第十七話 一枚上手

 崩れた建物のがれきが散らばる場所に矢が撃ち込まれ、視線を向けられなくなる。

 建物が夜闇に消える。

 次第に視界が限定され、互いしか目に入らなくなっていく。


 そんな戦場で、リオはカジハが振るう脊椎剣を紙一重で躱した。

 見切っているわけではない。躱すので精一杯なだけだ。

 カジハが身体強化に任せて軽く振りぬくだけで、リオの全力の一撃を凌駕する速度で脊椎剣が虚空を裂く。


 カジハが使っている旧シュベート国騎士剣術は邪獣や邪霊の群れに乗り込んで暴れるような流派だ。当然、どの方角からの攻撃にも対応する型があり、さらには非常に攻撃的かつ、獣にも避けられない鋭さがある。

 リオが広げている陽炎に躊躇なく踏み込めるのも、対応する自信があるからだろう。

 旧シュベート国が滅んで七十年。性格を考えれば絶えず修練していたわけではないだろうが、カジハは十分に剣術に習熟している。


 なによりも、とリオは膨れ上がった気配に反応して神剣オボフスで突きを放った。

 足元の地面がわずかに隆起していたが、神剣オボフスが魔法の核を貫いたことで平らに戻る。

 神剣オボフスを振らされたリオは眉をひそめる。

 カジハがリオに向けて脊椎剣を横薙ぎに振りぬいた。

 リオは斜め後ろに下がってカジハの脊椎剣の間合いから逃れ、さらに後方に下がる。


「嫌な手ばっかり」


 カジハは固有魔法を唯一視界に収められる地面へ発動することで、リオに剣を振らせて隙を作ろうとしてくる。

 魔法を無視しようにも地面の隆起や陥没など、対処しなければ足を取られる変化ばかりを狙ってくる嫌らしさ。

 攻める時も避ける時も、カジハの魔法でタイミングを外されてしまう。攻撃できる隙が見つからなかった。


 だが、長期戦になれば戦場を整えたシラハたちも参戦する。一騎打ちの前提が崩れてしまうが、大目標はカジハの討伐だと考えれば踏ん切りもつく――ほどリオは器用ではなかった。


 リオは左足を大きく踏み出し、右足で地面を蹴るようにして前進する。

 脊椎剣を横に薙いだ直後のカジハを間合いに捉えた瞬間、足元に魔法の核が膨れ上がる気配。

 リオは足元に向けて魔力を乗せた声を出す。


「邪魔」


 ただでさえ膨れ上がっていた魔法の核が追加された魔力で急速に膨張する。その核を、リオは右膝で蹴り砕き、そのまま右足で踏み込んだ。

 カジハが楽しそうに笑う。


「その頑固さが愛おしいよ!」

「気持ち悪い」


 邪な好意という歪な感情を一言で斬り捨て、リオはカジハの右側面へ回り込む。

 引き戻された脊椎剣がリオの動きを追って袈裟斬りに振り下ろされるより早く、リオは神剣オボフスでカジハの胴へと突きを放った。

 鞘そのものを透過して神剣オボフスの切っ先がカジハの胴を突く。

 肉を裂く感触は一瞬だった。粘性のある水を刺したようなおかしな感触がある。


 感触の正体を考える余裕はない。

 柄頭を押さえていた左手に透過した鞘の口が触れた瞬間、鞘を押し込んでカジハの胴体へ第二撃を叩き込み、無理やり距離を取らせた。

 遅れて振り下ろされた脊椎剣はカジハが突き飛ばされたために間合いから外れ、リオが突き出した神剣オボフスを上から叩く。

 突き飛ばされた不安定な体勢からとは思えない強烈な一撃だった。


 リオの貧弱な腕力では身体強化の限界突破状態でも抗いようがない。

 地面へと叩きつけられる神剣オボフスはその透過能力で地面をすり抜け、力に逆らわないリオの腕の動きに合わせて地面を出る。

 カジハの胴を第二撃で突き飛ばした際に鞘に収まっていたからこその芸当だ。


 肩が外れそうな速度で神剣オボフスを上段まで持ち上げ、リオは肩の痛みに歯を食いしばりながらカジハへ踏み出す。

 自分の力だけでは成しえない高速の振り下ろし。業腹だが、カジハによる叩きおろしがあってこその威力。

 これ以上の一撃は出せないとリオも理解している。


 必ず当てる。そう意気込んで、リオはカジハの頭に神剣オボフスを振り下ろす。

 鞘を透過した神剣オボフスの陽炎のような波紋の刃がカジハの頭に到達する寸前、カジハは屈みながら脊椎剣を頭上に掲げ、リオの一撃を受けた。

 わずかに押し込むことはできたものの、カジハの頭にオボフスの刃は届いていない。


 受け止められた以上、弾き飛ばされる前に引くしかない。

 それでも、リオは引かなかった。


 屈んでいるカジハの頭を砕く勢いで前蹴りを放つ。

 カジハは避けようともしなかった。リオの身体強化では急所を狙ったところで痛撃を与えることは不可能だと判断している。

 その判断は正しいとリオも思うからこその蹴りだった。


 蹴り足がカジハの顔面に触れた瞬間、リオは全力で陽炎を発動する。

 リオとカジハを濃密な魔力が包み込み、カジハの視界を完全に閉ざした。


 リオはカジハの顔面を蹴り飛ばした勢いで後ろに一歩下がり、神剣オボフスを構える。

 もはや這いつくばりでもしない限り、足元の地面すら見ることができない濃密な魔力。カジハの固有魔法を封じるある種の結界だ。


 リオの狙いに気付いたのか、カジハが身じろぎする気配がする。

 対応させる暇は与えない。


「今度こそ!」


 濃密な魔力の中、リオはさらに魔流を発動する。

 密度が通常よりも高いせいだろう。魔流はいつも以上に流れが早く、流れに乗るリオの剣も加速する。

 魔力の流れに身を任せながら、リオは全身全霊でオボフスを振り下ろす。全体重を前に、筋力と重力と加速を切っ先に乗せ、神剣オボフスが何かを斬った。

 剣を伝わった感触に、リオはゾッとする。

 カジハの固有魔法を斬った感触だった。


 どうやって発動したのか、考えが及ぶより早く足元がわずかに陥没した気がした。

 真上、空から強烈な風が吹き下ろす。まるで、地面にあった巨大な何かが突如消失した隙間を埋めるような、強烈な風。

 リオが展開した陽炎が強風に吹き飛ばされ、足の裏を見せびらかすように蹴りを放とうとするカジハの姿が現れる。

 靴底の裏に、カジハの目があった。


「――っ!」


 あの身じろぎした瞬間、カジハは手を見て、固有魔法で目を移動させ、さらに足の裏へ移動させたうえで周囲一帯の地面を隆起させていた。

 靴底から目が消え、ニヤニヤ笑いのカジハが蹴りを繰り出す。

 オボフスを振り下ろした直後の、無防備なリオの腹へ蹴りが叩きこまれる。


 高速で周囲の景色が流れた。無限に思える無重力感が唐突に終わりを迎え、硬い地面に叩きつけられ、転がる。

 一瞬で、空と地面を何度も見せられる。自分がどこを向いているのかすら分からなくなる。

 ようやく止まった時、全身から刺し貫くような痛みが襲ってきた。そんな痛みすら、腹の痛みを紛らわせるためにはありがたいほど。

 吐き気があるのに吐くことすらままならない。痛みで腹に力が入らず、えずくこともできない。

 リヘーランでテロープの突進を受けた時よりもなお辛い。


 シラハの声がする。耳鳴りのせいで距離が分からない。

 だが、確かに聞こえた。


「――殺す」

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