第二十四話 乱戦突破
この町を根城にしているだけあって、コンラッツは人目につかない道を熟知していた。
コンラッツの後に続きながら、リオは絶えず周囲を警戒する。
弓を携えた女性はいつの間にか姿を消していた。それがなおさら、リオの警戒心を逆なでする。
リオの警戒に頓着した様子もなく、コンラッツが口を開いた。
「ナイトストーカーは異名がそのまま個体名になった邪霊だ。その性質は夜間の殺人。そして目撃者を執拗に追跡してさらに殺しを行う。どういうわけか、剣術の心得がある目撃者ほど追跡されやすい」
「昨夜、白面を殺すナイトストーカーを見た俺達は標的ってことか」
「ありていに言えば、小僧達は餌だ。ちょっと余計なものも食いついてくるが、こちらの人員で対処する」
余計なものとは白面たちのことだろう。ナイトストーカー討伐戦に横やりを入れてくる可能性は十分ある。
「気になっていたんですけど、ナイトストーカーの被害者の死体があれば邪器で殺せるんじゃないですか?」
ホーンドラファミリアには死者の血液を媒介に周囲にいた者を無差別に呪う邪器ビュンディッドがある。
リオの指摘に、コンラッツは首を横に振った。
「神霊や邪霊は呪い殺せない。あいつらは魔力がないからな」
「魔力がない?」
固有魔法を使うにもかかわらず魔力がないはずはないだろうと訝しむリオに、コンラッツは肩をすくめる。
「よしんば、呪い殺せたとしよう。どこで死んだかもわからないナイトストーカーのそばには邪器が生まれる。こちらの回収が間に合わなければ、どうなるだろうな?」
「……怖いですね」
「原因を除くことが原因になることもある。坊主、視野を広く持てよ」
コンラッツが目指しているらしい場所は、方角からしてサンアンクマユの資材置き場だろう。
商会の倉庫が点在し、防壁修理用の材木や石材が置かれている場所だ。
身をひそめることはできるだろうが、ナイトストーカーがどこから来るのかもわからないのでは待ち伏せる者も危険なはずだ。
「作戦を説明する。資材置き場周辺に組織の武闘派を待機させてある。小僧達は資材置き場の真ん中でナイトストーカーを迎え撃て。おびき出した後であれば逃走しても構わないが、おそらく戦闘に巻き込まれるだろう。自衛しろ」
「神器や邪器を乱用されない限りは生き残りますよ」
「巻き込みはしないさ。死なれると後始末が面倒だ」
「白面への対処は?」
「待機させている奴らの役割だ。とはいえ、逃走するなら気を付けておけ」
資材置き場に到着し、リオは周囲を見回した。白面への対処も考えるとかなりの人数が配置されているはずだが、まるで気配がない。潜む人の気配に気付けないカエルが暢気に鳴いている。
コンラッツがシラハを見た。
「ナイトストーカーの気配は?」
「ない」
短く答えたシラハは倉庫を指さす。
「あれは気付かれる」
シラハが指さすぴったりと閉じた倉庫の扉。おそらくはその向こうに魔法使いが潜んでいるのだろう。
コンラッツが眉をひそめた。
「勘が鋭いというより、魔力に対する感受性が高いな。奇妙なくらいだ」
じろりと値踏みするような目で見るコンラッツに、シラハは露骨に嫌そうな顔をした。
リオは地面をつま先で蹴って状態を確認する。砂利交じりで水はけの良い地面だ。普通に歩けば砂利同士が擦れ合って音を立てる。
乾燥中らしい丸太が積まれ、砂利が満載された荷車や陶器の破片が満載された手押し車など、障害物も多い。資材置き場全体も数十人で乱闘できるくらいにはあるだろう。
白面が襲ってくるとすれば資材置き場の外からであるため、資材置き場内で乱戦になるとは考えにくいものの、警戒するに越したことはない。
いざという時の逃走経路も複数考えておこうと、リオは倉庫の配置や死角などを見て回り、最終的に一番視界が広く取れる資材置き場の中央に陣取った。
シラハがリオの背後を守るように背中合わせに立ち、剣を抜く。
コンラッツが神剣オボフスを使って壁を抜け、倉庫の中に消えていった。
リオは背中越しにシラハに声をかける。
「あからさまに罠に見えるはずだけど、ナイトストーカーは乗ってくるかな?」
「分からない」
「まぁ、分からないだろうけどさ」
リオも剣を抜き、静かに息を吐きだす。
心を落ち着け、神経を研ぎ澄ませる。
乾いた夜風に髪が揺れ、手押し車に被せてある布がぱたぱたとはためいた。
シラハが東を見た。
「魔法使いがたくさん来る」
「先に白面の到来かな?」
白面の襲撃は織り込み済みだったため、リオは慌てずに戦闘に備える。
しかし、シラハは困ったような顔で首をかしげた。
「……何かおかしい。人数が多い」
白面が増援を呼んだのかと、リオも東を見る。
資材置き場へと向かってくる集団が見える。白塗りの仮面をつけた先頭集団の後ろ、白面を追いかける松明の群れ。
綺麗な姿勢で駆けてくるその松明の集団は白面を着けない代わりに揃いの隊服に身を包んでいた。
「――衛兵隊だ。やられた……!」
リオはこの場に衛兵隊が駆けつける意味を察して、ミュゼに裏を掻かれたことを悟った。
ナイトストーカーへの対処はホーンドラファミリアにとって最重要案件だが、白面にとってはシラハの身柄確保が最優先。町がどうなろうと構わないのだ。
ミュゼはホーンドラファミリアの目的を察し、リオとシラハが囮になると予測し、白面を利用して衛兵隊を誘導してきた。
リオとシラハがホーンドラファミリアと共闘している現場を衛兵隊に目撃させれば、リオ達をスパイと断定できる。ナイトストーカーの討伐実績など無意味だ。
「ここにいると乱戦に巻き込まれる。逃げるよ」
状況が変わった以上、離脱するほかないとリオが逃走を選択した時だった。
空高く一本の鏑矢が放たれる。その場の全員が意思に反してその矢を強制的に見上げさせられた。
あの弓使いの女の仕業だ。
「――予定が変わった。共闘を悟られないよう、囲まれていた振りをしろ」
コンラッツの声が聞こえると同時に、資材置き場を取り込んでいたホーンドラファミリアの面々が怒号を上げて立ち上がった。
何人かがリオ達に武器を向け、残りが白面を迎え撃つべく東に走り出す。
鏑矢に持っていかれていた視線が自由になり、リオは遠くで戦場を俯瞰するコンラッツとその隣の女を睨んだ。
「あいつら、俺達を逃がす気がないな」
共闘関係が崩れた。だが、周囲を囲まれているため、リオ達に逃げ場がない。
コンラッツからしてみれば、この状況はそこまで悪くないのだ。リオとシラハが死のうと生きようと、邪剣ナイトストーカーは衛兵隊に渡してしまえばいいのだから。
ナイトストーカーにはリオとシラハの二人で当たらなくてはならなくなった。
活路を探して視線を巡らせるが、どう考えても逃げ場がない。
激変する状況を整理する間もなく、新手が西から現れた。
その場の全員が互いに距離を取り、西へと目を向ける。本能が警鐘を鳴らすほど、昏い殺意の塊がやってくるのを肌で感じた。
――だが、姿が見えない。
西側にいたホーンドラファミリアの手練れが光魔法で照らし出しても、影も形も見当たらない。武器を構えた手練れたちは地面を見回して足跡を探し、耳を澄ませて足音を探る。
その努力をあざ笑うように、手練れの一人が反応もできずに斬り捨てられた。
踏み込む音すらしない。刃が風を斬る音もない。
ただ、空気にわだかまる殺意だけが静かに広がり、収束した時には命が一つ消えている。
手の施しようがない。資材置き場にいることは間違いないというのに、どこにいるのか、どこから来るのかもわからない。
じりじりと後退を余儀なくされる手練れたちを見て、リオはシラハに呼びかけた。
「ついてきて」
返事を聞かず、リオは西、ナイトストーカーのいる方角へ全力で駆けだした。
間を置かず、シラハがついてくる。
リオ達の動きに気付いたその場の誰もが驚きに目を開く。
ナイトストーカーの位置を見破る術があるのかと、その一挙手一投足を見守る人々を、リオとシラハは――置き去りにした。
ナイトストーカーがどこにいるのか、リオにも分からない。だが、この場に付き合ってやるいわれもない。
ナイトストーカーの気配はシラハが気付く。最悪、奇襲されてもここを脱出できればそれでいい。
視野を広く持て、確かにその通りだ。
リオはちらりとコンラッツを見る。倉庫の上で戦場を俯瞰していたコンラッツに、リオは白面たちを指さした。
コンラッツがわずかに笑う。
「あの小僧共は捨ておけ! 白面の対処を優先! 衛兵とは悶着を起こすなよ!」
コンラッツが指示を飛ばす。
ナイトストーカーが追ってくるかは分からない。だが、どちらにしてもリオとシラハはホーンドラファミリアに囲まれている状況を衛兵隊に目撃された。
直前にコンラッツが指示してくれたため、リオ達が敵対していたように見えたはずだ。スパイ疑惑は衛兵隊が晴らしてくれる。
これで一つ問題は片付いたと、リオは全力で資材置き場を離脱した。
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