四話 僕の彼女

恭子の手を引っ張って、家の近くの河川敷にある匙建さじだて橋の下。そこは一部部分だけしか草の生えてない場所がある。いつもはホームレスのおっちゃんたちが集う場所となっている。俺はかつてそこで、バドの練習をしていた。辛い時にはバドを打ち、ホームレスのおっちゃん達に相談したこともある。うれしい時にもバドを打ち、ホームレスのおっちゃん達に雑談したこともある。俺にとって大切な心の拠り所だ。今日は夜遅く、いつもと暗い。でも、住宅街の残光がうっすら差し込める。おかげで、かろうじてバドは打てる。

俺はその場所に着き、草むらに隠してあった道具セットを取り出し、彼女にラケットを渡した。

「急に何よ...」

「とりあえず、打ってみようや!」

「私はもう...」

「...お前にも、もう一回バドを打ってほしい」

「...わかった」

彼女は少し熟考して、承諾した。一応かつて彼女は俺よりも強かった。しかし、この時は彼女はすでに弱っていた。受験による運動不足のせいか、はたまたトラウマのせいか。でも、俺は寄り続ける。彼女を救けたい。そう思ったから。

ラリーは続き、数分。彼女は本来の強さを取り戻しつつあった。素早くラリーを続けたり、彼女が打ってきたスマッシュを跳ね返したり、そして高架下ギリギリまで届くクリアを跳ね返したりした。久しぶりに彼女の笑顔を見たような気がする。

そして、ボロボロの服で赤ニット帽をかぶったおじさんがやってきた。この場所で暮らしている吾妻おじさんだ。おじさんが俺たちのバドを見つつ、壁沿いの砂利道に敷物を敷き、そこで寝ようとした。その時に、俺はシャトルを打ち返すのをミスった。

「あ...悪い悪い、すまなかったな」

「...うん、大丈夫よ」

彼女の顔はいつもの様子へと戻った。ただどこか嬉しそうな表情だと感じられたが。そこで、おじさんは俺たちを見計らい、話してきた。

「坊主!友達、連れきたんだな」

「あ、すみません、吾妻おじさん...」

「あ〜別に怒ってないよ、ただなんか青春してんだなって感じだったから、見ほれてしまったよ」

彼女はきょとんとしている。それもそうだ、彼女はおじさんのこともこの場所のことも知らないのである。

「え?賀翼、この人は?」

「え、あ〜彼は吾妻おじさん、この場所でたむろってるホームレスのおじさん!」

「へえ〜」

彼女に興味が俄然出ているような気がした。

「お嬢ちゃん、好きな人、おるの?」

そのおじさんの一言によって彼女は顔を赤らめた。

「え、いや、別に...いませんよ...」

彼女は目をキョロキョロしている一方、おじさんは変な笑みを浮かべる。俺には全くもってわかっていないが。

「そうかそうか」

おじさんは何やら企みを持つような顔をしている。そして、その質問をそっくりそのまま俺にも言ってきた。俺の返答はもちろん...

「えっと、まあ、いるけどよ...」

同じ部活の幸のことである。でも、幼地味の彼女はどこか驚いた表情を見せる。さらにおじさんは変な笑みを浮かべる。その時に電話がかかってきた。その電話を取る幼馴染、電話先は浩介。そういや、お食事会に行く途中だったのを思い出す。そして、おじさんにまた今度の挨拶をして、その店へとダッシュで向かう。ちらっと見た彼女の顔はどこか嬉しそうで、かつての元気一杯の表情へ戻っていた。俺は彼女のことを助けることに成功したのだ。そう気づかせた。


■俺たちが去った後、吾妻おじさんの様子...


彼は河川敷を走っていく2人の背中を見ながら、首からかけているを掴み、独り言を発す。

「後悔するなよ」

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