第十九話 向けられる疑心

 ギルドの前には冒険者たちが集まっていた。

 リオが到着すると、シラハが駆け寄ってくる。


「大丈夫?」

「大丈夫。この集まりは?」

「リオが危ないって救助の依頼を出した。場所は失せ物探しの魔法でずっと捕捉してた」

「それで迎え撃つ陣形なんだね」


 集まっている冒険者はミロト流やオックス流の使い手が前面に、後方には魔法使いが多数構えている。防御魔法まで張ってあり、完全な迎撃態勢だった。

 指揮を執っていたらしい副支部長のミュゼが安堵の表情で前に出てくる。


「邪人コンラッツに襲撃されたようだけど、怪我はないかな?」

「かなり冷や冷やしましたけど、向こうが折れてくれました」

「そうか。詳しい話を聞きたいから中に入ってほしい。みんな、受付で協力金を分配する。四人ほど残して中に入ってくれ」


 ミュゼが声をかけると冒険者たちがぞろぞろと中に入っていく。その流れに逆らうように一人の冒険者がリオへ歩いてきた。

 昨日、白面に追いかけられてきたリオ達をギルドの前で迎え撃とうとしたミロト流の剣士だ。


「まさか邪人からも逃げ切るとは思わなかったぜ。脚が速いんだな」

「追いつかれそうでしたけど、どうにか逃げ切れました」

「普通は追いつかれてバッサリだよ。神剣オボフスを持ってたんだろ?」

「持ってましたよ。壁を無視して走ってくるのが怖かったです」


 今回は襲ってきているのが分かっていたから逃げ切れた。だが、遮蔽物を無視して斬りかかれるあの神剣で奇襲をかけられればなすすべがないだろう。

 冒険者は同意するように深く頷く。


「支部長の遺体を持ってきたのがホーンドラファミリアでなければ、一番の容疑者だからな」

「あの邪人ってホーンドラファミリア所属なんですか?」

「幹部だよ」


 端的な答えにリオはため息をつく。

 邪人コンラッツはリオに白面との関係を聞いてきた。疑いは晴れたと思うが、コンラッツの質問に対する答えを間違えればホーンドラファミリアにまで狙われていたのだろう。

 余裕がない状況だからと質問を無視しなくてよかった。

 冒険者は宿の方角を指さす。


「もう町にいたくないだろ? 宿の荷物を取って来てやるよ」


 宿に残した荷物に見られて不味いモノはないか少し考えた後、リオは冒険者に任せることにした。


「ありがとうございます。宿の人にも迷惑をかけちゃって」

「店先に死体が転がったくらい、この町じゃ誰も気にしねぇって。そんなものいちいち気にしていたら買い物できる店が無くなるからな」

「……冗談ですよね?」

「まともな感覚しているうちに町を出た方がいいぜ」


 あっけらかんと笑う冒険者に、リオは半笑いになる。

 宿の部屋番号を伝えて冒険者を見送り、リオはシラハと共にギルドの中へと入る。

 ミュゼが奥で手招きをしていた。小走りに駆け寄ると、ギルドの奥にある来客用の部屋に通された。

 前回のように取調室のような場所に通されると思っていたリオは少し驚く。

 ミュゼが適当に座るようにソファを指さし、自身も向かいのソファに腰を下ろす。


「まずは、よく逃げ切ってくれた。ナイトストーカーの件でホーンドラファミリアと消極的にでも協力したい現状、冒険者が殺されたらいよいよ町が機能不全になっていたよ。いやぁ、本当に助かった」

「逃げ切れたのは向こうが本気じゃなかったからだと思いますけど」

「そうだろうとも。邪人コンラッツは一流の武人だ。私だってあんな危険人物とは事を構えたくない」


 苦笑したミュゼはリオとシラハを交互に見る。


「さて、いくつか不審な点がある」

「不審な点?」

「なぜ、白面集団が君たちが滞在する宿に二度目の襲撃をかけたのか。そこに邪人コンラッツが乗り込んだのもタイミングが良すぎる。まして、君たちを邪人コンラッツが追いかけるのも意味が分からない」

「どちらも目撃者の口封じでは?」


 ミュゼがにこやかに笑いながら、射貫くような視線をリオとシラハに注ぐ。

 一挙手一投足を観察し、嘘も誤魔化しも見逃さないと目で語っていた。


「そもそも、いま考えると一度目の襲撃からして意味が分からない。君たちは事前にギルドへ逃げ込んでおり、殺人現場には職員と冒険者を派遣した。つまり、情報はすでにギルドにもたらされていると白面集団も知っていたはずだ。だからこそ、私は君たちのために宿を取った。今さら目撃者を消そうとはしないだろう、とね」


 納得できる話だ。白面からすればすでに手遅れのはずだが、それでも宿に襲撃をかけてきた。


「一度だけなら白面連中の情報のやり取りに齟齬があったのかもしれないとも考えられる。しかし、二度目はおかしい。まして、邪人コンラッツがその場にいたのは偶然とは思えない」

「白面が俺たちを狙う別の目的があるってことですか?」

「そして、その目的をホーンドラファミリアも知り、君たちの宿に張り込んでいた。そうとも考えられるし……」


 ミュゼは自らの太ももに利き手を置いた。楽な姿勢を取ったように見える自然な動作だ。

 しかし、足の位置、僅かに前へと傾けた上半身、ソファの座面に置かれたもう片方の手の配置。すべてが異伝エンロー流の居合の構えだった。


 異伝エンロー流は、恨みを買っていた開祖がいつ襲われても大丈夫なようにと作り上げただけあって、居合の構えがある数少ない流派だ。

 リオはミュゼの剣を見る。邪人コンラッツに対する迎撃態勢を取っていただけあって、ミュゼも剣を持っていた。

 どこでも見るような鞘だ。腰に吊ってあり、本来は居合などできるはずがない。

 だが、異伝エンロー流には、鞘の内部に詰め物をして刀身の短い剣を納め、逆手で抜きながら斬りかかる座技がある。吊っている鞘を座面に押し付けながら剣を抜くことでブレを押さえ、座面から滑り落ちるような体勢で斬る技だ。

 リオの視線から座技の警戒を見抜いたのか、ミュゼが太ももに置いた手を剣の柄に近付ける。


「君たちが白面と一芝居打って、ギルドにいるホーンドラファミリアのスパイに情報を拡散、邪人コンラッツを釣り出したのではないかとも疑える」

「俺達は情報なんて持ってきてませんよ?」

「一度目の宿への襲撃そのものが情報として拡散できるのさ。ナイトストーカーを見たのも君たちだけ。冒険者も衛兵も厳戒態勢になり、その動きがホーンドラファミリアに情報をもたらした」


 もはや隠すことのない疑いの目を向けるミュゼに、シラハが不快そうな顔をする。

 しかし、リオは妙に納得していた。


「邪人コンラッツに聞かれたんですよ。白面との関係はあるのかって。ないと答えたら向こうが引いてくれました」

「そんなに簡単に引くのも妙なんだよねぇ」

「そう言われても、実際に引いてくれましたし」

「目撃者はいないけどもね。とはいえ、邪人コンラッツがそう簡単に死ぬとも思えない。現状、白面ではなくホーンドラファミリアと通じていたと考える方が妥当な気もしている」

「主張が無茶苦茶ですよ。結局、俺達を何者だと思ってるんですか?」

「困ったことにどの勢力なのか判断しかねるのさ。だからこそ、いろいろと質問させてほしい。出身地はどこで、ここまでどの町に立ち寄ったのか」


 根掘り葉掘り聞くつもりらしいミュゼに、リオは警戒する。

 出身地など今さら隠すつもりもないが、裏取りをされるとロシズ子爵家との関係などが表に出る可能性がある。ギルド間で情報を共有されるのは流石にまずい。

 後ほど口裏合わせを頼む手紙を出す必要がありそうだ。

 魔玉や魔法斬りについての話題は避けつつ、ミュゼの質問に答えていく。

 出自に始まり剣術をどこで習ったのか、ここまでどの町に寄ってどれくらいの日数滞在したのかなど、可能な限り正直に答えていく。

 やはりというべきか、ミュゼが気にしたのはシラハの出自だった。


「山の中で出くわした身元不明の少女か……。これはまた、判断に困るねぇ」


 ミュゼは目を細めてシラハを観察する。

 リオはミュゼの視線を手を上げて遮った。


「シラハは俺と一年近く村で生活しています。その間、白面なんて見たこともありませんでした」

「と、君は言うが証明しようがないね。関係があるとも断じられない。うーん、ここまで話を聞く限り白よりかな。早々に町を出て行ってもらうのが互いにとっていい気がするね」

「まだやり残したこともありますけど、町がもう少し落ち着いてから出直そうと思ってました」

「では、決まりかな。今日のところはギルドに泊まるといい。早朝、町を出ればナイトストーカーに出くわすこともないだろう」


 話は終わりだと、ミュゼが立ち上がったその瞬間だった。

 突如爆音がとどろいた。

 一瞬動きを止めたミュゼが盛大にため息を吐き出す。


「よほど君たちが気になるようだね。一途なことだ」


 ミュゼはそう言って応接室の扉を開ける。ちょうど呼びに走ってきた職員が慌てて扉の前で立ち止まった。


「白面の襲撃です!」

「やはりか。状況は?」

「敵に邪器ガザラ・フラヌの持ち主がいるようで、劣勢です」

「……とんでもないものを持ち出してきたね」


 一瞬、呆気にとられたように口を半開きにしたミュゼはリオ達を振り返る。


「冒険者ギルドと完全に敵対してまで欲しいのか。君たち、地下通路を使って脱出しなさい。邪人コンラッツから逃げ切った脚なら、白面を撒けるだろう。時間はいくらか稼ぐが、君たちが脱出したことは白面に伝えさせてもらう。ナイトストーカーへの対処がある以上、君たちを守るためだけに冒険者に被害を出せないんだ。分かってくれ」


 自分たちの存在が迷惑になると言われれば、居残るわけにもいかない。

 リオはシラハの手を引いて立ち上がった。

 ミュゼが職員に声をかける。


「この二人を地下通路の入り口へ案内してくれ。私は迎撃の指揮にあたる」

「分かりました。二人とも、こちらへ」


 職員に案内されて通路奥の階段へ駆けながら、リオはなんとも言えない不快感に眉をひそめる。

 あまりにも状況に流され過ぎている。抗えない流れではあるが、作られている気がしてならなかった。

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