第十六話 神器邪器一覧

 俄かに忙しくなったギルドの中で、地理も分からないリオ達は足手まといにしかならないため待機を命じられた。

 白面に狙われていることもあり、迂闊にリオ達が出歩けば更なる混乱をもたらしかねないという事情もある。


「白面が動けば抗争中のホーンドラファミリアも動く。ナイトストーカーとの戦闘中に両勢力の抗争なんて起きたら手が付けられないんだよねぇ。というわけで、お二人さんは資料室で地図でも読んでおいで」


 ミュゼにそうやんわりと追い出されて、リオとシラハはギルドの二階の資料室に入った。

 あまり使われていないのか、扉を開けた拍子に舞い上がった埃に咳き込んだシラハが窓に向かおうとする。


「待った。窓に近付いちゃだめだよ」


 シラハの肩に手を置いて引き留め、リオはハンカチを口に当てる。


「こうすれば少しは気にならないから、後は我慢」

「……わかった」


 不服そうな顔だったが、シラハは素直に自分のハンカチを取り出した。

 リオは書棚を眺める。


「資料室で魔玉について調べようとは思っていたし、この機会を有効利用しよう」


 サンアンクマユは辺境の町だが、七十年前まで小国シュベートに隣接する国境の町でもあった。

 シュベート国が滅び、その滅亡の原因である邪神カジハの勢力圏と隣接したサンアンクマユは多数の邪獣、邪霊が出没するようになり、その討伐記録は膨大だ。


 リオは討伐記録をめくり、七十年前の記録を引っ張りだす。

 邪神カジハによる影響か、それとも他の邪獣や邪霊によって縄張りが脅かされたのか、七十年前からは未知の獣の目撃、討伐情報も増えている。

 シュベート国からの難民の協力でこれらの未知の獣の名前や生態が判明することもあるが、不明なままの獣も多かった。


 資料を見る限り、サンアンクマユの冒険者は衛兵隊と連携して治安維持も仕事に組み込まれており、町の外に狩りに出る場合でも旧シュベート国領までは踏み込まないらしい。

 そのため、未知の獣の縄張りの捜索も杜撰だった。これが原因なのか、冒険者ギルドに魔玉が持ち込まれたことは数例しかない。


「魔玉らしきものが見つかった記録はあるけど……」


 リオは資料を見て困惑する。

 確認できる最古の魔玉の目撃例が百年前だったのだ。当時の資料には未知の動物の分泌物が固形化した物と考えられていたらしい。そのせいか、廃棄したと資料には書かれていた。

 この百年間で見つかった魔玉らしきものは他に五つ。三つはずさんな管理体制故に紛失しており、一つは廃棄され、最新の一つは好事家へ売却されてしまっている。


「資料としての出来がいまいちすぎて魔玉とは断定できないのがなぁ」


 魔玉らしきものの外観については記述があるが、詳しく調べた様子がない。魔玉の中にある魔法陣について書かれた資料もなかった。

 だが、状況証拠だけで見れば黒だろう。やはり、魔玉と未知の動物には深い関係がある。

 シラハがリオの読んでいる資料を覗き込んだ。


「その好事家がチュラスさん?」

「いや、名前はニアルモって人みたい。この町じゃないけど、近場の町に住んでるね」

「会いに行く?」

「チュラスさんが魔玉を調査していたなら、このニアルモさんにも接触しているかもしれないね。会ってみようか」


 当時の状況やどんな動物の縄張りにあったのかも聞けるはずだ。無駄足にはならないと踏んで、リオは資料を閉じた。

 他にめぼしい資料もなく、リオは書棚を眺めてふと目についた本を手に取る。

 進展がないため飽きてきていたシラハがリオに近寄ってきて本を覗き込んだ。


「神器邪器一覧?」

「面白そうだろ」


 軽い調子で言うが、リオは真剣だった。

 この町で白面と抗争を繰り広げているホーンドラファミリアは、多数の神器や邪器を持っているとの噂だ。白面に狙われている自分たちが抗争に巻き込まれる可能性を考えて、神器や邪器の知識を仕入れておきたかった。


「古いね。かび臭い」


 シラハが眉をひそめる。確かに、他の資料や本に比べて古く見える。しかし、よくよく観察してみると何度も読みこまれたために擦り切れ、くたびれているだけだと分かった。

 リオ達以前にも同じ考えでこの本を読んだ冒険者が多かったのだろう。

 資料の正確性を調べるため、リオは自分が知る神器である、ロシズ子爵家の家宝、神剣ヌラの項目を開いた。


「神剣ヌラ、水晶で作られた儀礼剣。柄には螺鈿細工が施されている。能力は使用者が過去に見た光景を周囲に展開する。性質上、使用者から離れるほど像がぼやけるため、使用者の視力が重要な要素となる。発動条件、抜身で身につけていること。ロシズ子爵家の家宝として伝わる。由来は――」


 予想以上に詳しく記載されていて、リオは思わず著者名を見る。

 四十年ほど前に書かれたらしいこの本は著者名と写本師の名前が書かれている。どちらも聞き覚えがない。

 実際に間近で見て、しかも発動したところまで目撃したリオですら発動条件までは知らなかった。

 この資料は期待できると、リオは本を最初からめくり始める。


 斬ったものを基点に音を発生させる邪剣ラメルト、人に嘘を信じ込ませる邪器ワルシェ、空間に斬撃を残す邪剣の姉妹剣ガザラ・フラヌ、記憶を消去、読み取ることができる神槍カールサ、効果不明の神鏡リィッペリ、一度触れれば遠距離から干渉できる神器モアワ、強力な鎮静効果を持つ神器の首輪エレッテリ――


 よくぞここまで調べ上げたものだと尊敬の念すら抱いてしまう情報量だ。効果や発動条件が不明なものも多々あるが、外見の情報だけは必ず書かれている。

 見たら警戒しろ、という意味でギルドの資料室にこの本が置かれているのだろう。

 膨大な神器、邪器の中でリオが気になったのは二つだ。


 一つは邪器ビュンディッド。穴だらけにされた男性の死に様が刺繍された大きな布であり、死者の血液を媒体に死亡時周囲にいた人間すべての魔力循環を阻害する。魔法や身体強化の発動もできなくなり、無理して発動を試みると激痛が走る。重篤化すると意識不明、多臓器不全で死に至る場合もある。


「白面が血痕を洗い流していたのはこれが理由ってことかな」

「ギルドの人も言ってた」

「ホーンドラファミリアがこれを持ってるんだよな」


 防御魔法で防げるのかもしれないが、頼りにするには心もとない。なにしろ、発動すればほぼ完全に対象を無力化できる凶悪な効果だ。

 反面、戦闘時には使い勝手が悪い。戦闘で死者が出ても、自軍が全滅でもしていなければ共倒れだ。

 ページをめくると、シラハがページを指さす。


「これ、副支部長さんが言ってた」

「神剣オボフスか」


 シュベート国に存在した神剣の一振りだ。

 片刃の直刀。刀身はやや短いが不釣り合いに巨大な鞘に収まっているという。その外見的特徴から虚飾刀の異名を持つ有名な神器らしい。

 その効果は物質の透過能力。あらゆる物体を自在にすり抜けることが可能で所持者は敵の攻撃をすり抜けて反撃を行なえる。


 代々シュベート国の近衛騎士隊長が後継者へと託していた神剣だが、シュベート国滅亡後の行方は不明だという。

 非常に強力な効果のためか、発動条件などは秘匿されていた。おそらく不釣り合いに大きな鞘が発動条件に関わっているのではないかと本には記されている。


「こんなものを持ってる組織が抗争を繰り広げてれば、支部長が死ぬのも分かるよ」


 改めてとんでもない町に来たものだと、リオはため息をついた。

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