第十四話 襲撃者

 事情聴取から解放されたリオとシラハはギルドが取ってくれた宿へまっすぐに向かった。

 死体を見たことや命を狙われた緊張感もあってかあまり食欲が湧かず、ギルドの食堂を利用する気にならなかったのだ。


 スファンの町で買った果物でも齧って今日は早めに寝ようとシラハと相談し、リオは渡された鍵を使って宿の部屋に入った。

 埃っぽい部屋に顔をしかめたシラハが窓を開けて空気の入れ替えを始めた。

 安っぽい机の上に置かれた燭台に火をつけて、リオは荷物を整理する。


「シラハ、食べたいのを選んで」

「リオと同じの」

「一つずつしかないんだな、これが」

「半分こする」

「独り占めしなくていいの?」

「……いじわる」

「ごめん、ごめん」


 笑いながら、リオはナイフを使って果物を半分に割り、シラハに差し出す。

 甘酸っぱい果肉を齧って腹を満たし、リオはシラハに声をかける。


「今後の方針だけど、できるだけ早くチュラスって人を見つけたい」


 ガルドラットに教えてもらった、魔玉を調査しているという謎の人物チュラス。

 ガルドラットの師であったナック・シュワーカーと共にオルス伯爵領で魔玉の調査をしていたとのことだが、面識のないガルドラットからはどんな人物なのかも聞けなかった。

 唯一の手掛かりはピッズナッツで作った鈴だけだ。

 ナック・シュワーカーが自分にもしものことがあればサンアンクマユで鳴らせとガルドラットに告げたというこの鈴は音も籠りがちであまり響くこともない。鳴らしたところで道の反対にいれば聞こえもしない程度の音だ。


 一応、サンアンクマユに入って以降、リオはこの鈴を鞄の外側に吊るして歩いていた。とはいえ、殺人現場に出くわしたりもして、向こうが接触するタイミングなどなかっただろう。

 ギルドから調書が公開されてしばらくしなければ、内密に魔玉の調査をしているチュラスという人物から接触はないと考えられる。

 ならば、自分から動くべきだろう。


「とりあえず、魔玉や未知の動物が見つかっていないかの調査と、それを調べに来た人がいないか、ギルドで探ってみようかな」

「スパイがいるのに?」

「そこなんだよねぇ」


 ギルドの職員が認めるほど、この町の冒険者ギルドにはあちこちの組織からスパイが入り込んでいるらしい。

 表立って動けばリオとシラハが魔玉の調査をしているとバレてしまう。

 シラハが首をかしげる。


「それに、まだこの町にいるか分からない」

「あぁ、チュラスさんが町を出ていった可能性もあるのか。調査期間を決めた方がいいかもね」


 長居はしたくない町だけあって、調査期間を決めておくことにためらいもない。

 とりあえず十日間はこの町に滞在しようとリオが決めた時、シラハが不思議そうな顔で窓の外を見た。


「変なのがずっと見てる」

「変なの? あ、猫だ」


 シラハにつられて窓の外を見てみると、明かりに照らされた屋根の上に一匹の黒猫がいた。

 大柄なその黒猫は散歩の最中に前を通りがかったのか、自然体で屋根の上に立っている。

 リオと目が合った黒猫は口を開いて何かを落とした。

 月明かりに照らされて鈍色に光を照り返す何かが屋根の上を滑り、重力に引かれて地面に落ちていく。

 落ちていくそれが研ぎ澄まされた刃を持つ大振りのナイフだと気付いたリオはすぐに近くにあった魔玉入りの革袋をひっつかみ、剣を掴み取って声を上げた。


「シラハ、逃げるぞ!」


 食べかけの果物を放り捨てて、シラハが剣を掴み取った時、外で金属が地面にぶつかったような甲高い音が鳴った。

 音に惹かれて目を向けると、先端だけが茶色い猫の尻尾が見えた。猫の尻尾が完全に消えると同時に月明かりを照り返す白面が屋根の上に乗りあげる。


 ぶち破る勢いで部屋の扉を押し開け、リオはシラハを先に行かせて燭台を窓の外の白面へと投げつける。投げた際の向かい風で火が消えた燭台はほぼ直線で白面へと向かい、抜き放たれた剣に叩き落とされた。

 先行したシラハに追いつくため、リオは階段の手すりを乗り越えて一階に飛び降りる。

 カウンターでうたた寝をしていた店主が目を白黒させた。


「な、なんだ!?」

「白面の襲撃! 狙いは俺たちだろうから逃げる!」


 端的に情報共有と注意喚起をして、リオはシラハに続いて宿の外へ飛び出した。

 待ち構えていた白面が屋根の上から剣の切っ先を下に向けて飛び降りてくる。

 ちらりと見上げたシラハが剣の柄を撫でて二歩後ろに引いた瞬間、地面が急速に隆起して白面を下から殴りつける。

 バランスを崩した白面に、シラハは容赦なく剣を抜いて鋭い斬撃を叩きつけた。


 脇腹を深く斬り裂かれて血を噴き出しながら転がる白面を気にせず、リオがシラハの前に出る。

 宿の隣家の隙間から飛び出した白面に壁が作る死角から突きを放ち、肩を抉るように貫き、剣を引き抜きながら全力で蹴り飛ばす。

 路地に蹴り転がした白面を無視して、リオは屋根の上に睨みを利かせる。リオの背後へ回り込みながらシラハが防御魔法を発動した。


 向かいの路地から放たれた火球が防御魔法に衝突して火花を散らしながら拡散、消滅する。

 屋根の上から投げ込まれた油樽をリオは身体強化でジャンプして横から蹴り飛ばし、道の上に転がす。


 魔法などの支援を受けて制圧しようと走って来ていた白面が目論見を外されてたたらを踏んだ。

 その隙を見逃さず、リオはシラハの横を抜き去って剣を腰だめに構えて白面へと距離を詰める。

 リオの速度を見て逃げ切れないと判断した白面が剣を正眼に構えた刹那、リオは視線でフェイントをかけて右へと飛び、白面の後ろに他の敵がいないのを確認する。


 反応しきれていない白面を間合いに捉え、リオは剣を横に一閃。白面の膝を斬り裂いた。

 多勢に無勢である以上、トドメを刺す時間はない。無力化した白面を無視してリオは後ろに跳び、シラハと連携が取れる位置へと戻る。


「魔法使いは何人?」

「屋根の上と路地に一人ずつ。でも弱い」

「あいつらか。人質を取られると面倒だから、一気に振り切っちゃいたいけど、後ろから魔法が飛んで来たら面倒かな」

「斬らないの?」

「手の内を晒したくない」

「分かっ――何か来る!」


 シラハが珍しく切羽詰まった声で警告する。

 リオはすぐに周囲への警戒を強め、リオ達の出方を見ていた白面の集団も緊張したようにリオ達に注目した。

 刹那、白面の一人が屋根から落ちた。

 ぼとりと地面に転がったのは白面の上半身のみ。


「……は?」


 白面の誰かが呆気にとられたようにつぶやいた。

 その場の全員の視線が、屋根の上から自らの血と内臓をこぼしながらゆっくりと滑り落ちる下半身を見上げた。


 そこには何もいない。いないはずだった。

 何も見えない。滑り落ちる下半身の向こうには血まみれの屋根、その向こうには星の瞬く夜空がある。

 それでも、視覚ではない何かでリオは屋根の上にいる何かを感じ取った。

 独特のぞわぞわと鳥肌が立つ気配。あまりにも希薄な存在感にもかかわらず、そこに存在することだけは確かな重い泥のような空気感。

 故郷の村を襲った猿のボス、リヘーランを襲撃したテロープやブラクルのボスと似た気配。

 だが、今まで以上に濃密な圧倒的な悪意が屋根の上にわだかまっている。


「……逃げるよ」


 リオはシラハの手を取り、迷わず逃走を選んだ。

 経験がないのか、感覚が鈍いのか、白面の集団が逃げるリオを見て困惑したように動きを止めた瞬間だった。


「――がっ」


 不可視の何かが白面の集団を蹂躙し始めた。

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