第二十五話 ナイトストーカー戦
資材置き場から遠く離れ、リオとシラハはサンアンクマユの西に広がる空き家だらけの住宅街にたどり着いた。
数少ない住民もすでに避難しており、無人の区画は明かり一つない。月明かりを頼りにするのは心もとないと、シラハが光の玉を周囲に展開した。
「ナイトストーカーが来る」
「気配があるから、俺でもわかるよ」
相変わらず姿は見えないが、区画には昏い霧のように殺意が広がっている。
鳥肌が立つ強烈な殺意と息苦しくなる重い空気。
姿が見えず、存在感もない。この場を包む圧倒的な濃厚な殺意こそが存在証明だ。
コンラッツ達の姿はない。
ナイトストーカーがリオ達を追いかけない可能性を考えて出遅れたか、白面の対処に追われているのだろう。
リオは剣を正眼に構え、切っ先を自分からやや遠くに離す。
「シラハ、あまり離れるなよ?」
「分かってる。ずっと一緒」
「ずっとって……ボケるところじゃないんだけどなぁ」
相手が有名な邪霊というだけあってシラハなりに緊張をほぐしてくれようとしているのだろうと、リオは苦笑する。
いつ仕掛けてくるかもわからない緊張感の中、シラハが球体網目状に光の玉を展開する。
姿が見えなくとも、神剣オボフスのような透過能力がなければ光の玉に触れて動かしてしまい、おおよその位置が判別できるという寸法だ。
何の予兆もなく突然展開した無数の光の玉。そのいくつかがかすかに動いたのをリオは見逃さなかった。
身体強化の限界発動で一足飛びに距離を詰め、剣を横薙ぎに振りぬく。
手ごたえなし。
ミロト流の道場でイェバスから教わった柔軟な手首の返しを取り入れ、リオは一気に剣を振り上げる。
上段に構えたリオの横にシラハが回り込み、柄の魔法陣に魔力を流し込む。
すると、シラハの足元の地面が急速に隆起して加速させ、シラハはリオの前に飛び出した。
シラハが剣を逆袈裟に振り上げる。わずかな減速もないその剣の挙動から空振りを悟ったリオは巧みな足捌きでシラハの横へと出る。
肩が触れ合うのを合図に、リオとシラハはそれぞれ左右の空間へ剣を振りぬいた。
斬った感触はない。リオとシラハは互いに背中を合わせて再び構えを取る。
球体網目状に光の玉が再配置された直後、シラハの背中の感触が遠のく。
リオは瞬時に左足を軸に反転し、シラハの右へと右足を踏み下ろす。
シラハの剣が空を斬る音が届くより早く、リオは左足をシラハの前へと進めて突きを放つ。
ヒュッと空気を斬る音が耳に届くも気にせず、リオはさらに一歩右足で踏み込み、左側へ袈裟斬り。外れたのを悟ると同時に右足を軸に後ろへ反転し、左足で跳ぶようにして踏み込んで横一閃する。
空振りを伝えるむなしい空気音に表情を変えず、リオはシラハと背中を合わせた。
すぐさま、光の玉の動きを見てリオは鋭い突きを放つ。
幾度も空気を斬り裂くリオとシラハの動きを外から見る者があれば、洗練された連携に感服するだろう。
一度も言葉を交わさずに互いの隙を埋めながら効率的に周囲へ斬撃を放っていく。ロシズ子爵家の精鋭騎士たちの動きを参考にして我流剣術に落とし込み、大本である精鋭騎士たちとの訓練で洗練された動きだ。
元々が速度重視の我流剣術だけあり、二人が空振り続ける音は切れ目がないほどに流麗に繋がっていく。月明かりの下で行われる二人きりの演舞と言われれば納得するほど、無駄がなく完成された動きだった。
――だが、当たらない。
「キリがないな」
まさか、これで一晩凌ぎ続けるわけにもいかない。
リオは下段の構えで守りを重視しながら、シラハに提案する。
「魔法斬りを使う。光魔法も膨張するから、展開し直して」
「うん。気を付けて」
リオは息を吸い込み、身体強化を限界以上に発動する。
余剰魔力がリオの身体から離れ、夜にもかかわらず陽炎のように景色をゆがめた。
展開されていた光の玉が動く。その動きを見て、リオは瞬時に地を蹴った。
「――そこか!」
声の限りに叫び、声に乗せて魔力を放つ。
揺らめく声がリオの間合いぎりぎりにいた何かの気配を膨れ上がらせる。
腰の捻りをくわえたリオの渾身の突きが気配に突き刺さった。
ガラスを突き破るような硬い感触。今までの魔法斬りでは感じたことのない硬さに怯まず、リオは剣を押し込む。
魔力膜を砕いた確信と同時に、リオの視線の先に何かが現れた。
蹄のある牡鹿のような太い脚、筋肉質で頑丈な腰回り、その上には甲虫のような光沢のある硬い皮膚を纏う上半身、細い枝のような両腕は補強するように四重螺旋の白い縄状の筋肉が覆っている。
狼のような顔にある三つの眼が驚愕に見開かれていた。
顕わになったナイトストーカーの姿勢を見て、リオはシラハに向けて叫ぶ。
「飛び込むな!」
ナイトストーカーは明らかに業物と分かる曲剣を上段に構えている。完全に待ち受ける姿勢だ。
リオの横から攻撃を仕掛けようとしていたシラハが急停止する。しかし、停止する前にナイトストーカーは踏み込んでいた。
咄嗟に、リオは全身の身体強化を限界以上に引き上げ、陽炎に身を包む。
リオの姿が陽炎でぼやけ、ナイトストーカーに踏み込んで突きを放つ。
リオの突きを見たナイトストーカーはわずかに逡巡するも、シラハへ曲剣を振り下ろす。頭蓋骨だろうと容易く両断できる太刀筋だ。
「――くっ」
リオは牽制の突きを放った剣を手首の返しで横倒しにする。足を肩幅に開いて衝撃に備えながらシラハの頭上へ守るように剣をかざした。
両者の剣が激突し、耳障りな金属音が響き渡る。
ナイトストーカーが後ろへと跳んでリオ達から距離を取った。
リオはジンジンと痺れる両手で、正眼の構えを取る。
シラハがリオの両手のしびれが取れるまで守ろうと、リオの一歩前に出た。
「リオ、大丈夫?」
「……あぁ」
短く返答しながら、リオはナイトストーカーを見つめる。
ナイトストーカーと目が合った。
ナイトストーカーの目に殺意が宿っている。だが、それ以上に体全体が歓喜に満ちていた。
子供のように純粋に、殺し合いを喜んでいる。
リオはしびれが取れた両手で剣を握り直した。
「シラハ、あいつは俺と同じだ」
「同じ?」
「既存剣術の才能がない」
リオは腕力のなさを自覚している。確実に押し負けるため、リオの我流剣術はまともに剣を打ち合わせるのがご法度だ。
だが、リオはナイトストーカーの上段振り下ろしを苦し紛れの姿勢で凌ぎ切った。凌ぎ切れる程度の威力しかなかった。
「あいつは剛剣が振れない」
さらに、姿が見えたことでもう一つ読み取れるものがあった。
姿が見えないのをいいことに不意打ちを主体とするはずのナイトストーカーが、あまりにも綺麗な姿勢で上段の構えを取った。
それも、迎え撃つための上段の構えだった。
「どこでどうやって学んだのか知らないけど、あいつは俺と同じように――我流剣術を使う」
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