第五話  プレゼント攻勢

 スファンが生垣に止まってしばらく、道場内は騒がしかった。

 イェバスはスファンが飛び去らないか期待したように窓の外に注意を払っていたが、やがて諦めたように門下生たちを見回して声をかける。


「今日の鍛錬はここまでとする。みな、人が押し寄せて出入りができなくなる前に帰りなさい」


 イェバスの懸念通り、すでに外は人が集まり始め、衛兵たちがスファンに近づきすぎないよう警告していた。

 リオのように武術の心得があればともかく、普通の観光客がスファンに吹き飛ばされれば大怪我をしかねない。

 帰っていく門下生を見送って、イェバスがリオとシラハに向き直る。


「正直、スファンの寵愛だのと言うのは冗談みたいなものだったんだが、これはかなり面倒になるぞ」

「なってますね。今日のうちにでも町を出た方がいいかな」

「それもまずいって話だよ。奥に行こう。ついてきてくれ」


 イェバスは困り顔で頭を掻いて、道場の奥へリオ達を案内する。

 客間へと案内されたリオとシラハは勧められた椅子に腰を下ろす。すると、シラハが露骨に嫌そうな顔で窓の外を見た。

 手入れが行き届いた広い庭に涼しげな音がしてスファンが庭木に降り立った。じっとシラハを見つめるスファンは身だしなみを整えるように羽繕いを始める。

 イェバスが険しい顔でリオとシラハの対面に座った。


「完全に、スファン様に気に入られているな」


 ここまで追いかけられれば、リオにもイェバスが何を心配しているのか分かる。


「町を出るのが不味いって、シラハを追ってスファンが町の外に出て行ってしまうかもしれないからですか?」

「そういうことだよ。今は珍しい事態だからと熱が入っている連中も、すぐに気付くはずだ」

「気付かれる前に町から出るのは?」

「無理だろうなぁ。外にすでに人が集まっている以上、二人が動けばスファン様も動き、人も動く。町の外へ出ようとすれば止められる」


 確かに面倒な事態だった。

 シラハが窓越しにスファンを睨んでいるが、スファンの方は特に気にした様子もなくシラハの様子を窺っている。

 イェバスが腕組みをして唸る。


「一応、聞いておく。この町に定住する気はあるか?」


 この町にシラハが定住すればスファンがどこかに行くとも考えにくい。八方丸く収まるだろう。


「こんな状況だ。定住の意思があれば二人の家を用意するくらいの便宜を議会が図ると思うが、どうだ?」

「二人の家……」


 シラハがスファンから視線を外して吟味するようにつぶやく。

 しかし、リオは即座に首を横に振った。


「定住する気はないですね」


 魔玉の調査という目的がある以上、この町に定住するわけにはいかない。

 シラハが不満そうにリオを見る。

 イェバスは予想していたように苦笑した。


「だろうなぁ。さて、そうなるとスファン様の気を他に逸らすか、嫌われるかしないといけないわけだが」


 対応を一緒に考えようとイェバスが言い切る前に、客間の扉が開いた。

 入ってきた老人を見たイェバスが慌てて立ち上がる。


「師匠! 用事はどうしたんですか?」

「この状況で悠長に話していられるものか。お客人、騒がせて申し訳ない」


 師匠と呼ばれた老人はリオとシラハを見て目を細める。


「スファンの寵愛と嫉妬はご両人か。裏に馬車を止めてある。悪いようにはせんから、議会まで付いてきてほしい。ここでは護衛をするにも限度がある」

「……わかりました」

「スファン様が馬車を追いかけてくるようならいよいよ難しくなってくるな。イェバス、お前も来い」

「はい、師匠!」


 はきはきと受け答えをして、イェバスが先導して裏手へ向かう。

 リオはシラハを見た。


「なんだか、大事になってきたね」

「凄く迷惑」


 嫌そうにシラハが睨むが、スファンはシラハを見つめて翼を広げ、一足先に裏手へ飛び立った。

 道場の裏手から出ると馬車を囲む人だかりを押しとどめる衛兵たちがいた。

 馬車の上にスファンが止まっている。馬車を囲む人々に一切の興味を示していない。

 馬車に乗り込もうとするシラハを、リオは引き止める。


「シラハはともかく、俺達が相乗りしようとしたらまた吹き飛ばされると思うから、歩いて行こう」

「……こいつ迷惑」

「おいっ!」


 この町の信仰対象をこいつ呼ばわりするシラハの口をリオは慌てて手でふさぐ。

 またスファンに吹き飛ばされるのを覚悟していたが、リオの予想に反してスファンは固有魔法を発動しなかった。

 意外に思って目を向けると、スファンは興味深そうにシラハをみつめている。その目にどこか覚えがあった。

 出会ったばかりのシラハがリオを見つめていた時の目だ。

 人間など見慣れているはずのスファンが、初めて見たモノを観察するような目をしている。


「放っておいて行こう」


 シラハに手を引っ張られて、リオとシラハはイェバスや衛兵たちに守られながら群衆を掻き分ける。

 馬車の屋根から飛び立ったスファンがリオとシラハの頭上を旋回し始めた。

 シラハの歩みに合わせてついてくるスファンに観光客たちが興奮し、町の住人が顔を見合わせて不安そうにする。


 大通りに出た時、五歳くらいの男の子が花を持ってリオ達の前に立ちふさがった。

 子供を押し退けるわけにもいかず、イェバスが躊躇したその隙に男の子はシラハに向かって叫んだ。


「スファン様を連れて行かないで! お花あげるから!」


 花を掲げる男の子にイェバスが怯み、肩越しにシラハの様子を窺って絶望する。

 シラハは鬱陶しそうに頭上のスファンを睨んでいた。男の子の陳情など耳にも入っていない。

 これでは落としどころが無くなると危惧して、リオは男の子に声をかけた。


「連れて行ったりしないから大丈夫だよ。お花、ありがとうね」


 なんでこんなフォローをしなきゃいけないんだと、リオはシラハを睨む。

 リオの視線に気付いたシラハが首をかしげた。


「なに?」

「もっと周りを見て、軋轢が起こらないようにしようよ」

「リオがそれ言うの?」

「……くっ」


 一部始終を見てないはずのシラハに言い負かされてリオは肩を落とす。

 ともかく、早く議会とやらに行ってしまおうとリオがシラハの手を引いてイェバスに続こうとした時だった。

 大通りに面する店の店長や店員が品物を掲げ、思い思いにシラハに声をかける。


「この町に定住してくれよ! 生涯半額にするから!」

「うちも全品半額にしておくよ!」

「工務店をやってるから、家のメンテナンスは任せてくれていいぞ!」


 有形無形のプレゼント攻勢にリオは頭痛を覚えて額を押さえる。


「リオ、大丈夫?」

「割と大丈夫じゃないかもしれない」

「田舎者だからうるさいのに慣れてないの?」

「……なんで追い打ちかけた?」

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