第四章 ゾンビマックス!(1)

 がぱっとつく。

 ベッドで眠っていたアリスが、目尻に皺を寄せて、まぶたをぎゅーっと細めた。


「んーっ」と呻きながら、両手をぶんぶんと振るう。掛け布団が弾かれて、彼女の全身がカメラに映る。寝相が悪いからか、トゥニカのスカート部分がめくれていて、すらりとした白い脚が、太腿まで露出していた。


「…………起きろ、アリス」


 サービスシーン。しかしながらなんというか、家族との食事中に観ていた金曜ロードショーで、濡れ場が流れたような居たたまれなさがあった。頬に熱を感じながら、彼女の肩を揺らす。世界がのしかかっているにしては、小さくて、柔らかな肩。


「もう朝だぞ」

「んにゃ」彼女は寝ぼけた声を漏らす。「あと五分」


 お決まりの台詞を漏らし、僕の手から逃れようと寝返りをうつ。さらにスカートがはだける。目をそらす。


「そんなこと言うやつは絶対に五分で起きない。さっさと起きろ」

「あと古墳」

「ついでで要求するレベルを超えている」

「いいじゃあないですか、お父さん……」

「スカートはだけてるぞ」


 ふにゃあ。とゆるみきった笑みを浮かべて戯言を漏らしていたアリスの瞼がパチリと開いた。

 すぅ。と寝ぼけ眼に生気が宿る。上半身をぐんと持ち上げ、何度かまばたき。はだけていたスカートを整えて、真っ赤な顔で、僕を見上げる。


「おはよう、アリス」

「なぜ撮っているんですか!」

「なぜって、映画を撮っているから」

「これは映画ではなく盗撮では⁉」

「なにを今更」

「……まさか今までもずっと、起こしに来たときに撮影を?」

「なにを今更」

「カメラを渡してください」


 アリスが手を突きだしてくる。僕はカメラを背中に隠す。


「アリス」

「なんです」

「POV方式の映画はな……マニアにしか受けないんだ」

「なにを言ってるか分からないんですけど」

「主人公の主観視点で進行される映画。『ブレアウィッチ』『REC/レック』『クローバーフィールド -HAKAISHA-』『武器人間』などが有名」

「ぴーおーぶいの説明をしてってことじゃあないです!」


 アリスは下唇を尖らせる。


「私が撮影したいってことじゃあないです。カメラのデータを消してくださいってことです」

「ええ……」

「今までで一番嫌そうな表情ですね」

「せっかく可愛く撮れたのに」

「そう言われると消してと言いづらいですね……」


 チョロい彼女であった。将来が不安である。

 頭を抱えて「うん」「うん」唸るアリスを眺めていると、部屋の扉が開いた。

 スリムな女性が、頭を抱えるアリスを見つめて、不思議そうな表情を浮かべている。


「おはようございます、シスターさま」

「あ」アリスは顔を上げる。「おはようございます、ヘレンさん」


 アリスは首にかけている祈る手をモチーフにした銀のペンダントを手に取ると、チェーンを指で挟むようにしながら、両手を組んだ。


「本日もあなたに、神さまの御加護がありますように」


 祈るアリスに、女性は恭しく頭を下げた。


「下で朝食を用意してますので、よろしければ」

「ご飯ですか!」


 アリスのお腹がくぅ。と鳴る。頬を少し赤くして、はにかみながら言う。


「ありがとうございます。ちょうどお腹も空いてましたので」


 女性が音をたてながら階段を降りていくのを見送ってから、アリスは僕を目だけで見上げる。


「今回は見逃してあげますが、次はありませんからね」

「バレないように善処する」

「盗撮しないように善処してください!」


 ■停止。


「という感じで、この子を探してるんだけど知らない?」

「と、盗撮してたんですか⁉」


 僕はカメラの映像から顔を上げ、横に座る彼女に尋ねる。いつものように、僕の横にアリスが――いない。その代わり、背丈の高い女子が座っている。短い黒髪。切れ長の目。ボーイッシュな見た目の女の子である。


「してないしてない。ただ勝手に撮ってだけだ」

「それを、と、盗撮と言うのでは……」


 しかしその声色はどこか怯えているようで、なんというか、弱気なシェパードみたいだった。


「と、ところでどうして。お二人はこのコミュニティに来たのですか?」

「ああ。それは――」

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