第八話 散策
議会に呼び出された三日後、リオとシラハはようやく平穏に外に出ることができた。
名目上はリオとシラハが定住を検討するための下見ということで、過度な干渉が禁止されたのだ。
もっとも、住人達や観光客の視線はいまだに熱気を帯びており、頭上にはスファンが飛んでいる。夜になると縄張りである木に帰っていくのだが、日中はほぼシラハのそばにいた。
最初は鬱陶しそうに睨んでいたシラハも無駄だと諦めたのか極力無視を貫いている。
無駄とは思いながらも帽子を深くかぶり、リオとシラハは議会の敷地を裏口から出る。
出待ちされているようなこともなく、二人はまず宿へとまっすぐに歩き出した。置きっぱなしの荷物を取りに行くためだ。
頭上を飛んでいるスファンのせいで帽子もほぼ意味をなさないが、構ってほしくないことは伝わっているらしく通行人に声をかけられることはなかった。
「ごめんください」
宿の入り口から声をかけると、奥から女将が出てくる。
事前に連絡していたこともあって、女将はすぐに荷物をまとめて出してくれた。
「一応、無くなっている物がないか確認してくださいね」
泥棒が入るとも思えないが縁起物扱いで盗まれないとも限らないからと女将が困ったように笑う。
ガルドラットから託されている魔玉のこともあって、リオはきちんと荷物を検めた。
「大丈夫みたいです。お手数おかけしました」
礼を言って、リオはシラハの手を引いて宿の外に出る。
迷うことなく向かう先は冒険者ギルドだ。
荷物を背負ったリオはさりげなく周囲を窺う。遠巻きに様子を窺ってくる住人がいるものの、干渉してくる様子はない。頭上をいまだに飛んでいるスファンの方が過干渉なくらいだ。
「議会の発言力ってかなり強いんだな」
住人はもちろん、観光客にまで指示が行き渡るとは思っていなかった。
イェバスたち衛兵も人払いに協力してくれているが、握手を求められたりプレゼント攻勢を受けるくらいの覚悟はしていたのだ。
シラハが道の先を指さす。
「そんなことより、用事を済ませようよ」
「はいはい」
冒険者ギルドはこぢんまりとした建物だった。周辺に邪獣も出ない安全な地域だけあって冒険者の仕事もほぼなく、兼業している郵便業務がメインになっているようだ。
リオは受付の女性に声をかける。
「すみません。故郷に手紙を出したいので、これをお願いできますか?」
「あぁ、はい。故郷に冒険者ギルドはありますか?」
「辺境の村なので最寄りの町の冒険者ギルド宛てにしてあります」
「そうですか。えっと、速達だと銀貨四枚になりますが、大丈夫ですか? 一か月後の定期便であれば銅貨二枚ですけど」
「速達でお願いします。この状況なので……」
「あはは、同情します……」
町の人間ではないらしく、受付嬢は苦笑して手続きをしてくれる。リオが差し出した手紙に冒険者ギルドスファン支部の印を捺して、速達便の籠に入れた。
銀貨四枚の料金を財布から出して、リオは世間話を装って尋ねる。
「俺宛てに何か郵便とかきていますか?」
「郵便はありませんが、直接渡してほしいと手紙を預かっております」
受付嬢が一枚の便箋を出してきた。冒険者ギルド支部の印がないのは、このギルドに直接持ってきたからだろう。
リオとシラハの状況を踏まえて、直接接触するのは無理と判断した連絡員の苦肉の策だろう。
村の近況報告に見せかけて符丁が書かれた手紙を読み、リオはシラハに回す。
シラハは手紙にざっと目を通してから、無造作にポケットへ突っ込んだ。
受付嬢がリオを見る。
「お返事はいかがされますか?」
「いえ、返事はいらないみたいです。村の近況報告でした」
「村の、ですか? 同じ村の出身の方がこちらに?」
「みたいです。腕試しに村を出たんですけど、結構時間が経っていたみたいで、ちょっと叱られました。近いうちに帰らないとです」
「あぁ……。帰れるといいですね……」
「ですねぇ……」
どちらからともなく、リオと受付嬢はギルド入り口に立っているスファンを見る。
シラハがリオの袖を引っ張った。
「行こう」
「そうだね。それじゃあ、俺達はこれで」
受付を離れて、リオとシラハはギルドの入り口へ向かう。
スファンはじっとシラハを見つめていたが、シラハの剣の間合いに入る直前に飛び立った。
スファンのことなど気にもせず、シラハはリオを見て問いかける。
「どこに行く?」
「イェバスさんにいろいろと名所を教えてもらったけど、人が集まるところはこりごりだから隠れた名店って奴に行ってみよう」
「せっかく隠れているのに私たちが行ったら迷惑……」
「言われてみれば、確かに」
納得しかけて、リオは我に返る。
「いや、隠れたっていうのは比喩だから関係ないよ。本当に隠れているならイェバスさんも教えないはず」
最近はシラハに論破され続けているためか、無条件に信じ込んでしまいそうになっている自分に気付いたリオは気を引き締める。
兄の威厳にかけて、妹に負けてはならないのだ。
シラハは別に勝負だとも思っていないのか、リオの言葉にこくりと頷いた。
「大事なら仕舞うから教えない、分かる」
「いや、店は仕舞えないだろ」
「……じゃあどうするの?」
素の表情で質問され、リオは空を仰ぐ。
屋根の上に止まったスファンがシラハをじっと見つめていた。
「単純に、誰にも話さずに隠して独り占めにするだろ」
「独り占め?」
「そうそう。まぁ、店を独り占めするのは難しいけど、他に人がいない時間を見計らっていくとか、そんな感じかな」
「よく分からない」
首をかしげられても、リオもこれ以上の説明の仕方が分からない。
村にいた頃、リオは好物でも独り占めはしなかった。どうせ両親に分け合うように言われるだろうし、そうでなくてもあまり裕福とは言えない我が家で独り占めなんてすると後が怖い。
「えっと、人目につかないように隠して、自分だけのものにする、みたいな。母さんが結婚の記念品を小箱に入れて鍵もかけてただろ。あんな感じ」
「仕舞うのと違うの?」
「うーん。似てるけど、取り出すときにも人と共有しないって点で違うかも。冬の食糧だって、ネズミから守るために仕舞うけど、食べる時には家族で共有するだろ? 独り占めだと全部自分で食べちゃうんだよ」
実例を交えつつ説明すると、シラハもようやく得心が行ったようだ。
感銘を受けたように胸を押さえてこくこくと何度も頷く。
「独り占め、便利」
「いや、基本的によくないことだから」
「でも、母さんはしてた?」
「それはまぁ、元々母さんだけのものだから問題にならないだけだよ」
話をしているうちにイェバスが話していた隠れた名店に着いた。
路地の奥にあるレンガ造りの小さな店だ。日よけに張り巡らされたつた植物のブラインドの裏に店の入り口とメニュー看板がある。ここに店があると教えられていなければ民家だと思うだろう。
「……あんまり目立ちたくないお店みたいだから、別のところに行こうか」
店構えを見て、リオは仕方なく路地の入口へ取って返す。
ふと、頭上で羽音が聞こえて見上げればスファンが縄張りの方へ飛び去っていく姿が見えた。
まだ日中だというのに珍しいことだと思いつつ入り口へと数歩歩いたリオは、足音が続かないのに気付いて振り返る。
「シラハ、行くよー?」
今まで無視していたスファンを見送っていたシラハはリオを見てうっすら笑う。
「――独り占め」
呟いて、シラハは魔法陣が刻まれた剣の鞘を撫でた。
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