貧乏な私にクエストとは名ばかりの仕事を与えて、施しをしてくれました。命の恩人です。野垂れ死ぬところだったんです」
「いや、あれは俺の都合で」
俺がギルドに行きたくないという理由だとは思っていないようだ。
貧乏な少女に施しをする名目だと勘違いしている。
「私、こんなに貧相なのに。こういう薄幸の少女が好きなんですか?」
「は? どういう意味だ」
「あの、あまりに私に都合がいいですよね。本当は体目当てで……」
なぜか半笑いで涙ぐんでいる。
「違う違う、誤解だ。施しも、ごほん、その、体目当ても、全部誤解だ」
「誤解?」
「そうだ。俺はギルドに行きたくない。目立ちたくないからな」
「ああ、そうですよね。換金した時、すごい、注目されちゃって。びっくりしました」
「だろう」
「あっ、はいっ」
今度は、納得したのか、にぱっと明るい笑顔を振りまく。
その純真さは聖女のようだ。
「それで、お名前は?」
「ルーク・ベラクリウス」
俺は名前それから、滅多に口にしない苗字を名乗る。
この聖女様に、嘘は吐きたくなかった。
「ベラクリウス、ど、どこかで」
「気のせいだろ」
「あっ、んんっ、思い出しました。伝説の魔法使い、バラエル・ベラクリウス様と同じ苗字!」
「あ、そうだな、うん」
「もしかして、ご先祖様とか?」
「そういう逸話は聞いたことがあるが、実際は遠い親戚か何かだろう。どうせ」
「そ、そうですよね」
うれしそうにしたり、ちょっとしょんぼりしたり、ラティア嬢は表情がよく変わる。
一割でも、俺にその表情筋を分けてほしいものだ。
そうしたら俺ももう少し、女の子にモテるようになるのに。
こんな朴念仁な俺だが、女性に興味がないわけではない。
むしろ逆だ。
美少女をめちゃくちゃにしたい。そんな衝動も幾分か思うこともある。
女性とベッドでにゃんにゃんしてみたい。
猫ちゃんは、どんな声で鳴いてくれるだろうか。ぐへへ。
いかんな。目の前の清純そうな表情で興味深そうに聞いてくれている美少女に申し訳が立たない。
「でもでも、ルーク様ってお強いんでしょう?」
「これでも個人Bランク、追放されたがパーティーはAランクだった」
「Aランク! すごい」
「俺の業績じゃない。俺は無名だからな」
「Aランクって言ったら『水竜の姫巫女』とか大剣使いドルボの『大殺の風雲児』とかですよね、ね?」
「うっ」
まさにそのドルボに追放されたわけだが。
ちなみに大殺とはドルボのことではなく、俺の魔法で即死することを意味している。
ただし、その事実を知っている人はごく少数だ。
「その大殺の風雲児が、そうだ」
「ええぇえ、なんで、そんな人がこんなところでソロで」
「まあ色々あって、パーティーを追放された」
「そんな!」
概要をかいつまんで説明したら、ラティア嬢は自分のことのように怒ってしまった。
「そんなの、あまりに酷いです。あんまりですよ」
「ああ」
「黒魔術師、ウォーロックだからって、ちょっと後ろで魔法撃ってるだけなのに」
「ぐ、それはまあ、事実だし」
「卑怯者だなんて、あんまりです。事実誤認です。パーティーが全滅したら死ぬのなんて一緒なのに」
「そうだな」
なんとか興奮している彼女をなだめる。
「わ、私なんか『最も役立たずのエンチャンター』なのに差別とかなくてみんな優しくしてくれるのに、ウォーロックの人は可哀想すぎですっ!」
「ああ、エンチャンターなのか」
「はい」
「そ、それは、なんかすまん」
しょんぼりしてしまった。
役立たずのエンチャンターとは言いえて妙だ。
事実、特定のパーティーでは無用の長物だった。
エンチャンターは、対象の人物のスキルを強化する特殊スキルを保有している。
剣士なら身体強化が強くなったり、ヒーラーなら回復力アップをしたり魔力タンク的な使い方をしたりできる。
しかし致命的な欠点があるのだ。
エンチャンターは、対象者と絶えず身体的接触をしていないと、その効果を十全に発揮できない。
つまり前衛と共にするのは「邪魔」なのだ。
そう言う意味で、ゴミ扱いされているクラスだった。
「そうか、しかしそれは、いいことを聞いた。俺には得しかない」
「はい?」
「俺とパーティーいや、ペアを組まないか」
「私なんかが?」
「私なんかではない。ラティア嬢こそが俺のペアにふさわしい」
「きゃっ、なんですかそれぇ、おだてても何も出ませんよ~」
「俺は本気だ」
真剣な表情で、ラティア嬢の瞳を見つめる。
恥ずかしそうに頬を染めるが、彼女も真剣な顔をして、見つめ返してくる。
「どういう意味なんですか? 惚れちゃいました?」
「違う。君のエンチャンターとしての力が欲しい」
ラティア嬢は、目を見開く。
本当に驚いているようだ。俺にとってエンチャンターは役に立つ。
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