第十五話 ナイトストーカー

「どうなってんだよ、この町!」


 治安の悪さに文句を言いながら、リオはシラハと共に冒険者ギルドへ走る。

 白面の集団がリオとシラハを狙ってくるのはまだ調書が一般公開されていないからだと分かる。しかし、その白面の集団が不可視の何かに斬り殺されるこの事態は想像の埒外だった。


「シラハ、さっきの何かわかる?」

「見えなかった」

「その割には気配を感じてたみたいだけど?」


 白面の集団との戦闘中にシラハは珍しく警戒するよう声を上げていた。白面の出方を窺うため周囲に気を配っていたリオが見落とした予兆があるのなら、今後のためにも知っておきたかった。

 だが、シラハは首を横に振った。


「なんとなくだから説明できない」

「そっか。まぁ、変な気配だったもんな」


 思い出すだけで鳥肌が立つ不快な空気だった。


「白面連中、自分は狩る側だって思い込んでたから狩る側の気配に鈍感になってるのかもな」

「私たちは狩られる側だから気付けた?」

「悲しいことにね」


 言葉を交わしながら走り続け、振り返って追手の有無を確認する。

 白面は見当たらない。あの不快な空気も近くには感じなかった。

 念のためシラハを見ると、一つ頷く。


「大丈夫、来てない。でも……」

「でも?」

「何かがずっと追いかけてきている気がする? ような気がする?」

「不気味だな。ともかく、ギルドに行こう」


 ギルドで保護を求めなくてはまた白面に命を狙われかねない。

 大急ぎで駆けこんだギルドは夜だけあって人が少なかった。しかし、支部長を殺されたことで厳戒態勢が続いており、建物の中には腕利きの冒険者たちが仮眠をとっている。

 駆け込んだリオ達を見た職員が険しい顔で立ち上がった。仮眠をとっていた冒険者たちもすでに武器を抜いて臨戦態勢に入っている。


「何事です?」

「宿で白面の襲撃を受けました」

「建物の周囲を警戒してください。職員は窓に近づかないように」


 リオの報告を受けた職員がすぐさま指示を出し、ふと疑問に思ったようにリオを見る。


「奇襲を受けたのでしょう? よく逃げ切れましたね?」

「それが俺たちにもよく分からないんですけど、白面たちが見えない何かに突然斬り殺されたんです」


 見たままを報告し、鳥肌が立つような空気感などの所感を話すリオに、職員はおろか冒険者たちまで顔が青ざめていく。

 妙な反応だと思いながら、リオは説明を求めてギルドの中を見回した。

 その時、階段を降りてきた副支部長ミュゼが戸惑ったようにリオたちを見る。


「何の騒ぎだい?」


 職員が顔面蒼白でミュゼを振り返る。


「確定ではありませんが、ナイトストーカーが町に侵入したようです」


 ミュゼが目を見開く。


「それは本当か?」

「そこの二人を襲った白面が不気味な空気を纏う見えない何かに斬り殺されたと。情報は少ないのですが……」

「リオ君だったか? 君たち、邪霊を見た経験は?」


 邪霊と聞いて思い出されるのは村やリヘーランでの戦いだ。しかし、正直に答えれば魔玉の調査中であることやリオの魔法斬りが知られかねない。

 そもそも、公的には邪獣として扱われている。

 正直に答えるのかと、シラハがリオを横目で見る。

 リオは迷いなく答えた。


「邪獣なら何度か見ました。不可視の何かは邪獣よりも圧倒的に昏い空気感でした」

「そうか……」


 知りたくなかった事実を突き付けられたように暗い顔をしたミュゼだったがすぐに思考を切り替えて職員たちを見回す。


「神剣オボフスかとも思ったがどうやら警戒した方がよさそうだ。緊急招集の鐘を鳴らせ。非常用信号で衛兵隊に連絡しろ。手の空いている者は篝火を焚け。ギルド周囲を照らし、白面やホーンドラファミリアが近付けないように手を打つんだ」


 矢継ぎ早に指示を飛ばし、ミュゼはリオ達を見る。


「ナイトストーカーの目撃情報は貴重なんだ。何か、思い出せることはないだろうか?」

「あの、ナイトストーカーがそもそもよく分からないんですけど」


 ナイトストーカーは村にいた頃、カリルから聞いたことがある邪霊の名前だが、詳しいことがさっぱり分からない。邪神カジハと一緒に名前を出していたため、かなり有名な邪霊なのだろう。

 ミュゼは意外そうにリオとシラハを見て、手近な椅子を引き寄せて座った。


「ナイトストーカーは邪霊だよ。夜間に出没し、人を殺していく。ほとんどの場合、事件に目撃者はおらずその場の全員が斬り殺される。数少ない事件の目撃者もナイトストーカーの姿は見えなかったと証言しているが、現場に残された足跡から二足歩行をしていて蹄がある。被害者は鋭利な刃物で斬り殺されており、その傷の角度や深さから推定するにおそらくは右利きで身長はリオ君よりやや高いくらいだろう」


 分かっていることは以上だ、とミュゼは両手を開いて肩の高さに上げる。情報が少なすぎてお手上げだといいたいらしい。


「夜間にしか出没しないから、ここに引きこもっていればなんとかなるだろうね。問題は民間人の保護だよ。そういうわけで、ナイトストーカーに対抗するためにも情報が欲しい」

「情報といっても、独特の気配があったこととか白面たちは殺されるまで気配に気付いていなさそうだったことくらいしか」

「白面が気付かなかった?」


 ミュゼが興味を引かれたようにリオを見て、少し考えこんだ。


「魔力に対する感受性が高いのかな。魔法使いだったりするかい?」

「俺は剣だけです。シラハは魔法も使えます」

「誰に師事した?」

「すみません、あまり目立ちたくない人なので名前は言えません」


 シラハが迂闊なことを言う前にリオが答える。

 シラハに魔法を教えた師匠はロシズ子爵家の魔法使い、オッガンだ。リオ達が子爵家と繋がりがあると知られれば魔玉の調査に影響が出かねない。流石に許容できなかった。

 ミュゼは小さく何かを呟いて考えをまとめると、立ち上がった。


「魔法使いを含むパーティを集めてくれ。奇襲が防げるかもしれない」

「あの、すみません。一つ懸念事項があります」


 申し訳ないと思いつつ、リオはミュゼに声をかける。

 ミュゼは意外そうな顔でリオを振り返った。


「なんだい?」

「白面にも魔法使いがいました。でも、気付いている様子がありませんでした」

「……当てが外れたなぁ」


 苦笑して頭を掻いたミュゼだったが、指示は撤回しなかった。


「衛兵隊と協力して町の主要箇所に防御魔法を張ろうか。ナイトストーカーの固有魔法を無効化できるかもしれない。今夜を乗り切れば昼に一般人を避難させられる」

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