第七話 スファンの動機
真剣に鳥かごの建設を協議し始める方向で議論が固まってきたため、リオとシラハは控室に通された。
リオの体調の悪さを慮ってのことだろう。事実、シラハの「仕舞っておけば」発言により心労が増幅したリオの体調は最悪だった。
だらしなくソファに寝転がって休むリオを見て、イェバスが申し訳なさそうに声をかける。
「何か欲しいものがあれば持ってくるぞ?」
「静かな環境」
間髪を入れずに答えたリオに、イェバスは言葉に詰まって顔をそむけた。顔を背けた方向、窓の外にはスファンがいる。
シラハはソファの横に陣取り、リオの顔をじっと見つめている。
その視線には慣れているリオはシラハの視線を意識の外に追い出して天井を見上げた。
天井は薄く削った木で糸でも編むようにして装飾してあった。どうやらデフォルメしたスファンの姿を編み上げてあるようだ。
こんな場所でも疫病神に見下ろされるのかと、リオは乾いた笑い声をあげる。
「リオ、今日の夕食は軽いモノにする? 何か食べたいモノある?」
「なんで生き生きしてるの?」
ニコニコしているシラハにリオは鋭くツッコミを入れる。
自覚がなかったのか、シラハは自分の両頬に手を当てて揉み解し、笑顔を消す。
「具合が悪い間はリオが外に出ないかなって思って、つい」
「いや、怖いけど」
言い訳が言い訳として機能していない。
リオは自分の感覚がおかしいのかとイェバスを見る。議会が真剣に協議しているスファンの鳥かごの件もあって自分の常識が世間と乖離しているのではと思ったのだ。
イェバスは何とも言えない顔をしていた。ツッコミを入れるべきなのか、それともリオとシラハだけで通じるような突っ込むのも野暮なやり取りなのか、判断に迷っている。そんな顔だった。
つまり、リオの常識は世間と乖離していない証拠とも言える。
「まぁ、シラハの発案のおかげで町を出ることはできそうだから、強く言えないんだよね」
こんなところで足止めを食らうのは避けたかったため、正直なところ助かったというのが本音だった。
「……やっぱり、大事なら仕舞わないと」
「ボソッと呟くのやめて?」
リオはツッコミを入れてから、イェバスを見る。
「鳥かごって作れると思いますか?」
「まぁ、鉄柵と防御魔法の組み合わせで作れると思うぞ。もともとスファン様は神霊だからか食事を必要としないんだ。鳥かごを作ってしまえば、もう出ることはできないな。道義的にどうなのかって意見も出るだろうから、二人が町を離れてしばらくの間だけって期限は付くと思う」
「出しちゃうの?」
意外そうな顔をするシラハにイェバスは苦笑する。
「この町の神様みたいなものだから、無体はできないさ」
「変なの」
シラハが窓の外に目を向けると、そこにいたスファンがびくりと反応して羽根繕いをやめ、シラハをじっと見つめた。
今までとはまた違った種類の視線に、リオは興味を惹かれてスファンを観察する。
何かを見極めようとしているような視線だった。未知のものを見る視線ではなく、既知のものの分類をする視線。
視線の変化の理由が分からず、リオはスファンを見ながら考え込む。
リオの視線に気付いたのか、スファンがこちらを見た。固有魔法が飛んでくるかと思わず深く息を吸い込んで身構えたリオの前にシラハが立ちふさがり、スファンを睨む。
「人目がなかったらアレの魔法なんてリオには効かないのに」
「息継ぎする間もなく連発されたらどうしようもないけどね」
とは言いつつ、リオも二度目を食らうつもりはない。いざとなれば魔法斬りをするつもりでいた。
イェバスは話についていけずに不思議そうな顔をしていたが、ふとスファンを見た。
「それにしても、なんでこんなに懐いているのかねぇ」
「懐いているのとも違う気がしますよ」
今までのスファンの行動と視線を思い出しながら、リオは上半身をソファからおこした。
「最初はシラハを縄張りに引っ張り込もうとしたり、俺を吹き飛ばしたりしましたけど今は観察するだけで強引なことはしていません」
リオは試しにとばかり、不意を突いてシラハの腕を取って思い切り引っ張る。バランスを崩して倒れこんでくるシラハを抱き留めて、スファンを見た。
スファンは何の行動もせず、じっとリオとシラハを観察している。
「ほら、攻撃してこない」
リオが吹き飛ばされたのは最初の一度きり。その後、同じような状況があったにもかかわらずスファンは行動しなかった。
「多分、スファンはシラハを自分の子供みたいな庇護対象とみなしたんだと思います」
「子供といったって、スファン様は繁殖しないぞ? 神霊や邪霊は唯一無二の存在で、種としては成立してないんだから」
「えぇ、知ってます。だからこそ、スファンはシラハのことを図りかねて未知のものを見るような目で見たんだと思います」
「そんな目をしてたか? 生まれた時からスファン様を見てきたが、鳥の表情なんてわからん」
無理もないとリオは頷く。リオとて、シラハに四六時中付きまとわれて観察され続けた村での経験がなければ気付かなかっただろう種類の視線だ。
リオは話を続ける。
「いまのスファンにとってシラハは庇護対象ではなくなってます。さっき見せた通り、強引なことをしても反応しないでしょう?」
「シラハちゃんまで反応しないのは意外だったな」
イェバスが突っ込みをいれた通り、リオに腕を引かれて胸に倒れ込んだシラハは何とも言えない顔をしていた。
リオは気にせずスファンの反応を観察しながら話を続ける。
「いまのスファンはシラハを見極めようとしているように見えます。このまま観察を続けて庇護対象に戻すべきか、放置してもいいのかで悩んでいると思うんですけど、ちょっと自信がないですね」
「放置していいって結論がスファン様の中で出たら、鳥かごを作る必要もなくなるってことか」
「多分ですが、おそらくはきっとそうでしょうね」
「あやふやすぎだろう」
リオとしても希望的観測なのは百も承知だ。そもそも分析があっているかもわからないのだから。
だが、スファンの中でシラハへの興味が変遷しているのだけは反応からして確かなのだ。興味を失うきっかけがあれば、リオ達は安心して町を出られる。
だが、きっかけになりそうなものが思いつかない。
「きっかけねぇ」
イェバスはリオとシラハを眺めて、にやりと笑った。
「つまりは放置しても大丈夫だとスファン様に思ってもらえばいいわけだ。なら、考えがあるぞ」
「どんな?」
「シラハちゃんを守る役目はスファン様じゃなくリオだってわからせればいいんだ。どうせ鳥かごの建設には時間もかかるし、二人はちゃんと観光もできてないんだろ? 二人っきりでデートでもして来いよ」
「誰が義妹と――」
「二人っきり!」
いきなり食いついたシラハが体を起こし、窓の外のスファンを見て得意そうな顔をする。
完全に乗り気なシラハに呆れるリオの横に、シラハが座って身を寄せてくる。
鬱陶しそうに避けようとするリオの肩を押さえたシラハが耳打ちした。
「二人っきりになれれば、連絡が取りやすいよ」
「……この騒ぎだし、報告するべきか」
議会にまで呼ばれてしまったのだから、魔法斬りを使えるリオを狙う組織にもとっくに居場所がばれている。サンアンクマユに行ったとして、どこまで動けるのか謎だった。
治安の悪いサンアンクマユよりも、この町でのほうが連絡も取りやすい。
リオはシラハの言い分に納得し、イェバスを見た。
「議会の力で人払いとかできますか?」
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