第二話 魔玉
やはり、という感想だった。
リオはシラハを見る。特にショックを受けた様子もないが、元々あまり表情には出さないタイプだけあって心の中は分からない。
心配するリオの前で、シラハはあろうことか欠伸した。
「ふわぁ……で?」
「でってお前……」
淡々と話を進めようとするシラハに呆れるも、考えてみればシラハが何者だったところで関係性は変わらない。
むしろ、狙われる理由の一端を知れて喜ぶべきだとリオは考えを改め、チュラスを見た。
「白面、リィニン・ディアが魔玉を使ってチュラスやシラハを作ったのは分かった。でも、そうなると疑問があるんだ。シラハを見つけた後、村で一年近く経っても同じような人は現れなかったんだよ」
魔玉が周囲の魔力で新種族を生み出すというのなら、シラハと同じ存在が多数森にいないといけないはずだ。
実際、同じ魔玉で生み出されたらしい猿は森に隠れ里を作っていた。
チュラスはリオとシラハが大して衝撃を受けていないのを見て安堵したようにほっと息を吐き、尻尾をゆっくりと左右に振った。
「ひとまず、我の出自とナックと協力するに至った経緯を説明した方が良かろうな」
そう言って、チュラスは自分の出自と経緯を説明してくれる。
「我はこの町より北にあるフラハワの山で生まれた。すぐそばに魔玉があり、我は本能に従ってその魔玉を転がして遊び、割った」
「……割った?」
大柄な黒猫であるチュラスが魔玉で遊ぶ光景を想像すると、とても納得感のある結末だった。
チュラスもやや恥ずかしそうに顔を背ける。
「まだ意識が薄ぼんやりとしていてな。その娘も同じだったのではないか?」
「確かに、シラハは最初、言葉も満足に話せなかったけど」
野生児ならば仕方がないことだと思っていたが、生まれた直後で意識が半覚醒だったのなら理解できる。
つまり、リオが出会った頃には、シラハを生み出した魔玉は破損していたことになる。
そうでなくても、リオが巻き込まれた濁流で魔玉が押し流されて破損していてもおかしくなかった。
故郷に手紙を出して破損した魔玉を捜索してもらった方がよさそうだと、リオは鞄から紙とペンを取り出した。
この町で起きたことも含めて書いていくとかなりの分量になってしまいそうだ。しかし、得られた情報も多い。
リオは紙にペンを走らせながら、チュラスに質問する。
「魔玉を割ったってことは、チュラスも他に仲間がいないんだよね?」
「同じ種族という意味での仲間はおらぬ。ナック・シュワーカーは仲間だったが、奴も死んでしまったからな」
少し寂しそうに顔を俯かせた後、チュラスは気を取り直したように話を続けた。
「魔玉は内部に刻まれた魔術式と空気中の魔力により、一定の形状を持つ生物を定期的に発生させる。各地で暴れている新種族、未知の邪霊は魔玉で生み出された連中だ。その娘が魔玉を割っていなければ、同様の人に似た新種族が生まれているだろうな」
「シラハ、魔玉について心当たりはある?」
シラハの魔玉を捜索するよう手紙に書きながら、リオはシラハに聞く。
場所が特定できれば手間が省けると思っての質問だったが、シラハはあっさりと首を横に振った。
「よく覚えてない」
シラハの言葉にチュラスが補足してくれる。
「生まれたばかりでは意識がほぼない。食事をすることで魔力の塊だった肉体が物質へと置き換えられていく過程で意識が覚醒していく。我はこの姿故、街中に溶け込み、肉屋で餌をもらっていた。その肉屋の息子がナックだった」
「元は平民だったって聞いたけど、肉屋だったんだね」
オルス伯爵領の騎士団を二分することになったナック・シュワーカーの出自。
ガルドラットですら、ナック・シュワーカーが騎士になってからのことしか知らなかった。
チュラスはガルドラットよりもナックと古くから親交があることになる。
「我はナックから言葉を覚え、こっそりと話すようになった。騎士を目指す奴は夢をかなえて騎士と成り、各地の邪霊の情報を手に入れるようになると、未知の邪霊と我の出生の関係を結び付け、共に調査を始めたのだ」
「ねぇ、何年生きてるの?」
「我は今年で二十になる」
「年上……」
驚くと同時に、リオははたと気付いてシラハを見る。
シラハも同様の結論に至ったのか、自分を指さして言った。
「私一歳」
「やっぱりそうなるよな」
出会った頃の諸々が腑に落ちる。
チュラスが話を続けた。
「我とナックは各地での未知の動物の出現情報を集め、その背後に魔玉があること、魔玉を作りだしている組織があることに気付いて別行動をとった」
「それってリヘーランの悪夢が起きた頃、つまり五年前ぐらい?」
「否、八年ほど前になるな」
かなり長く魔玉についての調査をしていたらしい。
「我は未知の邪霊が多く出没するこの町にて組織について探り、ナックは人の社会で魔玉について調査する。時折連絡を取っていたが、ナックが死んでからは我一人で行動していた。奴隷のガルドラットでは調査できぬばかりか、組織に消されかねぬのでな」
あれほどの剣の腕を持つガルドラットを殺すのは本来難しい。
しかし、正規騎士並みのオックス流の使い手やミュゼのような存在もいたことを考えると、リィニン・ディアならば不可能ではないとも思えた。
リオは紙に情報を書き留めながら、チュラスに先を促す。
「あのリィニン・ディアって結局どんな組織なの?」
「我も多くは分からぬ。いわゆる秘密組織だ。あちこちにシンパがいる。魔玉を制作し、各地に仕掛けているが仕掛けた後は経過観察以外で深く干渉する様子はなく、営利目的での動きも見受けられない。奴らの目的はまだ分からぬが、お前たちと戦ったミュゼが言うには、救世種なるものがカギになるのだろう」
「救世種か……。そこがさっぱり分からないんだよな」
「お前たちはリィニン・ディアのことばかりを考えているが、自分たちの置かれた状況を見据えた方が良い」
「まぁ、リィニン・ディアとホーンドラファミリアから狙われているしね」
シラハだけでなく、リオ自身も狙われている状況だ。
チュラスとの合流はできたのだから、早めにこの町を出ようかと考えた時、チュラスが深刻そうな溜息をつき、シラハを見た。
「それもあるが、このままだとその娘も邪霊化するぞ。かの災厄、邪神カジハのようにな」
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