第六章 ミッドサマー(4)

 忘れがちだが、人は勝手に死ぬ生き物である。死期を悟った猫のようにどこかに消えたりしない、死にそうなぐらい気分は悪いけど、まあ、明日も生きてるだろう。と適当に考えながら、明日には死んでいる。死んで、ゾンビになって、そこら辺をふらふらとさまよい、人を襲う。

 それは、ゾンビの存在をひた隠しにして、宗教の教えを守り続けている彼らにとって、厄介なことであった。

 ゆえに、ドールヴでは七十歳を超えると、あそこから飛び降りる決まりとなった。

 秘密を守るためには、死すら統率しなければならない。


「飛び降りた方の頭は、木槌で壊します。動きださないようにする処置のためであり、あるいは、頭が『栓』になっていて、それを開けることで、体に閉じ込められていた魂が解放される。という教えのためであるのです」


 アジャは動かない男の死体の前で、頭を軽く下げる。


「彼もまた、新たなる子供として、我々の前に姿を見せますよう」


 その後アリスは、夕餉をあまり食べることなく、すぐに宛がわれた部屋に帰っていった。

 あんなにも欲しがっていた二段ベッドの上段に昇る元気もないのか、下段の方に倒れ込むようにごろりと転がった。はぁ。と重々しい息を吐く。


「彼らがしていることは悪いことです」


 僕はベッドの端に腰をおろす。アリスの頭が、すぐ近くにある。アリスはごろりと体を回して、僕の方を向いた。「そうですよね?」と言わんばかりの目で、僕を見上げてくる。

 ここで「そうだな」と肯定すれば、いつものように「悪いことをしたならば、懺悔すれば良いのです。神さまはきっとお赦しになってくれます」と言葉が続いただろう。そうだな、神さまもきっと、自殺コミュニティなんて大好物だろう。

 しかし僕は。


「どうだろうか」

 と返した。


「つまるところこれは『姥捨山』なんだろう」

「うばすてやま?」

「棄老伝説の一つだよ。映画なら『デンデラ』が有名かな。雪山に捨てられた老婆と熊が殺し合いをする映画なんだけどさ」

「映画ってなんでもあるんですね……」

「なんでもある。だから映画は面白いんだ」


 ともかく。姥捨山である。

 決して豊かではない村が、口減らしのために老人を山の中に捨てる伝説。

 このコミュニティがしていることは、とどのつまり、棄老伝説となんら変わりない。

 捨てている理由が、口減らしではなく、ゾンビを増やさないためなだけである。いや、もしかしたら口減らしの意図もあるかもしれないが。


「少なくとも、ゾンビがでない死に方をできるというのは、誰にも迷惑をかけない死を実現できているわけだろう。安全な洞穴の中で、安全に生きて、安全に死ぬ。確かに死に方は残酷だが、今までのどこのコミュニティよりも安全で、幸せなコミュニティだと考えてもいいんじゃあないかな」

「……そうでしょうか」


 アリスは寝っ転がったまま、唇を尖らせる。


「モールでゾンビに噛まれた男が殺されたとき、生きるためには仕方ないって怒りながらも言ってたじゃあないか。あれと一緒だよ」

「それもそうかもしれませんが……しかし、やはり、自殺はダメですよ……」


 アリスはごろんごろんと体を左右に揺らしながら、「にいぃ」と呻く。

 確かに、皆の前で飛び降り自殺をするというのは、いささかオーバーなーーパフォーマンス的な要素を感じる。しかし、オーバーな分、そのショックが、観ている人の頭に「人が死んだ」と印象付けさせれるのも事実だ。いまのアリスがそうであるように。


 ――あれは、し、刺激が強いので……。


 クリスタの言葉を思いだす。なるほど確かに、これは子供には刺激が強すぎるR15+指定

 あの人はもう動かない。死んでしまったから。

 それを視覚的に、どうしようもないぐらい認識させるのならば、飛び降りが一番だろう。

 安全なコミュニティを形成するのに必要なことなのかもしれないけれども、でも、人が死んでいる。忌避の思考が頭をよぎる。

僕も、カメラ越しではなく普通に直視したら、そう思うのだろうか。

 今までのコミュニティでもそうだったが、僕はどうも、この世界での死への忌避が薄いような気がする。それは別に、僕には感情が欠落しているとか、そういう話がしたいわけではない。忌避感は人並みにある。実家の犬がいつか死んでしまうなんてことを考えると、夜も眠れないほどだ。だから、どちらかと言えば、僕はこの世界での出来事を、映画の物語として見すぎているのだろう。

 しかたない。僕はアリスと違って、この世界が『映画を撮るための世界』であることを知っているし、なにより、カメラを持つ側ーーカメラの外にいる監督なのだ。

 ……それも、あんまり評価されていない、面白くない監督。

 だから、僕は物語に深入りするべきではない。これぐらいの距離感で、物語を撮るべきだ。

 むしろ。

 深入りするべきは。


「……やはり、納得いきません」


 この映画の主人公ヒロインである、アリスであるべきだ。

 アリスは横たわっていた体を持ち上げて、ベッドの上に座り直す。僕はそんな彼女を映す。


「確かに、ドールヴの平穏を保つためには、この風習はただしいのかもしれません」

 しかし。

 アリスは続ける。


「明日死ぬかも分からないのに、今日死んでしまうのは悲しいですよ」

「いいね」


 主人公ヒロインらしいセリフだ。

 僕は笑う。アリスもつられるように笑った。


「江渡木さん、長老に話を聞きに行きましょう」

「分かった。ついて行くよ。僕はアリスに」


 アリスはベッドの下段から降り、扉を開こうとする。

 そんな彼女の背中に、僕は尋ねる。


「そういえば、ロメロ教だっけ? それには、一体どんな教義があるんだ?」

「そのいち、神さまは素晴らしい! そのに、神さまの言葉を信じろ! です」


 神さまめ。設定を考えるのが、面倒だったんだな。

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