第十六話 一騎打ち

 芯材として鉄棒でも差してあるのか、カジハの持つ脊椎剣は曲がる様子もない。

 カジハに剣術の心得があるとは思えなかったが、素振りの様子を観察していたリオは嫌そうに顔をしかめた。


 心得があるどころの話ではない。かなり崩してはいるが、旧シュベート国騎士剣術の型が見え隠れしている。しかも、自身の高すぎる身体強化の強度や混合の固有魔法を阻害しないように視界を保つように考えられた崩し方だ。


「知ってるかい? 人間は死んでも脳を別の生き物へ適切に移植してやればきちんと動くんだよ。自分が別人になっているのは中々の衝撃らしくてね。殺してほしいのか、憎くて許せないのか、死に物狂いで斬りかかってくるんだ」

「……お前が本当にまぎれもないただの邪悪だって、今さら分かったよ」

「あっはは! いまさらだねぇ?」


 カジハはリオの罵倒を心底楽しそうに笑い飛ばす。

 油断なくカジハを睨みつけながら、リオは背後の気配を探る。


 シラハが魔法を準備している。イオナも適切な射撃位置を探して移動しているようだ。チュラスは分からないが、作戦通りならカジハの弱点探しを継続しているはず。

 とはいえ、もう前提条件が大部分崩壊している。眼まで混合の固有魔法で移動できる以上、もはや視線を固定させる神弓ニーベユの効果も薄い。

 ガルドラットたちが邪霊を駆逐して戦線に復帰するまで時間稼ぎをしたいところだ。魔法斬りを使えるカリルがいれば、目と弱点の二つの移動先を同時に攻撃できる。

 だが、そんなリオの考えはカジハもお見通しだ。


 カジハは脊椎剣の素振りをやめてリオに対して霞の構えを取った。頭の高さに脊椎剣を持ち上げて切っ先をリオに向け、体を横に向けている。

 上段に対する防御と反撃を狙う構えだが、リオは上段ではなく腰だめに剣を構える脇構えだ。本来の意味からすれば取らないはずの構えではあるものの、カジハが使うとなると意味合いが異なる。

 頭部を守りつつ前方への視界を絶えず確保する意味の構えだ。下段の攻撃も、カジハにとっては脚一本斬り飛ばされる覚悟でリオへ蹴りを放てば、それだけで致命の一撃になる。しかも、脚は即座に混合魔法で治癒も可能。


 実戦慣れしている。邪霊や邪獣の巣窟である旧シュベート国領で長年過ごした結果だろう。

 邪剣ナイトストーカーと神弓ニーベユの効果に陽炎も発動しているため、カジハにはリオの姿が正確には見えていないはずだ。霞の構えは反撃を狙うためでもあるのだろう。

 裏を返せば、カジハは守らなければリオに致命傷を叩きこまれる可能性があると考えたことになる。


 リオは思考する。カジハの狙いを読み取るために。

 そして、決断する。


「シラハ、イオナ、周りの建物も地面も全部、手分けして視界に入らないようにして!」


 カジハが意外そうに眉をピクリと動かす。

 おそらく膨大な魔力と時間を使うことになるが、カジハにとって一番嫌な戦場を作り出す。

 カジハが戦場を移してしまえばそれで終わりの作戦でしかない。

 だが、リオはカジハの執着を利用して退路を断つ。


「それと、俺に掛けてる魔法を解いて!」


 誰よりも早く意図を理解したカジハが愉快そうに目を細めた。


「一騎打ちかい? それとも、自分の剣をひけらかしたいのかな?」

「分かってるだろうが。俺の剣だけが唯一、お前に届く。技量次第で、だけど」


 ――その技量が備わっている自分を信じているから折ってみろ。


 言外に続けて、リオは陽炎を維持したまま一歩を踏み出す。

 カジハの執着を逆手に取り、無理やり一騎打ちに持ち込む。

 リオが時間を稼ぎ、シラハとイオナに戦場を整えてもらうために。


 リオとカジハの会話で狙いを理解したイオナが神弓ニーベユの魔法を解いた。

 おおよその位置を把握していたらしいカジハがしっかりとリオの位置へ顔を向ける。

 だが、リオの姿は闇夜に溶けたままだった。


「シラハ! 早く魔法を解いて!」


 急かすが、魔法が解かれる気配はない。

 シラハはリオとカジハの一騎打ちを望んでいないのだろう。危険性を考えれば当然ではある。

 リオは眉をひそめ、シラハを説得する。


「シラハ、お前を邪霊化させないためにも、カジハをここで討つ。勝算もある。義兄が義妹を助けるのは当たり前だろ。当のシラハが邪魔するな」

「……リオは私が守る」

「逆だ。俺がシラハを守る」

「――リオは私より弱い」

「役割分担だろ。それとも、他にカジハを倒せる作戦があるのか?」

「……ないけど」

「なら決まりだろ」


 納得していない気配が背後から漂ってくる。

 カジハが構えを解いて片手で腹を押さえ、爆笑していた。


「この状況で兄妹喧嘩! しかも、少年、『俺の剣だけが唯一、お前に届く』といったその口で、義妹より弱いことは否定しないのかい? いやもう、ツッコミどころしかないね!」


 カジハは愉快そうに大笑いして、リオがいる位置を指さした。


「結局、君は才能の無い凡人にすぎない。少々奇をてらった芸ができるだけだ。それでどうして、そこまで自信満々なのか。中々折れないところも含めて、気に入ったよ。本当に君は、壊し甲斐がある玩具だ」


 カジハがリオを笑った直後、リオは背後にわずかな邪気を感じ、反射的に数歩横に動く。

 ちらりと背後を振り返るが、邪気の出所は分からなかった。

 不意に、リオにかかっていたナイトストーカーの効果が消える。

 突然姿を現したリオに、カジハが落胆したような顔でシラハの方を見る。


「なんの真似だい? 隠し続けるなら暴いて殺す楽しみもあったというのに、つまらないことをするなぁ」

「シラハ、ありがとう」


 どうやら説得には成功したらしいと、リオは神剣オボフスの柄をしっかりと握り、カジハを見る。

 カジハはリオと目が合うと、愉悦に唇をゆがめた。


「まぁ、少年で遊べばいいか」

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