第三話  巫女様よー! 恋敵よー!

 這う這うの体で宿に逃げ込んだリオとシラハは部屋に荷物を置いて一階の食堂に降りた。

 夕食にはまだ早い時間だったが、食堂はすでに人でいっぱいだ。


「お、スファンの寵愛」

「ありがたや、ありがたや」

「あ、スファンの嫉妬」

「おもしろい、おもしろい」


 冗談のつもりなのか、それとも本気なのか。

 シラハがスファンに認められたとの話は目撃者が多いこともあって一瞬で町中に拡散した。


 元々信仰対象になっている神霊スファンが史上初めて縄張りの鉄柵を越えて人に興味を示したため、人々はシラハを巫女のようにありがたがった。まして、シラハは人目を引く美少女だ。スファンと一緒にいるだけで絵になる。

 さらには、シラハとは逆に神霊スファンに吹っ飛ばされたリオはこれまた史上初めての嫉妬対象として面白がられた。まして、小柄でさほど強そうでもないリオがスファンの一撃を受けても容易く受け身を取ったのだ。冗談めかしてスファンと対等な恋のライバルに持ち上げれば、話のスパイスにちょうどいい。


 スファンが人を個別に認識することは今まであり得なかった。

 最初からこの土地に住み、縄張りから一切出ることもなかったスファンは周囲に人々が集まって町を作っても気にした様子もなかった。

 そんなスファンが突如興味を示し、懐くような様子さえ見せたシラハはもちろん、縄張り外で吹っ飛ばされたリオに人々の興味が集まるのは当然のことだった。

 おかげさまで、食堂はリオとシラハを一目見ようとやってきた観光客や町の住人でいっぱいだった。


 リオとシラハを見た宿の店主が奥のテーブル席に案内してくれる。

 せっかくの客寄せだ。店内の誰からも見えるが店の中に入らなければ見えない席に案内しようという魂胆だろう。

 リオにとっても全方向からじろじろ見られるよりも一方向からの方がまだありがたい。

 メニューをシラハに渡したリオは店内をざっと見回す。

 住人と観光客の比は七対三くらいだろうか。身のこなしや姿勢の良さから、腕の立つ衛兵らしきものが数人、リオとシラハのテーブル近くに座っている。私服姿だが、騒ぎの中心になりそうなリオ達を守ってくれているのだろう。


「野菜メニューが多くて好き……」


 視線を特に気にした様子もなく、シラハが呟く。

 言われてメニューを覗き込めば、季節野菜のグリル焼きや野菜マシマシチーズフォンデュなど野菜が中心のメニューだった。

 広大な農耕地を有するだけあって、野菜は種類が豊富で価格も安い。辺境に位置するリヘーランやサンアンクマユに近いこともあって、ジビエや山菜、キノコも豊富だ。


 観光地であるため人の出入りも多く、調理法も幅広い上に店内の会話を聞く限り味もいいらしい。

 これで注目されてさえいなければ楽しめたのにと、リオは内心で悔しがった。

 あまりに多い客入りに急遽ヘルプで入ったらしい宿の娘が注文を取りに来る。


「お代はいらないから、好きなものを頼んでね」

「いいんですか?」

「この状況でお代まで取れないもん」


 ちらりと他の客を見て、宿の娘は困ったように笑う。客寄せになってしまっているリオとシラハに同情してくれているらしい。

 せっかくなら元を取ってやろうと貧乏根性を炸裂させて、リオはメニューを見直してから注文した。

 注文を終えると、待っていたように客たちが声をかけてくる。


「観光に来たの? 運が良いね」

「スファン様の嘴ってどんな感じだった?」


 主にシラハに質問が集中するが、シラハは「うん」か「はい」か「いいえ」しか口にしない。

 会話の広がりなどなく、時々混ざるナンパ男が認識もされないまま即座に撃沈していく。

 目立つわけにはいかないので、シラハの対応は正解なのだろう。しかし、そっけないシラハの態度はスファンと被るところがあり、むしろスファンの巫女らしいと好意的に受け取られる始末だった。

 明日にはこの町を出た方がいいかと思いながら、質問に適当に答えたリオは私服姿の衛兵の一言で注意を向けた。


「ロシズ子爵領の開拓村か。昔、カリルって奴が道場破りに来たことがあったなぁ。同じ村かは知らないけど」

「カリルが?」


 こんなところで名前を聞くとは思わなかったと、リオは驚いて衛兵を見る。

 冒険者時代のカリルが道場破りを繰り返していたとの話は聞いているが、まさか被害者に出会うとは考えもしなかった。

 衛兵の方も本当に同じ村の出身とは思っていなかったらしく、驚いた様子だった。


「おいおい、本当に一緒の村か。いま、あいつはどうしてるんだ?」

「村に戻ってきてます。俺の剣術もカリルと一緒に作ったものです」

「我流の剣術? そっか、そういう形に行きついたのか。まぁ、言っては何だけど、才能がない奴だったもんな」


 嫌味な言い方ではなく、懐かしむように衛兵は言う。

 興味を惹かれて、リオは衛兵に質問する。


「何流の道場なんですか?」

「ミロト流だ。聞いたことくらいはあるんじゃないか?」


 ミロト流、身体強化の効率的な運用を主体とする流派だ。

 衛兵剣術として普及しているが、別名は騎士崩れ流。

 騎士になるには魔力が少なかったり、体格に恵まれなかった者が衛兵として雇われ、この流派を学ぶことからついた別名だ。


 衛兵剣術らしく、犯罪者を捕えるための捕縄術なども組み込まれた流派だが、その最大の特徴は他の流派には見られない概念、五点強化だろう。

 身体強化の各要素、治癒、瞬発、持久、剛性、柔軟を少ない魔力で効率的に強化することを目的とした概念だ。

 カリルから説明を聞いた際には自分に一番合っている流派かもしれないとリオは考えていた。だが、ミロト流に必要な才能に『身体強化の強度限界が高いこと』というものがあり断念した経緯がある。

 だが、魔法斬りには身体強化の過剰発動が重要だ。身体強化そのものを学ぶにはこれ以上ない流派であるミロト流の道場に、リオは興味があった。


「見学してもいいですか?」

「見学? 道場破りじゃなく?」


 意外そうな顔で言う衛兵にリオは苦笑する。


「カリルじゃないんですよ」

「どうせなら道場破りにおいで。カリルが負けた師範が今も道場にいるからさ」


 門下生が道場破りをしに来いというおかしな話にリオはつい笑ってしまうが、カリルが負けた師範にも興味がある。

 自分の我流剣術がどこまで通用するのか、とても興味がある。


「分かりました。明日、お邪魔します」


 町を出ようと考えていたことなどすっかり忘れて、リオは道場破りを承諾した。

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