3ー3
その後、サラは男と連れ立って10分ほど歩いていた。男はサラに様々な質問をぶつけてきた。名前は? どこから来たの? いくつ? 家族はいる? 金髪と碧眼は生まれつき?
サラは男のしつこさに辟易しながらも、正体がばれない程度に答えてやった。名前はサラ。海が見える場所。女の子に年齢聞かないでよね。家族っていうか、バァさんと一緒に暮らしてるわ。髪と目は自前。バァさんは派手すぎるって怒るんだけど、あたしは気に入ってるの。
道中、すれ違う人々はサラに視線を止めると、珍しいものでも見るようにサラを見つめ、同行者とひそひそと言葉を交わし始めた。
サラはそのたびに苛ついた。何よ、魔女がそんなに珍しいの? あんた達と何にも変わらないじゃないの。
だが、あんまり多くの人が視線を向けてくるものだから、サラはそのうち、自分の美貌がニンゲンを引きつけているのかもしれないと思い始めた。
周囲のニンゲンは確かに服装は華やかだが、目や髪の色はいずれも暗い。だから自分の輝くばかりの金髪や、海のような碧眼が羨ましいのだろう。そう考えるとサラは誇らしくなった。
やがてある場所に辿り着いたところで男は足を止めた。それは壁面を覆うほどの大きな硝子がついた箱で、硝子の向こうには木で出来た腰掛けや丸い四つ足の台が並び、木に腰掛けたニンゲンが台を挟んでしきりに喋っていた。
「ここ、前に友達と来た店なんだけど、ケーキがすごい上手いんだ。パスタとかもあるから、ランチにも使えるんだぜ」
男は陽気に言うと、箱の中に入っていった。サラも興味津々でその後に続いた。
店に入ると、腰の周りに黒い布を巻いた若い女が近づいてきた。女は何かを確認した後、サラと男を隅っこの台に案内した。道すがら、他の台の周りにいたニンゲン達がサラに視線を向けてきたが、その頃にはサラも慣れっこになってたので、顎を逸らしてつんと済ましながら通り過ぎていった。
木の腰掛けの上にサラ達が座ったところで、女が入れ物に入った水と、紙の束を差し出してきた。女は男に向かって二言三言告げると、サラの方は見ずに立ち去っていった。
「サラちゃん、何がいい?」
男が紙の束をサラに見せながら言った。サラは身を乗り出してそれを覗き込んだ。丸くて平たい器に乗った三角形の物体の絵がたくさん並んでいる。どの三角形もふわふわとしていて、白や茶色い生地の上に、赤やオレンジの果実が乗っている。
サラは興味深そうにその絵を眺めた。すごく細かくて可愛い。こんなものを作れるなんて、ニンゲンって器用なんだな。
「やっぱ迷うよな。でも味にはずれはないから、どれ選んでも間違いはないと思うぜ」
味にはずれ? サラは奇妙に思って顔を上げたが、そこでようやくここが何をする場所なのかを理解した。
「…ね、あんたがさっき言ってた“けーき”って、これのことだよね?」サラが紙の束に描かれた絵を指差した。「これ、食べるの?」
「当たり前じゃないか」男がびっくりしたように目を丸くした。「まぁ、ここのケーキは見た目も可愛いから、食べるの勿体ないって気持ちはわかるけどさ」
サラは改めて“けーき”の絵を見やった。観賞するだけなら悪くはないが、食べ物として見ると途端に興味が薄れていく。
「…あんまり美味しそうじゃないな。ね、ここってカエルないの?」
「か、蛙!?」男が度肝を抜かれたように叫んだ。
「うん、あたしカエルが大好物だから。後はトカゲとかイモリとか。薬の材料としても使えるし、食物にもなるし、最高だよねぇ」
サラは両手で頬杖をついてうっとりと言ったが、男の顔が蒼白になっているのを見て、すぐに自分が失言をしたことに気づいた。
「……君、何なの? 蛙とか蜥蜴とか、さっきからおかしなことばっか言って……」男が怪訝そうに眉根を寄せた。「それにその黒づくめの格好、もしかして、君……」
あ、ヤバい。サラは咄嗟に口元を手で覆った。今すぐここから逃げないと正体がバレてしまう。
サラは慌てて立ち上がったが、そこでさっきの若い女とぶつかった。女は大きな器を運んでおり、その中に黄色い細い紐を重ねたものが入っていたが、勢いあまってその器を取り落とした。黄色い紐が辺りに飛び散り、その中から丸い切り身のようなものが2つ3つ飛び出してサラの手に触れた。
その瞬間、その切り身からたちまち白い羽が生え、頭に赤い冠を乗せた鳥の姿へと変化した。鳥はけたたましい声を上げ、白い羽を巻き散らしながら辺りを走り回っている。その鳥に足を取られて別の女が転び、女の持っていた器からも黄色い紐と、ピンク色の薄い切り身が何枚も飛び出した。
切り身がサラの手に触れると、今度は大きな鼻の太ったピンク色の獣に変化した。獣はぶうぶうと鼻を慣らしながら猛然と辺りを駆け回り、台の1つに突進した。その上に置いてあった白い液体が入れ物ごとサラの方に飛んできて、サラと一緒にいた男の頭に液体が振りかかった。
飛び散った液体がサラの手に触れ、雫が下に落ちた瞬間にそこから白と黒の斑模様の大きな獣が現れた。獣は四本足の前足を擦ると、いきり立って壁面の硝子に突進し、勢いで硝子が飛び散った。木の腰掛けや台は軒並みなぎ倒され、人々は悲鳴を上げながら箱の外へと逃げていく。
「……ヤバい、どうしよう」
騒然とする店内をサラは途方に暮れて見回した。鳥と獣はすっかり興奮した様子で全く落ち着く気配がない。意図して使った魔法ではないから元に戻す方法もわからない。
どうしよう。今はともかく逃げなければ――。
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