第四話 ドドド道場破り!
「――頼もう!」
古式ゆかしく一声かけて、リオはノリノリでミロト流道場に乗り込んだ。
欠伸をしながらついてくるシラハのさらに後ろには珍しがってついてきた町の住人や観光客が数人。
道場の広さを考えれば迷惑にはならないだろうと深く考えずに大所帯のままやってきたリオを待っていたのは昨日の衛兵だった。
「来たか!」
心底楽しそうに昨夜宿の食堂で会った衛兵が立ち上がる。門下生らしき青年たちが鍛錬の手を休めて壁際に並んだ。事前にリオが道場破りに来ると話があったのだろう。
道場に入ったリオは中を見回す。村の道場ですら数えるほどしか入ったことがないこともあって、新鮮な気分だった。
全体的に広々していて天井も高い。壁際には鍛錬道具の他に用途がよく分からない器具が備え付けられている。使い込まれているようだが手入れが行き届いており、何人もの剣士を送り出した貫禄のようなものが器具にまで備わっていた。
衛兵が木剣を取ってくる。
「昨日のうちに師範に話を通して了承も貰ったんだが、急な会議とやらで町の主だった者が集められて、今は不在なんだ」
「用事があるなら仕方がないですね」
「あぁ。サンアンクマユで何か起きてるらしくてなぁ。あ、名乗り忘れていた。当道場で師範代を務めているイェバスという」
「リオです。こっちは妹のシラハ」
偽名を名乗るのは失礼だろうと、本名を名乗ったリオは壁にまとめてある木剣からちょうどいいものを選び出す。
リオがやる気だと分かったのだろう。イェバスは面白がるように木剣を軽く振り抜いて道場の真ん中に立った。
ガラガラと扉が閉まる音がして振り向けば、ついてきた観光客たちを迷惑がったシラハが道場の扉を閉めていた。
「妹さんも剣を使うのか?」
「俺と同じ我流剣術ですけどね。ちょっと変形してますけど」
「面白そうだな」
シラハの使う剣にも興味があったようだが、イェバスはリオを見てにやりと笑う。
「師範が来るまで相手をしよう。質問もあれば答える」
「とりあえず、始めましょうか。門下生の皆さんの邪魔になるのは本意じゃないので」
「道場破りにしては奥ゆかしいことだな」
「その設定、まだ生きてるんですか?」
笑いながら、リオは木剣を正眼に構えてイェバスに対峙する。
流石は師範代だけあって隙が見えない。リオと同じく正眼に構えられた木剣は幅広で柄もやや長い。
体格的にもリオより頭一つ以上大きなイェバスとのリーチ差は埋めがたいと判断して、リオは自分から仕掛けて主導権を握ることにした。
身体強化を発動して床を蹴る。音の少なさに意外そうな顔をしたイェバスが即座に木剣の先をリオの足へと向けた。師範代だけあって勘がいい。
リオは右へと視線を向けてフェイントをかけつつ、左へと体をずらしてイェバスの側面へと回り込む。
右足を引いてリオの動きに合わせるイェバスだったが、リオのあまりの速さに虚を突かれたらしく防御が甘い。
リオは体を向けたイェバスへと踏み込む。正眼の姿勢から切っ先を突き出し、防御が甘いイェバスの右肩へと突きを放った。
イェバスが木剣を上げて払いのけにかかるが、反応が遅れて完全に後手に回っている。
だが、リオは油断なくイェバスの木剣に注意を払っていた。
だからこそリオは気付く――イェバスの振りが急加速したことに。
間に合わないと判断したリオの動きは早かった。
リオは左足の踵を軸に反転し、木剣を引く。切っ先をかすめるようにイェバスの木剣が豪速で宙を斬り裂いた。
巻き起こった風がリオの前髪を揺らす。
突きにこだわったままならば、筋力ではるかに劣るリオの木剣は天井を突き破る勢いで吹き飛ばされただろう。
イェバスが右手を返し、片手持ちに変えた木剣を大上段から振り下ろす。
リオは冷静に足を交差させるようにして横にずれ、振り下ろしの軌道から拳一つ分、体をずらす。
当たらなかったのが意外そうな顔をしながらも、イェバスは小さく笑った。
次の瞬間、木剣の軌道がうねるように変化し、リオを追撃して胴を狙う横薙ぎとなった。
身体強化で手首や腕の柔軟性を重点的に強化することで独特の斬り返しを行うミロト流の技だ。
息を詰めて、リオは木剣を第三の脚として床に突き、イェバスの横薙ぎを屈んで躱すと同時にローキックを放つ。
だが、イェバスはリオの蹴りに興味を示さない。わざわざ防御に回るまでもなく脚の剛性を身体強化で重点的に強化すればリオの蹴りなど問題にならないのだ。
衛兵が使う剣術だけあって、徒手格闘での乱戦でダメージを受けないように剛性強化込みでの姿勢があるのだろう。
実際、リオのローキックではイェバスの脚はびくともしない。
だが、それで構わなかった。
リオの足がイェバスの足のつま先を踏みつける。
剛性強化でダメージがなかろうと、ここに全体重をかけられればイェバスは下がれない。
リオは床についていた木剣を引き戻しながら、軸足で床を踏みつけてイェバスの腹部へ体当たりと変わらない勢いの突きを放つ。
イェバスは振り抜いた直後で剣の切っ先が遠い。今さら引き戻しも絶対に間に合わない。
しかし、次の瞬間リオの木剣が下から弾き飛ばされた。
衝撃で両手を上げるリオは咄嗟に重心を後ろに傾けて急速離脱を図る。
密着していたイェバスから距離を空ければ視界も広がる。
リオは自分の突きが何に防がれたのかを理解した。
「柄殴り……」
イェバスは振り抜いた木剣を再度も振るのは間に合わないと即座に判断し、木剣の先を左手で持ち、右手を柄から剣の刃の半ばに移動させたうえで、てこの原理でリオの木剣を殴り飛ばしたのだ。
リオのローキックが放たれた時、リオの視界の外で一連の動作をよどみなく完了させたのだろう。
後退したリオを追撃せず、イェバスは構えを解いた。
「我流というからどんなものかと思えば、よく動く上に体の構造まで把握して動きを止めてくる。一瞬姿を見失って冷や汗をかいたぞ。なにより目がいいな。貪欲に学び取ってやろうって気概が見える。カリルの奴もそんな目をしてた」
感心したようにイェバスはリオを見て、残念そうな顔をする。
「これで才能があれば道場に迎えるんだが、カリルよりも才能がないとはな……」
「バレますよね、やっぱり」
リオは肩をすくめて肯定する。
壁際で見学していた門下生たちがざわついた。
師範代であるイェバスと一進一退の攻防を繰り広げているように見えたリオに剣の才能がないとは思えなかったのだろう。
だが、リオからすれば勝負にすらなっていなかった。柄殴りだけを見ても、リオの攻撃が読まれていたのは明白だ。
イェバスはざわつく門下生たちを見てから苦笑する。
「体格に恵まれていないのはともかく、身体強化の限界が低いのはミロト流では門前払いだ。我流剣術とやらがその形になった理由も分かる。実に合理的で、面白い剣だ」
イェバスは門下生たちに練習を再開するよう言い含めて、リオを壁際に誘う。
「身体強化の限界値が低いのにあれだけ動けるのは歩法や関節などへの理解力によるものだろう。それを教えてほしい。代わりに、ミロト流の五点強化法を教えよう」
「いいんですか?」
「衛兵剣術なんて言われるくらい広まっている剣術だから、ここで学ばなくてもどこかしらで見聞きすることもあるだろう。ただ、半端な理解でやると体を壊しかねないから、責任を持って教えたいんだ」
実にありがたい申し出だと、リオはシラハを呼んでイェバスの後に続く。
イェバスの講義を聞いていると、シラハがふと窓の外を睨んだ。
「あいつが来る」
「あいつ?」
聞き返した直後、涼やかな音と清涼な空気が窓から吹き込んだ。同時に、喧噪が一気に近づいてくる。
悲鳴にも似た喧噪は最後にはイェバスから発せられた。
「スファン様!?」
窓の外の生垣に神霊スファンが降り立った。
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