第二十六話 緊急会議

 リオ達が戻った時、村はすでに騒ぎになっていた。

 村長がリオ達に気付いてレミニの父に声をかける。


「山の裏手を警戒していたバルドたちが邪獣らしき姿を見つけた。対策会議をするから参加してくれ」

「……こちらも確認した」


 レミニの父の言葉に村長はどこか嬉しそうな顔をする。猟師で目がいいレミニの父が目撃したのならより詳細な情報が得られると期待したのだろう。


「リオ達も見たのか?」

「全員で見たよ」

「なら、証言の照合をしたい。一緒に来なさい」


 村長に連れられて村長宅に集合したのはバルド達警戒組や、冒険者ギルドへの連絡役であるカリル、そしてリオ達だった。

 バルド達の目撃証言もリオ達と同様、山向こうの森を歩く巨体の猿についてのものだった。姿形もリオ達が見た物と一致している。

 だが、ひとつ問題が発生した。


「時間と位置は正確か?」


 険しい顔でバルドが確認すると、レミニの父は静かに頷きを返す。

 バルド達とリオ達は同じ特徴の生物がほぼ同時刻に異なる場所を歩いているところを目撃していた。

 村長が簡易の地図に墨で丸を書きながら険しい顔をする。


「二体いるのかもしれん」

「……もっといる」


 レミニの父の言葉に、村長たちは一斉に視線を向ける。

 無言で続きを促されたレミニの父がぼそぼそと説明した。


「フラウグの実を食べた大型動物の痕跡があった」

「フラウグの実? あの毒か。それがどうして三体目以上がいる可能性に繋がる?」


 村長やバルドの疑問に答えたのは、冒険者として邪獣の討伐を生業にしていたカリルだった。


「邪獣は変じる前の動物に効果のある毒が変わらず有効なんだ。フラウグの実はこの辺りの動物にとって普遍的な毒だから、それを食べたとなると他所から動物が来ていることになる。それが件の大型邪獣とする根拠は食べた痕跡だけでちょいと弱いが、最悪を考えた方がいい――群れごと邪獣化している可能性がある」


 予想される最悪の可能性に、一同は水を打ったように静まり返った。

 一体でも騒ぎになる大型邪獣が群れを成している可能性。少なくとも、現状で二体が確認されている以上否定しきれない。

 バルドがカリルに質問する。


「群れごと邪獣化するなんてありうるのか?」

「邪獣が率いている群れの中に邪獣が発生しやすい傾向は知られている。群れの長が邪獣になって長ければ長いほど、比率が高まることもな」

「……去年の邪獣騒ぎから繋がってるってのか?」

「俺達が捜索していた邪獣だとすれば、秋から今までに邪獣化した奴がいてもおかしくはない。まして、俺達が存在に気付くずっと以前から邪獣化していたとしたら?」


 群れごと邪獣化している可能性はどうしても排除できないと、バルドは苦々しい顔をした。


「フラウグの実を食べていたとすると、奥地から出てきた未知の動物が邪獣化した。ここまではいい。問題は群れの規模と対策だな。カリルは元になっている動物に心当たりはないのか?」

「姿を見てないからなんとも言えないな。……いや、一つだけあるにはあるんだが」

「なんでもいい。情報が欲しい」


 村長に促されて、カリルはリオ達を横目で気にしつつ嘆息交じりに答えた。


「――人だ」


 群れを成す、大型で、猿に似て、二足歩行する。

 レミニの父が鋭い視線でカリルを睨む。


「……フラウグの実を食べているが?」

「人間なら解毒ができる。ガキがフラウグの実が入った殺鼠剤を食べても応急処置で助かるだろ。ピッズナッツを砕いた粉薬で解毒してさ」


 知恵があるからこそ、毒を食らうことができる。

 村長が慌てて否定する。


「待て! 周囲で人が行方不明になったという話は聞かない」

「残念なことに、そこに例がいるんだよ」


 カリルが指摘したのはリオの横でのほほんと突っ立っているシラハである。

 行方不明の届け出もなく、いまも元の身元が分からないままの少女。


「それに、野盗や山賊が流れてきた可能性もある。ともかく、人型である以上は向こうも武器を使ってくると考えた方がいい」

「それはもう、戦争じゃねぇか」


 バルドが頭を掻きながら呟く。

 敵の数は未知数。体格はこちらよりもいい。邪獣化していて魔法を使ってくる可能性大。

 こちらは村という防御拠点があるものの、お世辞にも防備が整っているとは言い難い。獣相手であればともかく、人が相手ではないのと変わらない。

 女子供も多く、まともな武術を修めているのはラクドイとカリルのみ。カリルは腕一本で戦力としてはそう高くない。ラクドイ道場の門下生もいるにはいるが、総戦力で見れば防衛力は高くない。

 カリルが村長に進言する。


「町へ疎開するべきだ」


 戦力差を考えれば当然の結論ではあるのだが、村長は苦しそうな顔で首を横に振る。


「無理だ。生活が立ち行かん」


 辺境の村に蓄えはさほどない。この村は比較的裕福な方だが、町に疎開すれば相応に金銭が必要になる。

 それでも、一日や二日ならば迷わなかっただろう。

 しかし、戦力を集め、山狩りを伴う掃討戦を、実数不明の未知の大型邪獣相手に行うとなると、一日二日では到底終わらない。

 最低でもひと月、場合によっては無期限だ。村を捨てる覚悟すら必要になる。


「……まぁ、無理だよな。ただ、疎開を考えるべき緊急事態なのは変わらない。オレは町の方へ連絡する。冒険者ギルドへの伝手を使い倒して先遣隊を数日以内に送ってもらえるように手配しよう。騎士団がいつ来るかまでは分からない」


 カリルは早々に自分の仕事をするべく席を立つ。一刻を争うため、残りの作戦会議は村長たちに任せるつもりだろう。

 村長は部屋を出ていくカリルの背中に声をかける。


「ラクドイを呼んでくれ」

「分かった。声をかけておこう」


 カリルが出ていくと、村長は村の地図を出す。

 各家の場所、畑、石垣や表街道を隔てる丸太の防壁、周辺の地形も網羅された地図だ。今日のような日のために測量を行って作り上げた詳細な地図であり、同じ精度の地図は領主と町の冒険者ギルドにしかない。

 村長は一同を見回す。


「今日この時より、村は領主ロシズ様から援軍が到着するまでの間、総出で厳戒態勢に入る。女子供も総動員で籠城する」

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