第二十一話 四面楚歌
重装騎士の剣術だけあって、オックス流を使う白面たちの足はリオ達よりもはるかに遅く、容易く引き離すことができた。
入り組んだ路地を利用して白面の視線を切り、リオ達は裏路地に身をひそめる。
息を整えながら、リオは耳を澄ませた。
「ギルドの方角がやけに静かになったな」
「安全になった?」
「ギルドの周囲はね。俺たちが行ったらまた危険だけど」
度重なる襲撃はリオとシラハを狙っていた。リオ達がいる場所が戦場になる。
「考えることが多すぎるけど、結論から言ってギルドに戻る選択はないね」
本来ならこの町で唯一の味方と言える勢力だが、リオは真っ先に除外する。
リオの判断を肯定するようにシラハが頷いた。
「副支部長が白面と通じてる。通じてなくても、ナイトストーカーの対処に忙しいから私たちを守る余裕がない」
「そういうこと。ミュゼさんが敵なのか味方なのか、明確な根拠がないから衛兵に助けを求めるのも難しい。副支部長のミュゼさんの方が余所者の俺達より信用があるからね」
リオは屋根の上を見上げる。
「俺達を逃がしてくれたのって、シラハが言ってた追跡者だよね?」
「そう。今は近くにいない、みたい?」
「疑問形なんだ」
「変な気配だから。人じゃないみたいな?」
シラハはしきりに首をかしげて言葉を探す。
謎の追跡者は気になるが、今この場にいないのならこれ以上の支援はない物と考えた方がいい。
リオは屋根の上を見上げたまま考えを巡らせる。
すでに日は没し、夜の帳が下りている。ナイトストーカーの活動時間だ。
白面たちも門を制圧している以上はリオ達を逃がすつもりがない。今も捜索しているだろう。
ギルド周囲の戦闘音が止んでいるのなら、冒険者は白面を退けたことになる。ミュゼが地下通路にリオ達を逃がしたことを考えると、ギルドにいた冒険者の大半は白面と敵対している。スパイだらけとの話もあり、全幅の信頼を置くわけにはいかないが協力できる可能性はある。
「ミュゼさんの発言力が厄介かな。白面のスパイだって言っても誰も信じてくれないどころか、俺達が悪者になりそうだ」
ミュゼの発言力を上回る何かが欲しい。物的証拠か、誰も文句を言えない成果や後ろ盾だ。
しかし、どれも手に入らない。次善の策は――
「態勢を整えて、門を強行突破。スファンの町へ逃げ込もう。ミロト流道場の師範やイェバスさんに事情を伝えてミュゼさんへの監査を依頼する」
「正攻法、だと思う。でも門の突破が難しい」
「それなぁ」
待ち伏せしていた白面がオックス流を使っていたのだ。拠点防衛に置いては他を凌駕する強さの流派である。
たった二人で正規騎士らしきオックス流の使い手が守る門を突破するなど、無謀もいいところだ。
「打つ手なしか」
「いい案がある」
意外にも自信満々で言うシラハにリオは目を白黒させる。
リオの反応にシラハは心持ち気を良くしたらしく胸を張った。
「ホーンドラファミリアと協力する」
「……本気で言ってる?」
思わず聞き返すリオに、シラハは淡々と頷いた。
「リオにギルドにいろと言ったのはホーンドラファミリアの幹部。つまり、私たちには興味がない」
「あぁ、なるほどね。しかも白面と敵対しているのは確実か。しかもギルドと相互不干渉に近い関係性だから俺達がギルドから睨まれるとして問題は大きくならない。でも、相手は非合法なこともする犯罪組織だよ。白面を釣り出す餌にされるのがオチだと思うな」
「でも門を抜ける戦力になる。副支部長が白面とつながってる可能性も交渉材料になる」
「……困ったことに筋は通ってるんだよなぁ」
目の前の問題を解決するだけであれば、シラハの提案は正しい。
だが、ホーンドラファミリアは犯罪組織だ。まともに交渉ができる相手ではなく、関わり合いになりたくもない。感情的に受け入れられない。
清濁併せ吞む器用さなど、リオにはないのだ。
シラハがリオの手に自らの手を重ねる。
「命がかかってる」
じっと見つめられて、リオは渋々頷いた。
「分かったよ……」
自分だけならともかくシラハまで巻き込んで無謀なことはできない。
リオは星を見上げてシラハに質問する。
「神剣オボフスの位置を失せ物探しの魔法で特定して」
神剣オボフスがあれば、所持者の邪人コンラッツもそこにいるだろう。危険人物だが面識がある分、話を通しやすい。
シラハがすぐに位置の特定にかかった。
「――白紙に走らす記憶の筆先。当てなく旅出た杖の跡。陽と月ひととき交わる在処は?」
鈴を転がすようなシラハの詠唱を聞きながら、リオはオックス流を使う白面たちから逃がしてくれた鈴の音を思い出す。
音を聞いた瞬間に冷静になったあの音はなんらかの魔法なのか、それとも神器の類だろうか。
オボフス、ガザラ・フラヌといい、この町にどれほどの神器や邪器があるのか。
「見つけた。門の方に向かってる」
「異変を察知して動いたのかな。ちょうどいいね」
交渉するまでもなく門を制圧している白面を追い払ってくれるのならありがたい限りだ。
リオは周囲を警戒しつつ路地を走り出す。
後ろからついてくるシラハは時々失せ物探しの魔法を詠唱しては状況を確認しているようだ。
「やっぱり、門に向かってる。……あれ? 止まった」
「止まった?」
「門の様子を窺ってる。あの塔の上にいる」
シラハが指さす先には石造りの塔があった。何のために建てられたものなのかもわからないが大分老朽化している。門やその周囲、防壁の外を一望できる塔の上には月明かりに照らされた人影があった。
目を凝らさなければ見つけられないだろう。そもそも、失せ物探しの魔法で特定していなければ塔の上を見たりしない。
リオは路地の陰に身をひそめる。
放っておいても白面と激突してくれるのならその方がいい。できれば関わりたくない以上、様子見に徹したかった。
シラハがリオの横に立ち、油断なくリオの死角を埋める。
「リオ、囲まれてる」
「みたいだね。しかもかなり柔軟な動きをしてる。村の裏山で騎士団と模擬戦やった時のことを思い出すよ」
どうやってリオ達の動きを掴んだのか分からないが、友好的な相手ではないだろう。
警戒しつつ塔をちらりと見ると、人影が姿を消していた。
コンラッツの動きが読めずに困惑していると、路地の入口に人影が現れた。
「――こうして姿を見せたのは誠意だと思ってほしい。さぁ、話をしようじゃないか」
「ミュゼ……」
予想していたリオは人影の名前を呼び、剣の切っ先を向けた。
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