第二十五話 大型の――

 小さな鳴き声がして、頭上から矢の刺さった山鳥が落ちてきた。

 翼に突き刺さっており、当分死ぬことはないだろう。血抜きのタイミングを考えて、わざと翼を狙ったのだ。

 相変わらずの腕前だと感心しつつ、リオは鳥を回収して振り返る。


「レミニ、何羽狩るつもり?」


 小さな合成弓を片手に持つポニーテールの小柄な少女、レミニが背中の籠をリオに向けて答えた。


「後四羽。弟が食べ盛りだし、肉を食べないと筋肉もつかないからね」

「これ三羽目だよ?」

「半分は燻製にするから大丈夫」


 籠の中に山鳥を入れる。先住の二羽が不安そうに見上げてくるが、リオは気にしない。

 籠の蓋を閉めて、リオは引率役のレミニの父に声をかけた。


「大分、動物が戻ってきているように見えますけど、微妙に違和感がありますね」


 去年の邪獣騒ぎの折には山の獣が姿を消した。邪獣を恐れて隠れるか住み家を移したからだ。

 冬を越えて春を迎え、今の山は賑わいを取り戻してきている。それでも、獣の数は例年に比べて少ない印象だった。

 だが、草食の獣が少ないことで行動範囲が広い鳥にとっては絶好の餌場になっているらしく、頭上が騒がしい。


 猟師であるレミニの父もリオと同じ感想らしく静かに頷いた。

 レミニの父は寡黙で、はいかいいえで答えられる質問には首を振ることでしか答えない。


「邪獣の影響がまだ残ってるだけですかね?」


 僅かに悩む様な間を空けて首肯を一つ。

 山に詳しいレミニの父でも邪獣の影響かどうかは断言できないが、他に心当たりはないということらしい。


 先日、バルドやカリルによる調査が行われて安全と判断されてはいるが、あまり長居はできそうにない。

 リオはとげとげしい幹の先にある若芽を摘む。

 今頃、山のあちこちで同じように狩りや採集が行われている。貴重な食糧や薬になるほか、キツネやテンが狩れれば毛皮を町で売ることもできる。

 シラハの剣を買うためにも、リオは兄貴として少々張り切っていた。


 そんなリオの意気込みを知ってか知らずか、シラハは淡々と山菜や薬草を集めている。キノコはまだ見分けられないため採らないように言われており、シラハの籠は緑一色だ。

 ふと、シラハが手を止めて頭上を仰いだ。


「……リオ、あの実は取らないの?」


 シラハが見上げる先には赤い実が密集してついている。一つ一つは親指くらいの大きさで、密集していることもあって枝が垂れていた。

 見た目には美味しそうに見える赤い実だ。わずかに甘い香りもしている。


「それはフラウグの実って言って、毒なんだよ。一つ食べると吐き気が止まらず二つ食べると心臓が止まるって言われてる。そんなにたくさん実がついているのに動物や鳥が食べた跡すらないだろ? みんな避けるんだ」


 完熟すると一部の鳥が潰して体に塗り付け、ノミなどを殺すのに使う。人間も夏が近づくとこの実を採取して殺鼠剤を作ったりする。

 だが、リオはシラハの腕を掴んで木から引き離した。


「熟していないと触れただけで痒くなったり腫れたりするから、近付くな」

「でも、食べた跡がある」

「え?」


 シラハが木の根元を指さした。山菜を拾っている時に目についたのだろう。

 齧った痕のある実と、かみ砕いたらしい種が落ちている。

 噛み痕が見えるように、レミニの父が木の枝で実を転がす。横から覗いたレミニが不思議そうにつぶやいた。


「大型動物だね。見かけないだけで山にいるのかな」

「それ以前に、何が食べたんだろ。鹿や熊でも避けるし、猿なら一つ食べただけで下手をすれば死んでる」


 周囲を見回してみても猿の死骸は見当たらず、熊が通った様子もない。


「……邪獣?」


 シラハが可能性を指摘するが、レミニの父は首を横に振った。


「邪獣にも毒は効く」

「となると、邪獣の影響で縄張りの主がいなくなったから、他所からこの辺りにいない動物がやってきたとか?」


 レミニが考察するが、証拠が乏しく真相は分からない。

 後で村長に報告しておこうと決めて、山の裏手へと向かいながら採集を進めていく。


「鳥ばっかり」


 獲物の偏り具合にレミニがため息をつくと、シラハが首をかしげた。


「……だめなの?」

「駄目じゃないけど、お金が欲しいからさ。去年の秋は山にあんまり入れなかったし、猟師の我が家は財政難なの」

「……苦労を掛ける」


 レミニの父がボソッと謝った。背中がすすけている。

 レミニが笑いながら、父の背中を叩いた。


「しょうがないって! 邪獣が出たのが原因で、お父さんのせいじゃないんだからさ」


 まだ安全が十分に確認されていないのに山が解禁になったのは、レミニの一家のように困窮する家が出てきたからだ。

 そうでなくても、村の裏にあるこの山の柴刈りをしておかないと畑が野生動物に荒らされやすくなる。

 入山許可は様々な大人の事情で下りたのだ。


 それでも、裏山だけで獲れるものはたかが知れている。

 レミニは名残惜しそうに隣山を見た。


「向こうの方まで足を延ばせば雉を狙えると思うんだけど」

「駄目だ」

「分かってるよ。まだ、向こうは安全確認が済んでな――あれ?」


 レミニが何かに気付いて目を細める。

 興味を引かれて、リオはレミニの隣に立ち、視線を追った。


「なんだ、あれ?」


 隣山の中腹、木々の隙間に動く何かがいた。

 最初は熊かと思ったが、歩き方が妙だった。

 観察していたレミニの表情が険しくなる。


「猿みたいに見えるけど……。大きすぎるね」


 熊と見間違うほどの巨体だ。レミニの父も鋭い視線で見極めようとしている。


「……リオ、去年猿の邪獣が出たな?」


 レミニの父に問いかけられ、リオは思い出す。

 バルド達が街道の整備をしている際に出くわした猿の邪獣は通常より二回りほど大きかった。

 隣山で木々の隙間にちらつくあの生き物が猿の邪獣だとしても、前回見たモノよりさらに倍近く大きい。

 周囲の木と比較すると、村で一番体格が良いだろうラクドイよりもさらに頭一つ大きい。木の葉に隠れて見えにくいが二足歩行をしており、太い腕には何かを持っている。

 人と異なるのは全身を覆っている黒褐色の体毛だ。


「あれが何かは分からないけど、邪獣なのは間違いなさそうだね」


 しかも大物だ。イタチの邪獣とは比べ物にならない脅威度だろう。魔法を使う可能性もある。

 もう採集や狩猟をしている場合ではない。


「帰って村長に報告しよう。道中、村のみんなに声をかけあって撤収だ」


 リオ達は静かに木の幹の裏へと隠れ、村へ撤退を開始した。

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