第6話 戸田っちvsセッキー
夏休み前半こそあんな感じでバタバタしていたけど、ラストはマジで勉強漬けの日々だった。部活もなかったし、遊びにもほとんど行かなかった。受験生だし、一応コロナ禍だし。
九月とはいえ暑さは全然引いていない。
「おはよう颯汰」
靴箱で会った歩におはようと返し、一緒に教室に向かう。
「そういやさ、体育祭なくなるかもしれないらしいぜ」
「マジ?誰情報?」
もしなくなるとしたら夏休みのあの時間はなんだったんだよ。
「ちらっと聞いた話だけどな。生徒会役員と仲いいヤツが言ってた」
「別に体育祭くらいやってもよくね?外じゃん」
「マジでな。女装なしで済むのはありがてぇけどさ」
歩はくじ引きで女装役になっていた。男女比が偏っているから仕方がない。
一時間目の始業式は放送で簡潔に行われた。その後掃除をし、二時間目のHRに入る。
「ヒジョーに残念な話だが、体育祭は中止になった。最後の行事くらいはやらせてやりたかったんだがなぁ。まぁ感染状況から考えても仕方ない話ではあるな」
体育祭中止というまさかのワードを聞き、教室全体がザワザワし始める。歩から聞いていたとはいえやっぱりショックだ。
「あと二ヶ月で推薦入試が始まるからな。一般入試もすぐ来るぞ。切り替えて勉強していこう。残りの時間は自習だ」
予定では体育祭の練習だったのにな。大した勉強道具も持ってきていないし、単語帳でも開くかと思っていたそのタイミングで戸田っちがデカめの声で呟いた。
「わかんねーっす」
自習を始めようとしていた人は手を止め、寝ようとしていた人は起き、ほぼ全員が戸田っちに注目する。
「俺ら行事潰れすぎじゃないっすか?夏休み前の球技大会は雨で中止やったし、その前の文化祭もコロナでなくなったじゃないですか。修学旅行も代替行事すらできませんでしたよね。去年の体育祭も午前で終わりやったし。まともにやったんって二年の終わりの球技大会くらいっすよね」
まぁ球技大会も決勝以外観戦禁止で、微妙ではあったけど。
「切り替えて勉強とか言われても、そんなんおもんないっす。夏かって勉強ばっかやったのにやる気になれないです。それに旗とかダンスとかも準備してきたのに。このタイミングでそう言える先生の思考がわかんないっす」
「新二の言いたいことは分かるけども、先生たちだって意地悪でこういう状況にしてるんじゃないからな。それに高校は受験が最優先だろう」
「もっと言うたら、他校は行事やってるんすよ?球技大会、蒼海は同じ日やのにグラウンド調整してやってたし、桜川や暁丘は文化祭も普通にやってた。修学旅行中止なんて
体育祭もどーせほかの学校はやるんじゃないすか?蒼東はなんでも中止にしたらいいと考えてるとしか思えないっす」
確かに、SNSで他校が文化祭やら体育祭やらをしたっていう投稿を見ると正直羨ましい。
「それは先生に言われても仕方ないんだ。主任や校長先生の判断だからな。他校がどうとかそういう問題ではない」
「でも……」
納得がいかないといった顔で戸田っちが先生を見ている。
「僕も戸田っちが言いたいことは分かる。でもそんなこと先生に言ったってどうしようもなくね。時間は止まらないし戻ってこないし。悪いのは先生たちじゃなくてコロナだろ。決まったものは仕方ないんだよ」
セッキーの言うことはもっともだ。戸田っちも返す言葉がないんだろう。でも気持ち的には俺は戸田っち派だ。戸田っちみたいに先生に文句言おうとは思わないけど。
セッキーと戸田っちは仲いいけど、今までも対立することが多かった。情熱の戸田っち、正論のセッキー。なんだかんだ結局セッキー側につく人が多い。そういう感じのいつもの対立だろうなって俺は傍観していた。
「まぁ今はそう思うけど、じーさんになったらどうせ行事のことなんて忘れてるだろうしなぁ」
誰かがそうつぶやくのが聞こえた。
「違う。俺は今を楽しみたいねん。だって高校生活って今しかないやん。このメンツでなんかするってもうないねんで。それが自粛と勉強だけで終わるって悲しすぎると思わん?それもどこの高校も同じやったらまだ納得できんこともないけどさ……」
ザワついていた教室が水を打ったように静まり返る。みんなの本音は多分戸田っちの言ってる方だ。せっかく準備してきた体育祭が中止なんて冗談も大概にしてほしい。
でもセッキーが言ってる事の方が大人の考えに思える。割り切るしかないって。コロナ禍だから仕方ないし、そのせいで俺たちより全然不幸になった人だって沢山いるし。それに比べたら、俺たちなんて不利益被ってないほうだもんな。
この沈黙の中に“戸田っちもういいじゃん”という空気が流れているのが分かる。そんなの言ったって仕方ないから。
「俺もわかるよー戸田っち。最後の体育祭くらいやりたかったよな」
数秒後、その沈黙を破ったのは陸だった。陸が続けて話す。
「くじ引きでダンスリーダーやらされて、それでも決まっちゃったから俺なりに色々仕事こなしたのに、中止とかマジふざけんなって感じ。みんなも夏休み集まって練習したもんな」
確かに。やらされた俺たちでさえそう思うのに、主体となって考えてくれた女子の頑張りはどうなるんだよ。
それに前期補習の期間はほとんどのやつが残って練習していた。後期補習の期間は、補習を取ってないやつも半分くらいは練習に顔出してたと思う。自分が仕事引き受ける!ってタイプは少ないけど、なんだかんだやる気あるやつも結構いたんだよな。
「悔しいなーマジで。誰も悪くねえから余計にさ。延期でもいいからやりてえよな」
広瀬が言うと説得力がある。面倒な作業を引き受けていたのはほとんどこいつだ。
団長の仕事に加えてクラス旗と団旗の作成、衣装代の集計や発注なんかも全部やっていたみたいだし。
「ぶっちゃけ校長の判断ミスじゃないん?だってどーせ他校はやるもん。直接抗議しにいけばワンチャンあるんちゃうん?」
「でも今の校長先生って頑固だって有名じゃん」
「いーやセッキー、やってみなチャンスなんか一生ないねんで」
「まぁそうだけど……」
「俺、初めてセッキーより新二のほうがまともなこと言ってるって思った」
戸田っちと仲のいい
「よな?今日は俺が正しいよな?でも初めてってひどない!?」
ピリついていた空気が一気にいつもの教室の空気に戻る。
「俺これ終わったら校長先生のとこ行くわ」
「そうか、やれるだけやってこいや」
先生は普段なら面倒事には首を突っ込むなと口うるさく言うのに。まさか背中を押すとは思わなかった。
「あ、先生が許可を出したとは言うなよ」
いつもの先生だった。抜かりねえ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます