第十一話 救助

「この足で歩いたのかよ? 根性あるなぁ」


 フーラウは感心しながら、リオの左足首の治療を始める。

 身体強化を使って無理に歩いてきたつけが回り、リオの足首は腫れあがっている。努めて意識しないようにしていたが、カリルたちと合流して安心したのか、一気に痛みが増した気がした。


「なんでここが分かったの? 村まではまだだいぶ距離があるはずだけど」


 左足から意識を外そうと、リオは話題を変える。

 木の幹に背中を預けて周囲を警戒していたカリルが答えた。


「バルドさんと一緒に山にも入っていたリオなら、生きていれば目印を残して移動すると考えた。それで、目印を探しながら一気に川の流れを辿ったんだよ。バルドさんたちが後ろから念入りに捜索しているから、俺たちが見落としてもバルドさんたちが拾うしな。一番やばいのは、俺たちが発見する前に獣にやられる可能性だから、広く浅く一気に探すことにしたってわけだ。そうしたら、焚火の煙が見えて、急行した」

「そっか。助かったよ」


 カリルが間に合わなければヤマネコに食い殺されていた可能性が高い。感謝すると、カリルは顔をそむけた。


「お前こそ、良く生きてた。村にまともなガキがいなくなるかとハラハラしたぞ」

「そういえば、ユードたちは?」

「オレが見つけて、バルドさん達に引き渡した。いまごろは村で村長に絞られてるはずだ。オレはリオが流されたと聞いて、フーラウたちとそのまま捜索に来たんだよ」

「リオが流されたって聞いたカリルの慌てっぷりは凄かったぜ。よっぽど気に入ってんだな」

「うるせぇぞ、フーラウ!」


 フーラウに弄られたカリルは不機嫌そうに森の奥を睨み、リオに顎をしゃくった。


「リオ、あの女の子はなんだ?」


 カリルの当然の質問に、リオは戸惑う。リオ自身、彼女については何一つ分からないのだ。

 今はフーラウの仲間の女性冒険者が予備の服を着せるといって、森の奥に連れて行っている。おそらく、ぶかぶかの服に着られて帰ってくるだろう。


「川をさかのぼってたら、あの子が裸でここにいたんだ。言葉を話せる様子もないし、焚火に手を伸ばしたりして危ない。でも、外套を投げ渡したら俺の服装を見て自分から着始めたりする」

「……訳が分からん。話を聞く限りは生まれたての神霊か邪霊だが、雰囲気が妙だしな」

「神霊? 邪霊?」

「あぁ、知らないか。冒険者や騎士でもないと必要ない知識だしな」


 カリルはどう説明するかと呟いた後、続ける。


「邪獣や神獣はそこら辺にいる獣が変化する。だが、神霊や邪霊は何もないところから生まれてくるんだ。有名どころだと、シュベート国を滅ぼした邪神カジハとか、ナイトストーカーだな」

「聞いたことないんだけど」

「村から出た経験がなければそんなもんだ。オレも町に出て初めて知ったしな。フーラウはあの女の子をどう思う?」


 カリルがフーラウに意見を聞く。

 フーラウはリオの左足首に包帯を巻きながら首を横に振った。


「分からないな。ギルドを出た時には行方不明者の噂も聞かなかった。そもそも、人さらいだとしてもこっちの方角に運んでどうする? それに、あの子は外傷もなかっただろ」

「リオの話からして村の子供でもなさそうだし、一度村に連れ帰るしかないか」

「村の人に話を聞けば、情報が出るかもしれない」


 保留という結論が出て、リオは気になっていたことを質問する。


「ねぇ、邪獣はどうなった?」

「イタチの邪獣の死骸は回収したぞ」


 フーラウはそう答え、リオの表情に気付くと苦笑してカリルを見上げた。


「こいつ、この状況でも気付いたんだな。カリルが気に入ったのも分かる。斥候向きだ」

「別に気に入ってねぇよ。リオ、お前が心配してるのは猿の邪獣に傷を負わせた奴だろ?」

「そう。イタチの邪獣じゃないよね?」

「オレも話を聞いたし、邪獣の死骸も見た。あの邪獣は無関係だな。最低でももう一匹、邪獣が潜んでやがる」


 リオの予想は当たっていたらしい。

 カリルたちの口振りでは、いまだに問題の邪獣の正体は不明だ。

 リオは森の奥へ目を向ける。少女が着替えに行った方向だ。


「あの子、背格好は俺と同じくらいなんだけど」

「あの子は犯人じゃないぞ」

「泥跳ねとか怪我の有無で判断した?」


 リオの質問に、カリルは小さく笑う。


「なんだよ、リオも本気で疑ってるわけじゃないんだな。リオの言う通りだし、犯人なら昨日の豪雨も直撃したはずだ。あんな小奇麗なはずがない。おかしな所だらけだが、犯人ではないと思う」

「よかった」

「もう情が移ったか? 意外と惚れっぽいな?」

「からかわないでよ」


 図星を突かれて、リオはカリルを睨む。

 カリルは面白がるようにリオを見て笑った。


 リオの治療が終わるころ、森から少女を連れた女性冒険者が戻ってきた。

 日は落ちているが、リオはフーラウに背負われ、少女は女性冒険者が背負うことで村に向けて出発した。

 カリルが先行して安全を確保しつつ、上流へと進んでいく。

 現役の冒険者だけあって、フーラウ達はリオや少女を背負っていても疲れも見せずに森を走り抜けていく。

 リオは自分を背負ってくれているフーラウに声をかける。


「カリルとは前から知り合い?」

「元パーティメンバーだ。Cランク止まりだがな」

「あんなに強いのに?」

「冒険者が野生動物に後れを取るはずないだろ。大型の邪獣が相手なら死ぬかもしれないくらいの実力しかねぇよ。バルドって言ったか? お前の親父も冒険者をやっていたらCランクくらいの実力だ」


 一般人にもいるくらいの実力だと言われて、リオは複雑な気持ちになりながらカリルの背中を見る。

 リオの気持ちに気付いたか、フーラウは小さく笑う。


「経験や知識があれば、才能がなくても手際よく獣や邪獣を狩れるってことだ。カリルは納得がいかなかったらしいがな」

「どういう意味?」

「そのままさ。剣で身を立てるんだって冒険者になったものの、才能の壁にぶつかって諦めきれずにあちこちの道場に通ってた」


 言われてみれば、カリルは時折リオの下を訪れては的確なアドバイスをして行った。道場通いの経験があったからなのだろう。

 リオは納得したが、フーラウの話にはまだ続きがあった。


「依頼で腕を失って落ち着くかと思ったが、今度は腐って酒に溺れてよ。カリルの知見がもったいないとギルドの支部長が村付きに雇用したって流れだ。どうなっているかと今回の依頼を受けて様子を見に来たんだが……」

「相変わらず酒ばかりで呆れた?」

「まぁな。町にいた頃よりはマシになってるが、更生はしてないな。でもよ、村の子供を捜索するために飛び出していったと聞いてちょっと安心したよ。根は変わってないんだなって」

「――後ろで無駄口叩くな。気が散る!」


 カリルの怒鳴り声にフーラウは肩をすくめる。


「照れ隠しの仕方も変わらねぇなぁ」

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