第四章 彼の日の騎士、此の日の人

第一話  チュラス

 どうやら敵意はなさそうだと、リオはシラハに邪剣ナイトストーカーの魔法を解いてもらう。

 テーブルの上の猫、チュラスは天板に腰を下ろして器用に膝を組んだ。どうやら骨格からして通常の猫とは異なるらしく、座る姿は人に近い。


「本当に、君がチュラスなの?」


 ガルドラットから渡されたピッズナッツの鈴を横目に見る。

 鞄に括りつけられたその鈴はチュラスへの合図だというが、まともに音が鳴らない代物だ。

 だが、猫の聴力ならば聞こえてもおかしくない。

 ガルドラットですら、チュラスについては主君のナック・シュワーカーが手紙をやり取りしていたことしか知らなかった。チュラスが人だとは決まっていないのだ。


 それでも、にわかに信じられなかった。

 チュラスと名乗る猫は笑いながら片手で宙を掻く。


「驚くのも無理はない。まぁ、座るがよい」


 妙に人間臭い仕草でチュラスはテーブルに備え付けの椅子に猫パンチをして、座るよう勧めた。

 リオとシラハは顔を見合わせ、とりあえず席に着く。

 チュラスは猫髭をふわふわの肉球で撫でる。


「さて、我はガルドラットの主君、ナック・シュワーカーの旧友チュラスである。お主らも調査しているらしい魔玉をナックと共に調べておった。ナックが死んだ後もな」


 チュラスがリオのカバンに括りつけられたピッズナッツの鈴を見る。


「あの鈴は我とナックの間で取り決めた、連絡用の鈴である。魔玉の調査は密かに行なうべきであるから、あの鈴を使い人気のないところで情報交換を行なっていたのだ」

「手紙は?」

「冒険者ギルドの定期郵便に忍ばせて送った。サンアンクマユからも数度手紙を送ったものだ」

「いや、手紙の送り方じゃなくて、文字を書けるのかなって」


 チュラスの手を見る。ふわふわの肉球とサラサラな黒い長毛に覆われた猫の手だ。ペンを握れるとは思えない。


「咥えれば書けるぞ」

「あ、そっち」

「妙なことを気にする奴であるな」


 チュラスは笑い、テーブルの上を払うように尻尾を振る。そんな尻尾の動きを目で追っていたシラハが口を開いた。


「私はシラハ。こっちはリオ」

「あ、名乗り忘れてたね」

「しばらく後をつけていた故、名前は知っておる」


 猫の聴力でリオ達の会話を聞いていたのならば、名前も聞こえたことだろう。

 シラハがチュラスの尻尾へと静かに手を伸ばす。

 ひょいとシラハの手を躱した尻尾がリオの眼の前に来た。


「なんで後をつけたの?」

「お主らが敵か味方か分からず、見極めていたのだ。ガルドラットが直接来るならばともかく、縁も所縁もない少年少女では慎重にならざるをえぬ」


 白面のような存在もいるのだから、合図の鈴を持っていてもすぐには信用できないのだろう。


「まして、我はこの姿である。我が信じたところで、お主らに信じてもらえるかもわからぬ」

「それは言えてる」


 言葉を交わしている今でさえ、この怪しい黒猫とどう接していいのか分からない。

 白面の待ち伏せで助けてくれたからこそ敵ではないと考えているだけだ。


「そういえば、ガルドラットさんについて聞いてたね」

「うむ。ナック・シュワーカーに心残りがあるとすれば、あの見習いのことであろう。ギルドの訓練場にいることは知っておるが、どうなった?」

「聖人になったよ」


 結論から告げると、チュラスは目を大きく見開き、機嫌良さそうに猫耳をぴくぴくと動かした。


「それはめでたい。そうか、そうか。あのヒヨッコがな。ふふっ、ナックの奴も鼻高々だろうよ」


 言っているチュラス自身がどこか自慢そうに鼻をひくひく動かした。

 そして、不思議そうに首をかしげた。


「聖人となったのなら、心身ともに騎士に成れたのだろう? なぜ、奴自身がここに来んのだ?」

「それが、リヘーランを守るって想いがあるみたいで」

「あぁ、執着が強まったか。聖人化したならば仕方があるまいな」


 ふむふむとチュラスは腕を組んで頷く。

 聖人化すると執着が強まるのは知っているらしい。


「もしかして、執着が強まるって常識なの?」


 聖人は稀だが、歴史上に何名かの実例がある。

 リオが知らないだけで実は常識なのかと思ったが、チュラスは首を横に振った。


「一般的には知られておらぬだろうな。神獣、邪獣のどちらでも執着が強まる。もしくは芽生えるのだ。それを知らぬということは、お主らは魔玉を持ってきただけなのか?」


 チュラスの言葉に、今度はシラハが首をかしげた。


「話が繋がっていないように感じるのも、私たちが何も知らないから?」


 チュラスはリオからシラハに視線を移し、考え込むように髭を撫でる。

 しばらくして、チュラスは決心したように頷いた。


「どうやら、お主らは知るべきことすら知らぬようだ。もはや、否、最初から無関係ではない以上、お主らも知っておくべきであろう」


 チュラスは組んでいた膝を解いて居住まいを正す。

 真剣な目でリオとシラハを見たチュラスは静かに切り出した。


「ちと長い話になるが、先に魔玉について話そう。結論から言って、魔玉はリィニン・ディア、お主らが白面と呼ぶ存在に作り出された物である」


 やはりか、とリオは鞄に入れてある魔玉を思い出し、席を立った。

 リオが鞄から魔玉を取り出すと、チュラスは猫足でポンポンとテーブルの上を叩く。置け、ということだろう。

 リオは滑り止めにハンカチを敷き、魔玉を置いた。


「これが魔玉で合ってるよね?」

「うむ、魔玉である」

「結局、これってどんなものなの?」


 シラハが指先で魔玉をこつんと弾きながら質問する。

 チュラスはシラハを見上げた後、言い聞かせるように話し出す。


「周囲の魔力を集め、高い知能を有する新種族を生み出すモノである」

「やっぱりか」


 猿、テロープ、ブラクル、どれも高い知能を有した未知の動物だった。

 しかし、周囲の魔力を集めるというのは初耳だ。個体数の爆発的な増加を考えるとただの繁殖だけでは難しいのも分かる。

 チュラスは前足で自らの胸を叩いた。


「そして、生み出された新種族の一つが我であり――そこの娘である」

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