2ー2

「……実は、私は若い頃、事業を運営していたのです」

「そうなのか?」


 麗二は目を見張った。鳩崎が自分と同じように経営に関わっていたとは初耳だった。


「はい。業種は宿泊業でした。学生時代の私は旅行が好きで、日本全国をあちこち放浪しておりましたが、どうしても納得のいくホテルに巡り会いませんでした。そこで、よりお客様目線に立ったサービスを提供したいと思い、友人と2人で起業を決意したのです」


 麗二は感心したようにその話を聞いていた。木の幹のように落ち着いて見える鳩崎が旅好きであったことも、自分で会社を立ち上げるほどの野心があったことも、何もかもが意外過ぎた。


「最初に開業したのは田舎の小さなホテルでした。内装から食事、サービスに至るまで万事を尽くしたつもりでしたが、当初は閑古鳥が鳴いておりました。今の時代はホテルが乱立しておりますから、無名なホテルに好き好んで宿泊しようと考える方は少なかったのでしょう。

 ですが粘り強く宣伝を続けた結果、少しずつ宿泊してくださるお客様も増えて参りまして。その方々の口伝によって評判が広まり、次第にお客様が増えてゆきました。売上は順調に伸び、第二、第三の支店を出すこともできました。

 私と友人は事業に手応えを感じておりました。この調子でゆけば、今に全国に支店を出すトップホテルになるに違いない……。そんな夢を当時は描いておりました」鳩崎はそこで深々とため息をついた。


「ですが、物腰はそう上手くは運びませんでした。ホテル業界は競争が厳しく、常に新しい事業者が現れては廃業に追い込まれるような世界です。私どものホテルも、最初は物珍しさからお客様を獲得しておりましたが、次第に飽きられ、ホテルには再び閑古鳥が鳴くようになりました。高品質なサービスを提供するため、価格を高めに設定していたこともお客様を遠ざける一因になったのでしょう。

 支店は赤字を出し続けて次々と廃業し、後には借金の山だけが残りました。最初に開業したホテルだけはかろうじて存続しておりましたが、その売上だけでは膨れ上がった借金の返済にはとても及びません。どう手を打ったものかと思案していた時、さらに悪い事態が生じたのです」


 麗二は身を乗り出した。紅茶に手をつけるのも忘れて鳩崎の話に聞き入っている。


「共同経営者であった友人は、支店が廃業し始めた頃から様子がおかしくなっておりました。欠勤が増え、私が電話をすると、呂律の回らない口調で何やら怒鳴りつけてきました。おそらく酒を飲んでいたのでしょう。

 私は資金繰りに手一杯で、とても彼の変化にまで構う余裕がありませんでした。ですが、今思えば、あの時点で何らかの手を打っておくべきだったのでしょう。最初のホテル以外の支店が全て廃業してから1ヶ月後、彼は残っていた会社の資金を持って逃亡したのです」


 麗二は目を丸くした。経営パートナーであったはずの友人の突然の裏切り。当時の鳩崎がどれほどの衝撃を受けたかは想像に難くない。


「私は友人に連絡を取りましたが、携帯電話は使用されなくなっておりました。家にも行ってみましたが、すでに引っ越した後だったようで、家はもぬけの殻でした。彼は1人暮らしでしたから、親族の元を訪ねようとしても連絡先がわかりません。交友関係もまるでわからず……私は途方に暮れました。

 そうしているうちに最初のホテルもとうとう廃業に追い込まれ、後には5000万円を超える借金だけが残されました。当然、返済の見込みはありません。消費者金融から毎日のように督促の電話が入り、家にまで押しかけられたこともありました。

 私は部屋の隅で息を潜めながら、早く彼らが立ち去ってくれることばかりを願っておりました……。独り身だったため、家族に害が及ばなかったのが不幸中の幸いでした」


 麗二は胸が痛くなってきた。鳩崎はただ、誰かを喜ばせるために一流のホテルを作りたかっただけなのだ。それなのに店は赤字続きで、挙げ句の果てに共同経営者に裏切られ、彼の心はどれほど傷ついたことだろう。そんな過去を軽々しく聞いてしまった自分が恥ずかしかった。


「……辛いことを思い出させてすまない。それ以上はもう……」麗二が呻くように言った。


「いいえ、いいのです。むしろ坊ちゃまに聞いていただきたいのはここからです」


 鳩崎は宥めるように言うと、遠い目をして続けた。

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