第十八話 逃走or闘争

「殺す」


 シラハが明確に殺意を示したのはリオの記憶にある限り初めてだった。

 嫌って邪険にすることはあっても、殺意までは持たない。


 リオは歯を食いしばって痛みに耐えながら、無理やり立ち上がる。

 自分が情けなかった。義妹に殺すとまで言わせてしまった。その状況を作ってしまった義兄失格の自分が情けなかった。


 カジハに向けてがむしゃらに魔法を撃ちこんでいたシラハが立ち上がったリオに気付き、防御魔法を展開しながら下がってくる。


「リオ、逃げよう。私が守るから。あいつが追ってきても守るから。逃げよう!」

「ダメだ」

「もう無理だよ。リオもボロボロだもん! 勝てない相手からは逃げるのがリオの剣術の術理だよ? 前回はちゃんと逃げたでしょ? わがまま言わないで逃げるの!」


 シラハは聞き分けのない子に言い聞かせるようにリオに言い募る。

 カジハへの殺意よりもリオへの心配が上回るらしい。


 カジハは攻撃を仕掛けてこない。リオが逃走を選択すれば、一騎打ちに負けたことを認めさせる形になる。それだけでもカジハにとっては満足な上、今度はシラハが提案する逃走を妨害すればさらに絶望させることができる。

 ニコニコと笑いながら、カジハは両手を広げてリオに声をかけてくる。


「芸といった意味が分かったかな? どれほど場を整えたところで、技ですらないそんな芸が意味を成すわけがないんだよ。無力感を噛みしめて、敗北を味わうと良い。逃がすつもりもないが、挑戦するのを止めはしないよ?」


 シラハがカジハを睨みつける。

 そんなシラハの視線を心地よさそうに受け止めて、カジハは姿を見せないイオナにも声をかけた。


「まさかと思うが、弓使いは逃げないだろう? あの老人の仇を討つチャンスだ。無様に逃げ恥を晒す真似はするまい?」


 沈黙が返ってくる。だが、カジハはイオナの魔力を感じ取り、逃げる様子がないことに気分を良くしたようだった。


「残って戦うつもりのようだ。あの老人の部下だけあるね。さぁ、少年、また、逃げるか? 無力を認め、仲間を見捨て、逃げ恥を晒す人生を歩むのかな? もう再戦する根性もないだろうから、どこまでも追いかけてきちんと殺してあげよう。安寧は訪れない。幸せな一瞬もやってこない。逃げて、怯える苦難の人生を保証しよう」


 上機嫌でリオを煽り続けるカジハからシラハは視線を逸らす。

 そして、シラハはリオの両耳を手で押さえた。


「逃げよう、リオ。大丈夫。絶対に私が守る」

「……安全が確保できなきゃ逃げたことにはならないんだよ」


 リオはシラハの両手をどけて、オボフスの柄を握り締める。


「守るのは義兄の仕事だ。無茶だろうが何だろうが、俺の仕事は取らせない」


 根性論を口にするリオに、シラハは説得は無駄と悟ったように無表情でリオを見つめる。

 その時、リオの後ろから足音が聞こえてきた。

 リオの横に立ったカリルが邪剣無銘をカジハに向けながらリオを横目に見る。


「おいおいボロボロじゃねぇか。ちょっと休んどけ」

「カリル……、邪霊たちは?」

「終わった。もうじき、ガルドラットとラスモア様も来る。ようやく総力戦だ」


 カジハが玩具が増えたとばかりに満面の笑みを浮かべ、カリルに声をかける。


「片腕君、君も才能はない――」

「そういうの良いから。折り合いはとっくにつけてんだ。つべこべ言わずに殺し合い一択」


 カリルはあっけらかんと、カジハの挑発を言葉で叩き伏せる。


 むっとした顔でさらに何かを言い募ろうとしたカジハに、カリルは無言で邪剣無銘を振りぬいた。

 カメの甲羅のような小石が飛び、それを追いかけて濁流がカジハへ襲い掛かる。

 濁流に身を隠したカリルは低い姿勢で地面を走り、カジハとの間合いを詰めていく。

 カジハが足元に混合魔法を作用させ、濁流を防ぐ壁を作るのを読み切ったカリルが魔力を声に乗せた。


「――失せろ」


 邪剣無銘で混合魔法の核を突き、カジハが横に振り抜く脊椎剣をスライディングで躱して側面を取った。


「――消えな」


 防御のために混合魔法を発動するのを予測して、カリルが魔力が乗った声をカジハへ叩きつけ、回し蹴りで核を貫く。

 回し蹴りの遠心力を上乗せして、カリルは邪剣無銘を豪速で振りぬいた。


 カジハがなんなく脊椎剣を合わせて防御する。派手な衝突音が鳴り響いた瞬間、邪剣無銘からカメの甲羅のような石がカジハの胸目掛けて飛び出した。

 脊椎剣から片手を離し、カジハは石を横から弾き飛ばして後ろに跳ぶ。

 追いかけるように濁流魔法が発動するが、カジハはすでに射線から逃れていた。


 流れるような連撃がさらに続く。

 カリルが邪剣無銘を地面すれすれに構えながら、カジハへと飛び込んだ瞬間――周囲に無数の人影が現れた。

 リオ、シラハ、カリル、同じ人物の幻影が無数に展開される。

 幻影を作り出した神剣ヌラを構えて、ラスモアがリオの肩に手を置いた。


「よく堪えた。だが、まだ終わっていない。休んだら参戦するように」


 ラスモアは神剣ヌラを左手に構えたまま、右手で魔法陣が彫られた鉄プレートを握りこんでカリルの援護に走り出す。

 最後に、ガルドラットがリオの横に立った。


「利用されないように死骸は刻んだが……準備されていたか」


 カジハが楽しそうに振り回す脊椎剣を見て顔をしかめたガルドラットはリオを見る。


「いまは痛む。だが、見た目ほどの怪我ではない」

「分かっています。呼吸も整ってきたので」

「シラハ、リオは逃げない。いまある自分を追い抜くまで止まらないのがリオの矜持だ。成長のために逃げることはあっても、逃げるために逃げることはない」


 珍しく長々と話したガルドラットは見透かしたようにシラハを見る。


「シラハはなぜ剣を握った?」


 答えを聞くこともなく、ガルドラットは颯爽と戦線に加わっていく。

 リオは痛む体の状態を確認しながらシラハに話しかけた。


「シラハになんて言われても、俺は逃げない。知ってるだろ。俺は諦めがすこぶる悪い」


 かといって、勝つ算段があるわけでもない。

 いまだにこちらをちらちらと見て決断を待っているカジハの余裕が憎たらしい。

 リオを刺すような目で見つめていたシラハが邪剣ナイトストーカーを発動して自分の姿を消した。


「……私に考えがある」

「考え?」

「リオが無茶をするなら、一番近いところで私が守る」

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