エピローグ

 ミュゼはギルドから姿をくらましていたらしい。

 リオとシラハが白面かホーンドラファミリアと通じている可能性があると話していたミュゼが消えたことで、リオ達の疑いは晴れた形になる。しかし、支部長の死に続いて副支部長の失踪となり、冒険者ギルドは大騒ぎになったようだ。


 事態が収拾できるまで時間がかかるだろうからと、事情を知るリオとシラハは衛兵宿舎に一晩泊まるよう通達された。

 リオとしても、ナイトストーカーを相手に戦ったその晩に町を出るのは体力が持たない。

 衛兵宿舎の一室で、リオは宿よりずっと上等なベッドに背中から倒れ込んだ。


「やっと一息つける」

「襲撃されないかな?」

「ミュゼの去り際の言葉を考えると、すぐには動かないんじゃない?」


 油断はできないけど、と呟いたリオは枕に頭を乗せて天井を見上げる。


「考えることが多すぎるなぁ」

「手紙を出す?」

「出す。というか、もう本格的に騎士を派遣してもらった方がいいと思うよ。神器や邪器を持ってる裏組織を相手に二人っきりでどうしろって話だし」


 ベッドの反発を利用して上半身を持ち上げたリオは情報の整理がてら口を開く。


「邪人コンラッツの言葉から考えて、白面はリィニン・ディアって組織名。異伝エンロー流のミュゼはともかく、オックス流の正規騎士相当の腕を持つ構成員も部隊単位で抱えていて、邪剣ガザラ・フラヌの持ち主も所属している」


 ミュゼもかなりの腕前だった。リオが目撃した範囲だけでも、白面は一組織としては常軌を逸した戦力を抱えている。

 対抗しているホーンドラファミリアも異常な戦力を抱えているが、亡国の難民という絶対数があるからこその戦力だ。


 空咳が聞こえて振り向くと、シラハが顔をしかめて服を払っていた。

 地下通路を通ったり、資材置き場でナイトストーカーを待ち受けたり、空き家ばかりの路地で戦ったのだ。服は埃だらけである。

 シラハが埃まみれの服を嫌って着替え始める。今さら気にしないが、リオは一応のマナーとして背中を向けた。

 そんなリオの背中にシラハが声をかける。


「白面はどこかの貴族の私兵?」

「その可能性もあるね。考えても仕方がないから、その点はラスモア様に任せよう。俺たちが考えるべきは別のことだ」

「救世種?」

「それと魔玉を何故集めているのか、だね」

「リオを欲しがる理由も。特定して潰さないと」

「シラハ、なんか響きが物騒なんだけど?」


 咎めはしたが、リオもシラハに賛成だ。

 魔法斬りは確かに有用な技術ではある。しかし、ミュゼは言っていた。

 ――救世種に繋がる手札、と。


「救世種っていうのが最大の謎かな。ただ、新種の動物の近くに必ず魔玉があるってことは、そこに関連するんだろうけど」

「私も手札って言ってた」

「それなぁ」


 ギシリとベッドが軋み、傾いた。

 シラハがリオの頭を抱えるようにして後ろからのぞき込んでくる。

 村を出てずいぶん経つというのに相変わらずの白い肌。灰色の髪が垂れ下がり、曇りのない眼がリオをまっすぐに見つめている。


「私も未知の動物?」

「人間にしか見えないんだよね。まぁ、妹であることに変わりはないよ」


 いまだにわからないシラハの出生の謎。

 今までの情報から推測するに最も合理的な解釈は、魔玉と関連する未知の動物の一種というモノだ。

 だが、村の付近でシラハのような身元不明の少年少女が見つかったという情報はない。


「これについても保留だね。他に気になることといえば」

「気配」

「それだよ」


 度々後をつけてくる正体不明の気配。ギルドから地下通路を出たところを襲われた際に逃げる方向の助言をくれた声の正体。

 白面でもホーンドラファミリアでも、あの状況で声をかける意味がない。

 まったく別の勢力ということになる。


「そうじゃなくて、あの気配が窓の外にある」

「……向こうから来るんだ」


 窓を開けるべきかと悩む間もなく、木窓の外に影が差した。

 リオはすぐに剣を取って身構えるが、木窓の外の影が妙だった。

 人間にしてはあまりにも小さいのだ。子供と考えてもおかしい。そもそも、窓の外には僅かなでっぱりがあるだけで、人間ではかなり無理な姿勢でなければ取りつくことができない。

 窓の外の影は悠長な、のんびりとした声で呼びかけてきた。


「開けてくれぬか? 我は一度、お主らを助けたのだ。寒空の下に締め出す薄情な行いはするまい?」


 中性的なその声を聞き間違えるはずもない。地下通路出口でリオ達を助けてくれた声だ。


「人は呼ばんでほしい。理由は我の姿を見ればわかる」

「……武器は持たせてもらう」

「構わぬとも。そちらの事情は知っておる。見ていたのでな」


 やはり、後をつけていた気配と同一人物らしい。

 リオはシラハに目配せし、邪剣ナイトストーカーの能力を発動してもらう。リオとシラハの姿が虚空に消えた。

 揺れるろうそくの光が照らす部屋を見回して家具の配置を覚えた後、リオはそっと窓を押し開く。


 開ききるより早く、隙間からするりと毛むくじゃらの生物が部屋に入ってきた。

 ふわふわの毛に覆われた長毛種の猫だった。大柄だが歩く姿は軽快そのもので音を立てず、重さを感じさせない不思議な動き方をする。

 真っ黒な長毛は夜を編んだような美しい毛並みで、長い尻尾の先だけが茶色い。

 テーブルの上にひらりと音もなく飛び乗った黒猫は琥珀色の瞳でシラハをまっすぐに見据えた。

 ――姿が消えているはずのシラハをまっすぐに。


 リオは警戒を深めながら窓の外を見て、動く気配がないのを確かめる。

 リオがゆっくりと木窓を閉じると、テーブルの上の黒猫が尻尾でぺチリとテーブルの天板を叩く。

 そして、当然そうあるべきだとでも言うようにすっくと二本足で立ちあがった。

 挙句の果てに、黒猫は堂に入った立ち姿でゆるりと一礼する。黒い長毛に隠れていた鉄鎖状の首輪についた青銅製の鈴が濁った音を立てた。


「お初にお目にかかる。我が名はチュラス。貴殿らはガルドラットの知己と見た。かの見習いは騎士と成ったか?」


 威風堂々、これこそが自然な姿であると言わんばかりに紳士的な口上と意外な名乗りにリオは呆気にとられた。


「もう本当になんだよ、この町……」

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