第二十三話 裏組織との取引

「取引?」


 唐突な申し出に面食らったが、考えが読めない以上は警戒を解くわけにもいかない。

 前回は向こうが諦めてくれたが、用事がある今回は見逃してくれないだろう。矢に視線を固定されてしまえば逃走も難しくなる。

 出方を窺うしかない。

 リオの考えなどお見通しなのだろう。コンラッツは素早く本題に入った。


「邪霊ナイトストーカーの討伐に協力を要請する。討伐が成功した暁にはその首級をくれてやる」


 コンラッツの言葉の裏を探りながら、リオは慎重に口を開く。


「俺達はもう町を出るつもりだ。そんな危ないことに関わる意味が薄い」


 冒険者としてはナイトストーカー討伐で名を上げるのもメリットになるだろうが、リオ達は名誉欲もなく、むしろ目立ちすぎるのはデメリットですらある。

 この町の状況を他のギルドに伝達し、増援を出してもらう方がナイトストーカーの対処としても堅実だろう。

 拒否したリオにコンラッツは馬鹿にするように鼻で笑った。


「さっきの男は冒険者ギルドの副支部長、ミュゼだろう? 奴が今握っている権力を使えば、お前たちをホーンドラファミリアのスパイ扱いで手配することもできる。この町を出ても冒険者ギルドに入れなくなるぞ?」

「……それを狙って、このタイミングで出てきたのか?」

「はっ、自惚れるな。奴らの不審な動きの理由を探っていただけだ」


 コンラッツの指摘通り、ミュゼは何か理由をつけてリオとシラハを手配する可能性がある。

 リオは矢からようやく視線を外せることに気付いて、シラハを横目で見る。

 白面の目的がシラハなら、冒険者を動員して身柄を確保しようとするのも自然な流れだ。

 ここでミュゼの権威を失墜させなければシラハの身が危うい。

 悩むリオを見かねてか、弓を持った女が助け舟を出した。


「ギルドに潜り込ませているこちら側の人員を使い、あなたたちが主張できる場は作りましょう。しかし、あなた方の発言の説得力を担保するのは無理です」

「ナイトストーカーの首級をその担保にしろってことでしょう?」


 有名な邪霊であるナイトストーカーの首級ならば、冒険者ギルドへの貢献度は絶大だ。リオ達の発言力は増すだろう。

 そこまで考えて、リオは首を振った。


「駄目だ。ナイトストーカーの姿は誰も知らない。首級を見せても真贋の判断ができない」


 邪霊は本来、既存の生物とは全く異なる唯一無二の種族だ。世界に一個体しか存在せず、繁殖もしない。

 猿やテロープ、ブラクルなどは例外のはずだ。

 死骸がナイトストーカーであると証明できない以上、リオ達の発言力は変わらない。

 ナイトストーカーとの戦闘を第三者に見ていてもらえば別だろうが、ホーンドラファミリアに協力する以上は第三者が介入することもない。

 むしろ、討伐する場面を第三者に見られればホーンドラファミリアのスパイという説が信憑性を増してしまう。


「協力できない」


 リオが改めて拒否すると、コンラッツは険しい顔でリオを睨む。


「ならば、邪器ナイトストーカーの所有権もつけよう」


 邪霊である以上、ナイトストーカーを討伐すれば邪器が生み出される。固有魔法が宿る邪器ナイトストーカーであれば、討伐証明として十分だろう。

 だが、邪器は貴重品であり、場合によって兵器にもなりうる。ホーンドラファミリアにとっては手に入れたいもののはずだった。

 条件があまりにも良すぎると、リオは警戒を強める。


「そちらにメリットがない。討伐した後、約束を反故にされるとしか思えない」

「当然だな」


 コンラッツはリオの言葉に理解を示し、続けた。


「余所者の小僧にはよく分からんだろうが、我々がいま片付けねばならないのは白面ではなく、ナイトストーカーの方だ。それも、できうる限り早期の討伐が望ましい」

「この町が拠点だから?」

「その通りだ。ナイトストーカー討伐を名目に騎士団なんぞが派遣されてくれば、全面戦争しか残されていない。なんとしてもこれは避けねばならない。それに、騎士団以上に厄介な奴の興味を引きたくない。町が滅んでしまう」


 苦々しい顔で言うコンラッツの口調や仕草から嘘を言っているようには感じられない。しかし、相手は裏組織の幹部だ。簡単に嘘を見抜けるはずもない。

 リオはコンラッツの言葉を脳裏で反芻し、指摘する。


「約束を反故にしない保証にならない」

「慎重なのはいいことだ。端的に言えば、火種になる邪器は迷惑だからいらない」

「火種になるって、どういうこと?」

「ナイトストーカーの固有魔法はおそらく、夜間において自らの姿を隠蔽する効果だ。そんなものが発動する邪器を裏組織が持ってみろ。暗殺を警戒した他の裏組織が総力を挙げてつぶしに来る」

「うわぁ……」


 この町、サンアンクマユは雑多な裏組織がひしめく町だ。ホーンドラファミリアと白面の抗争だけで機能不全すれすれだというのに、他の裏組織までも抗争に参加すればサンアンクマユが滅びかねない。

 だが、リオ達の協力があればホーンドラファミリアが邪器ナイトストーカーを持っていないことを証明するためにリオ達や冒険者ギルドを利用できる。


「俺達がそんなものを持ったらそれこそ危ない気がするけど」

「馬鹿正直に持ち続ける必要はない。ギルドを介して貴族にでも売り払え。小僧が欲しいのは発言力で、邪器ではないだろう」


 利害は一致している。見落としがないかと慎重に考えても、穴が見つからない。

 コンラッツがリオとシラハを見つめて、口を開く。


「で、返答は?」


 リオはシラハに視線で問いかける。

 シラハは小さく頷いた。


「他に方法がないなら、仕方ない」

「無茶することになると思うけど?」

「この町から逃げるのも、今後を考えれば無茶と変わらないと思う。それに、あの人たちは作戦があるみたいだから、勝算のある方を選ぶべき」

「うーん……」


 現実的な見方をすればシラハの意見が正しいと思う。

 しかし、犯罪組織であるホーンドラファミリアをリオは根本的に信用できなかった。

 悩みながらも、リオは自分が折れることに決めてコンラッツを睨む。


「協力する。ただし、俺はあんたたちを信用していない。不審な動きがあればその時点で協力関係は終わりだ」

「我々を相手に強気なことだな。若さ故か、頑固なのか。まぁ、嫌いじゃない」


 コンラッツは静かに笑い、リオ達に背を向けた。


「夜明け前に片付けたい。話しながら移動しよう」

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