第六話  解決案……なのか?

 歴史の古い町だけあって、政治の中心でもある会議場は格調高い石造りの建物だった。

 議会の上位には領主がいるものの、領主は裁判権を有するのみで市政のほとんどを住民が行なっているらしい。神霊であるスファンを尊重し、その上位にただの人間である自分が君臨するのはおこがましいとの判断らしい。

 実際には、神霊スファンの上位に自分を置いてしまうと時の国王により神剣を献上せよと命ぜられた際に困るからだろう。

 不可侵の領域にスファンを置く方がどことも衝突せずに利用できる仕組みだ。


 人々によって自治が行われているだけあって議会は尊重されているらしく、リオとシラハを追いかけてきた人々も議会の敷地まではついてこなかった。

 いよいよ具合が悪くなってきていたリオは人々の喧騒から離れてようやく深呼吸する。


「げほっ」

「リオ、大丈夫?」

「ちょっとむせただけ」


 心配そうに顔を覗き込んでくるシラハに言い訳して、リオはイェバスたちに続いて議場に入る。

 丁寧に磨かれた石の床や壁が夕日を受けて赤く輝いている。

 滅多に入ることのできない会議場にやってきたというのに、体調が悪すぎて見物するどころではないのが残念だった。

 涼しげな音が背後からついてくる。


「こいつのせいで……」

「シラハ、やめとけ」


 首をかしげるスファンに苛立ったようにシラハは背を向け、リオの背中を支えた。

 イェバスが振り返る。


「椅子は用意してもらった。何か気分の落ち着く飲み物を用意してこようか?」

「ありがとうございます。白湯でいいです。変に香りがあるものだと逆に吐きそうなので」

「重症だな。議場は静かだと思うから、ゆっくり受け答えしてくれればいい」


 白湯を持ってくるというイェバスが去っていき、ミロト流道場の師範がリオに合わせてゆっくり先導する。


「カリルと同じ村の出身だそうだな」

「え? あ、はい」


 一瞬、唐突な質問の意図を図りかねた。しかし、リオの気分を紛らわせるために話を振ったのだと気付いて、リオは頷く。

 師範は懐かしそうに目を細めた。


「カリルは毎日、門下生が帰る間際に訪ねてきた。才能がない故一門に迎えはしなかったが、門下生も掃除だなんだと言い訳してカリルの道場破りの時間まで居残ってな」

「迷惑じゃなかったんですか?」

「迷惑だとも」


 言葉とは裏腹に、師範は快活に笑う。


「だが、遠慮なくぶちのめしてもいい試合などそうはない。門下生も毎日のように儂の試合が見られるからとカリルの応援をしとったし、怪我をすれば手当もした。なにより、カリルの奴め、最低限の迷惑で済むタイミングを見計らって来よる。町を出ていくときなんぞ、世話になったと菓子折りを持ってきた。あれには流石に笑いが止まらんかったな」

「菓子折り……」


 イェバスの道場破りの定義がフレンドリーに塗り替えられている気がしていたが、カリルのせいらしい。

 師範が顔を引き締める。


「菓子折り分の義理を果たしておらんのでな。この会議では味方させてもらうぞ」

「ありがとうございます。カリルにも言っておきます」

「うむ」


 師範はそう言って、脚を止めることなく片手で議場の扉を押し開ける。

 間際、師範が小声で「頼もう」と呟いてリオに笑いかけた。

 つられて小さく笑ったリオはシラハと共に議場に入る。


「スファンの寵愛と嫉妬と呼ばれておる二人をお連れした」


 師範がそう言って、手前の席を引き、リオとシラハに勧めた。

 礼を言って席に着き、リオは議場を見回す。

 半円を描く浅いすり鉢状の広間だ。三段になった席には老若男女が五十名ほど、間隔を空けて座っている。

 法律との齟齬を指摘するための文官もいるが、ほとんどが町の有力者だ。冒険者ギルドや衛兵隊の長、大農場主や商会長もいる。

 立場がそうさせるのか、外に集まっている人々とは違って極めて冷静な様子だった。

 議長がリオの顔色を見て気遣う。


「顔色が優れないようだが、人混みに酔ったかな?」

「えぇ、そんなところです」

「申し訳ないね。しかし、保護や護衛の面でも議場に呼ぶ以外の手はなかった。許してほしい」


 頭を下げて、議長は手早く議題に移った。


「さて、本日の急な招集にお集まりいただいた皆様に現状の説明は必要ですかな?」


 議長の問いに誰しもが首を横に振る。これだけの騒ぎだ。耳に入らないはずがなかった。


「では、単刀直入に皆様のご意見を伺いたい。神霊スファン様が町の外に出て行ってしまうかもしれないこの危機にどう対処するべきか」


 挙手して女性が議長に発言を許され、席を立つ。


「スファンの寵愛さんに先に聞いておきたいのだけど、この町に定住するとして条件はあるかしら?」


 リオは会議そっちのけで心配してくるシラハに小声で注意する。


「質問されたら答えて。その方が、結果的に早く帰れる」

「……これ以上具合が悪くなったら言ってね」

「分かってる」


 片時も目を離していられないと、シラハはちらちらとリオを見ながら質問に答えた。


「リオが定住する気がないと言ったので、定住しない」

「なるほど。リオというのはスファンの嫉妬よね。あなたからも条件を聞いておきたいのだけど、交渉の余地はある?」

「リオは具合が悪いから質問しないで!」

「そういうわけにもいかないのよ。自分の口で話さなければいかなることにも責任を負えなくなる。それはそれで危険なことよ。海千山千の腹黒がここには集まっているのだから、なおさらね」


 リオはシラハの手を引く。


「大丈夫だから気にするな。過保護すぎるんだよ、シラハは」

「――座ったままで大丈夫よ。気分が悪いのでしょう?」


 立ち上がろうとしたリオは女性が押しとどめる。

 礼を言って、リオは意見を口にした。


「腕試しが旅の目的ですが、それとは別にサンアンクマユへの用事があるんです。長期滞在はできません」

「その用事をこの町に任せてもらうことは?」

「申し訳ないですが、できません。できない理由も言えません」

「分かったわ。議事録を取っているから、迂闊なことは言わないようにね。秘密なんて洩らしたらあっという間に町中の噂の的よ?」

「いまさらです」

「あっは、確かに!」


 手を打った女性が発言をやめて座り、議長に会議を進めるよう促した。

 リオ達の意思確認も済んだことで、議長は議員たちに話を聞き始める。

 そこからが長かった。

 傾き始めていた太陽が完全に没しても、イェバスが持ってきてくれた白湯がすっかり冷えてしまっても、会議は空転し続けた。


 前代未聞の事態であると同時に、町の存続の危機である。慎重な対応が求められるものの、リオとシラハがこの議場にいる限りは事態が悪化しないという楽観もあったのだろう。


 結果、リオの体調は悪化し続けた。

 ただでさえ人混みに酔って気分が悪かったところに、今まで味わったことのないプレッシャーに晒されているのだ。議題の的が自分と妹の将来を決めかねないということもあって、緊張しながらも真剣に話を聞いていた。


 さらには、リオの体調が悪化していることに気付いたシラハが一向に進まない会議に苛立ち始めているのもリオの神経に負荷をかけた。

 シラハが変なことを言いかけたら即座にフォローしなくてはならない。議事録に残るのだから。

 吐き気をこらえるリオがさりげなく口を押さえたのに気付いたシラハがいら立ったように議員たちを睨みつけ、天井を見上げた。


「そんなにあれが大事なら仕舞っておけばいいのに!」

「――ばかっ!」


 慌ててシラハの口を押さえかかるがもう遅い。

 人間、どんなに緊張していても実際に手遅れになると逆に緊張が解けるんだなと、リオは実感しながらそっと議場を見回した。

 水を打ったように静まり返っている。

 だが、そこに怒りはない。あるのは驚愕と感心だった。


「鳥かご……。その手があったか」


 えぇ……、とドン引きするリオを余所に、議員たちは話を詰め始めた。

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