第十二話 女の子と朝帰り

 リオ達が村に帰りついたのは夜が明け、空が白み始めた頃だった。


 邪獣の襲撃を警戒して松明が煌々と灯る村は死者なしでこの騒動を乗り切ったことを手放しで喜んだ。

 邪獣を警戒中のため羽目を外すわけにはいかないものの、心ばかりの労いに豪華な料理が供される宴が催されたが、リオは途中で合流した父バルドと共にまっすぐに家へと帰った。

 なぜか、少女もつれて。


 リオの無事を心配して眠れなかったのだろう。リオを出迎えた母の喜びは隣に立つぶかぶかの服を着た可愛らしい少女を見て困惑が入り混じる。


「……息子が分裂して娘になって」

「んなわけあるか。怪我はないから、とりあえず寝ろ」


 バルドが母を寝室に押し込んで寝かしつける間に、リオは杖代わりの太い枝と着替えを持って家の裏手に回る。

 ようやく泥だらけの身体をまともな水で洗えると、リオはそそくさと川から水を汲んで風呂場に戻り――先客を見つけて崩れ落ちる。


「なんでいるんだよ。お前は大して汚れてないだろうが」


 借り物のぶかぶかの服を脱いでいる少女にツッコミを入れると、家から女性冒険者が顔を出した。


「ごめんね。あまりにもぶかぶかなのが気になってて、着替えてもらってるの。すぐに終わるから待ってて。それから、事情聴取もするから、終わったら村長の家に来てって」

「わかりましたー」


 脱力感に苛まれつつ、リオは杖にしていた枝を壁に立てかけた。

 風呂場とを隔てる壁に背中を預けて着替えの様子を見ないようにしつつ目を閉じる。


「というか、その子はけっきょくどうするの? 町に連れて行って行方不明者扱い?」

「問い合わせはするわよ。けど、街に連れて行くのは無理ね。面倒を見れないもの。そのあたりも村長の家で話すことになると思うわ」

「ふーん」


 得体のしれない少女ではあるが、敵意があるわけでもない。発見時の状況に不審な点がありすぎて扱いに困るのも事実だが、不幸な目には遭ってほしくなかった。


「終わったわ。怪我した場所に水をかけないようにね」

「どうも」


 風呂場から出てきた女性冒険者や少女と入れ替わりに、リオは風呂場に入って服を脱ぎかけ、視線を感じて振り返る。


「なんで見てるの?」


 じっと観察するように少女がリオの着替えを見つめている。

 上半身裸の状態で、リオはどう反応したものか分からず少女を見つめ返し、気付く。

 少女の視線は、赤ん坊や幼児が初めて見たものを理解するために全体像を眺める時とそっくりだった。

 喜怒哀楽の感情もなく、ただひたすらに見に専念するときの純粋な視線。好奇心ですらない。どんな反応をするのが正しいか以前に、反応する必要があるかも分かっていない視線。


 リオと同じ年頃の少女が、リオを、人間を見てその視線をする意味に気付いて、リオは息を飲む。

 そんなリオの反応にも気付かず、女性冒険者が少女の手を引いた。


「そんなにじっと見てたら着替えにくいでしょう。こっちにおいで。年頃の男の子の着替えを見る時は物陰からニヤニヤしながら見るのよ。ほら、おいで、おいで」

「変なことを教えないでよ!」

「妹ちゃんの教育に悪いことは教えないよ。これは淑女の嗜みだから」

「淑女は覗きなんかしない!」

「それは解釈不一致ね。するわよ。ばれてないだけ」

「知りたくなかったよ、そんなこと……」

「現実を知る少年の落胆、甘酸っぱくって大好物よ」

「早く出てけ!」


 笑いながら風呂場を去っていく女性冒険者と、手を引かれる少女を見送って、リオは今度こそ体を洗い始めた。



 村長宅には家主の村長を始めとして村の主立った面々が集められていた。

 バルドや少女と共に座ったリオは居心地の悪さを覚えつつも話を聞く。

 怪我人はイタチの邪獣にやられてリオに発見された一人だけ。すでに医師の治療を受け、数日で出歩ける程度には回復するという。

 道場主のラクドイが立ち上がり、深々と頭を下げた。


「今回、我が道場の門下生が皆様に大変なご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」


 そう言えば、騒動の発端になったユード達は来ないのかと、リオは外にちらりと目をやる。


「ラクドイ殿は町へ出ていた。止めようもない。それに、今回の件はユード達が日ごろお世話になっているラクドイ殿へお礼をしようと先走った結果のこと。ラクドイ殿には相談一つしてないというじゃないか。責任はあるまいよ」


 村長がフォローする。

 バルドは何か文句を言いたそうにしていたが、経緯は違えど息子のリオも行方不明になって捜索隊が出たこともあって強く言えなかった。


「ユード達にはそれぞれの親からよく言い聞かせる。それよりも、これからのことを話そうか」


 村長が責任追及を放棄して、邪獣対策の話に切り替える。


「山を捜索したところ、イタチの邪獣が見つかり、これを仕留めてはいる。だが、猿の邪獣に手傷を負わせた邪獣と同一とは考えにくい。問題は、手傷を負わせた邪獣がどこにいるのか、だ」


 責任を追及したところで所詮は子供が無茶をしただけだと、その場の全員が話に乗る。

 バルドが山の地図を広げた。正確に測量したわけでもないため、目印になるようなものがどこにあるかが書かれたざっくりとしたものだ。だが、山に何度も入っている村のものであれば風景を思い浮かべられる。


「ユード達を捜索するために山狩りに近いことをしたが、出くわさなかった。全員、もう一度ルートの説明をしてくれ。フーラウさん達は分からないだろうから、リオが頼む」


 地元の人間ではない冒険者のフーラウ達のルートはリオが詳しく説明し、各グループがどのルートで山を登ったのかがおおよそ可視化された。

 明日以降の邪獣探しはまだ確認されていない個所を重点的に探すことになるだろう。

 カリルが一本しかない腕を上げる。


「野生動物が見当たらないのも気になった。バルドさん達やリオ達は集団で移動していたから、動物が隠れていた可能性もある。だが、オレは一人で探し回ったが鼠一匹見なかった。食い殺された獣の骨も見当たらない。巣に引きずり込むタイプかもしれない」

「穴には気を付けた方がいいな」

「もう一つ気になるのは、リオが流された後のことだ。リオ、獣は見なかったんだな?」


 全員の視線がリオに注がれる。

 リオは頷いて、流された後のことを詳しく説明した。

 カリルたちと合流するところまで話すと、村長が難しい顔をする。


「邪獣が獲物を追って、下流へ移動した可能性があるのか?」

「その通りだ。移動していた場合、調査が長引くだけで安全宣言も出せないまま年を越すことになる」

「おいおい、それは勘弁してくれ。キノコやら山菜やらがないと、冬の蓄えを作れなくなる」


 会議参加者の一人がぼやくが、こればかりはどうすることもできない。

 村長が重々しい声で呟く。


「厳しい冬になるかもしれんな」

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