第二十話 待ち伏せ

 二階へと上がる階段の裏に回り、職員がカギを開けて地下通路の入り口を開いた。


「中は一本道でまっすぐに町の防壁近くに続いています。門を守る衛兵がいるはずなので、事態を伝えてください」

「分かりました」


 滑り込むように地下通路へ降りる。

 元々は避難経路として使われるものなのか、地下通路は横幅も高さも余裕がある。明かりのない真っ暗闇が奥へと続いていた。

 リオの後から下りてきたシラハが光の玉を浮かび上がらせる。村での訓練でよく的にしていた、見慣れた魔法だ。


「お元気で」

「そちらも」


 職員が声をかけて入り口を閉めるのを見届け、リオは地下通路の奥へと駆け出した。

 反響する足音を最低限に抑える歩法でリオはシラハに先行する。


「シラハ、この状況をどう思う?」

「白面が状況を作ってる。私たちは流されてる?」


 シラハも結論は出ていないまでも、リオと同じ違和感を抱いているらしい。


「同感だよ。ただ、ナイトストーカーといい邪人コンラッツといい、白面の想定外が起きて俺達が逃げる隙が生まれてる。ギルドに襲撃をかけてきたのは苦し紛れなのか、それとも考えがあるのか……」


 暗闇に閉ざされた通路の奥へ目を凝らしながら、リオは思考を巡らせる。


「そもそも、宿を襲撃されたのもおかしい。なんで、白面は俺たちがあの宿に泊まっているって知ってるんだ?」

「後をつけていた?」

「人通りのない道なんだから、後をつけていたならその時点で襲撃するよ。まぁ、油断したところを狙ったって可能性もあるけどさ」


 もう一つ引っかかるのは、邪人コンラッツの去り際の言葉だ。


「コンラッツはギルドと敵対するつもりがないみたいだった。不確定要素を増やされたくないとも言っていた」

「不確定要素って、ナイトストーカー?」

「多分、そうだね。裏を返すと、俺やシラハがナイトストーカーに匹敵する不確定要素になりうると踏んだのかも。白面がしつこく狙ってくるのも不確定要素だからじゃないかな?」

「それ、副支部長に言わなかったのはなんで?」


 シラハの質問に、リオは口ごもる。

 リオの見立てが正しければギルドにとっては朗報だ。何しろ、ホーンドラファミリア側がギルドとの敵対を避けると通達してきたのと等しいのだから。


「俺達がホーンドラファミリアのスパイだって疑われているのもあるけど、単純にミュゼさんを信用しきれなかった」


 違和感があったのだ。

 白面の襲撃を受けたあの宿は部屋を含めてミュゼが取った。

 支部長の死亡時の状況も、抵抗させずに正面から斬った様子だったという。副支部長の立場にあるミュゼなら間合いまで接近するのは難しくないだろう。

 なによりも妙だと感じたのは、ミュゼが修めている剣術だ。


「異伝エンロー流ってさ。対人戦闘の傾向が強い流派なんだよ。武器の消耗を気にしないでその場を凌ぐ剣術でもあるから冒険者が修めているのって妙というか」

「カリルも異伝エンロー流を使う」

「カリルはいろいろな剣術を齧って異伝エンロー流も使うってだけで、主に使ってるのは別の流派だよ。なによりさ、異伝エンロー流の抜き打ちなら支部長の不意を打てる気がする」


 喧嘩殺法の異伝エンロー流は不意の襲撃を警戒して対応する流派だ。居合や座技、曲芸のような体捌きが目につく。しかし、根幹の術理は即応性であり、戦闘開始の刹那の一撃で襲撃者を斬り伏せて優位に立つことを理想とする。

 格上を相手に不意打ちを仕掛けるのならこの上ない流派である。


「でも、私たちのことを疑ってた」

「白面の仲間なら疑わないって言いたいんだろうけど、ミュゼさんの質問って俺たちの出身とかだったよ。なんとなく、俺達を疑っているというより探りを入れたんじゃないかなって思うんだ。だからいろいろ隠したんだけど」


 状況証拠ばかりで断定はできない。だが、目下の問題はこの地下通路を利用するように言ったのがミュゼであることだ。


「白面が待ってるかも」

「引き返す?」

「それはそれで、疑われるよね。慎重に行こう。シラハの方が感覚が鋭いから頼りにしてるよ」

「それなんだけど……」


 珍しく口ごもったシラハが頭上を見上げる。

 地下道の天井は手掘り故か土が露出している。木組みで補強されているものの、強度が若干不安だ。

 シラハがそんな地下道の天井を指さす。


「ずっと、上から変な気配がする」

「……ナイトストーカー?」

「違う。村を襲った猿の気配が薄い感じ?」

「質問されても俺にはよくわからないけど」


 シラハも半信半疑の様子で頭上を気にしている。天井を隔てているのもあるだろうが、よほど気配が薄いらしい。


「思い出した。今日、ギルドから宿に行く間に後をつけていた気配」

「邪人との追いかけっこの前にあった奴か」


 コンラッツの印象が強すぎて失念していたが、確かに後をつけている者がいるとシラハが話していた。結局、姿を見ることも叶わなかったが、シラハの反応からして尾行が存在するのは事実らしい。

 地下通路の出口が見えてくる。上へと昇る階段がありその先には鉄で補強された扉がある。

 扉に耳を当てて外の気配を探る。やけに静かだ。

 剣を抜いたリオはそっと扉を引き開けて、外を見る。


「部屋?」


 小物が飾られた背の低い棚と木製の机と椅子が置かれた簡素な部屋だ。書斎でもなければ私室としても中途半端で、何に使う部屋なのかもわからない。

 裏組織がひしめく町だけあって、ギルドの地下通路の出口だと分からないように偽装されているのかもしれない。

 シラハが天井を見上げた。


「屋根の上に来た」

「例の気配?」

「うん。他は分からない」

「……いるな。外に何人か」


 部屋の扉に耳を押し当てたリオは、外の気配を敏感に感じ取った。話し声は聞こえなかったがかすかに金属がこすれる音と地面を擦る足音が聞こえる。

 話し声がしないのに押し殺した人の気配がする。待ち伏せとみていいだろう。

 目を閉じて感覚を研ぎ澄ませていたシラハが瞼を開き、剣を抜く。


「魔法使いの気配はない」

「なら、強行突破しよう。俺が飛び出たら、目くらましをお願い」

「分かった」


 白面だとすれば度重なる失敗を考慮して手練れを送ってきていてもおかしくない。事実、ギルドへの襲撃には邪剣の所持者もいたという。

 コンラッツのような凄腕との戦いも覚悟して、リオはシラハに目配せして扉を押し開けた。


 視界が開くと同時に、リオは外へと飛び出す。

 防壁の近くにある小屋の外だった。大通りに繋がる広場に面している。通常であれば馬車が円滑にUターンするのに使う円形の広場だ。

 視界に入った白面は七人。すでに剣を抜いており、一人は先端に重りがついた縄、ボーラを持っている。

 リオが飛び出すのに合わせて白面が一斉に距離を詰めてくる。

 止まる気のない極端な前傾姿勢、牛が角を突き出すように地面と水平に構えた剣を体にひきつけ、全力で疾走する特徴的な突撃技――


「――オックス流!?」


 オックス流の奥儀にある突撃陣形を忠実に再現して距離を詰めてくる白面に虚を突かれ、リオは判断に迷う。

 白面の装備はオックス流の重武装ではないものの、一糸乱れぬ突撃陣形からして本格的に学んでいるはずだ。

 まともに受けられるはずもなく、小屋に戻っても扉をぶち破られる。

 避けるとまだ外に出てきていないシラハが危険だ。


 白面たちの踏み込み音は一歩毎に重みを増し、速度も跳ね上がっていく。考えている時間がない。

 事前の取り決め通り、シラハが目くらましに光の玉を発生させて外に打ち出した。確実に網膜を焼かれたにもかかわらず、白面たちは訓練された動きで止まることなく、むしろ加速しながら突撃してくる。

 正規の訓練を積んだ重装騎士の動きだ。裏組織の人間ができる動きではない。


 何か脚を止められるものがないかと視線を巡らせたとき、頭上から鈴の音が降ってきた。

 音が耳に入った瞬間、混乱していた頭が急速に冷え、リオは冷静さを取り戻した。

 鈴の音を聞いた白面たちが剣の切っ先をリオから逸らし、隊列が乱れる。

 足が鈍った白面たちを見て、リオはシラハの腕を掴んで小屋から引っ張り出した。

 何が起きたのかは分からないが、とにかく町を脱出しようと防壁へ目を向けた瞬間、どこからともなく声が聞こえた。


「――西へ行け。門は制圧されておる」


 中性的な落ち着いた声だった。

 町を出ることはできないらしい。


「シラハ、身を隠すよ」


 防壁へ向けていたつま先を西へと反転させ、リオはシラハと共に駆け出した。

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