第七話  怪我人と増援

 太陽が傾くにつれて降り出した雨が強くなっていく。

 遠くから光に遅れて届く雷鳴に、村長が困り顔で山を見上げる。


「狼煙を上げるのは難しいだろうな」

「上げられたとしても、見えないね」


 どちらにしても、日が暮れる前にはカリルもバルド達も帰ってくるはずだ。夜の山を明かりもなしに歩くのは地元民でも危険なのだから。


「山に入ったのがユード達六人だけだったのが救いか」

「もっと人数が多かったら、捜索に割く人手も増えるからね。そうなれば、余計に邪獣を刺激するかもしれない」


 そもそも、とリオは村を振り返る。

 ユード達が山に入ったと知って、戦える者は村を防衛できるように配置についている。捜索に割く人手がどれほどあるか分からない。

 リオの父、バルドが連れて行ったのはいわば村の精鋭であり、抜けた穴が大きいのだ。

 しかも、この激しい雨も厄介だ。雨音と雷鳴で少々の物音は消えてしまうだけでなく、見通しも悪い。

 この悪条件では村を防衛するのも容易ではないため、村長の指示で防衛ラインは畑を含まず、村を囲む石垣に下げられていた。


「――村長、朗報だ!」


 村の入り口を守っていたはずの若者が走ってくる。

 朗報と聞いて、村長はわずかに笑みを浮かべて若者を出迎えた。


「どうした?」

「町から冒険者パーティが来てくれた! 邪獣の調査と討伐の依頼を受けてる!」

「討伐もか!? まだ依頼を出してはいないが……」


 村長が不審そうに眉を顰めた時、若者の後を追うように三人組の男女がリオ達に声をかけてきた。


「邪獣の姿は未確認って話だったんだけど、なんだか物々しいな。なにがあったんだ?」


 警戒するように山を睨む三人組の中から、年かさの男が進み出る。

 村長がリオの前に立ち、質問に答えた。


「村の子供が山に入ってしまってな。今、捜索のために山に村の者が入っている。邪獣を刺激しかねんので、村の警備も強化した」

「なるほどな。この雨の中で慣れない山に入りたくはないんだが……。捜索の手は足りてるのか?」

「多い方がいいとは思うが、土地柄、この雨は夜更けまで激しさを増す。あなた方に捜索は頼まない。それより、討伐依頼を受けていると聞いたのだが、事実か?」

「あぁ、領主様のご依頼だ。ギルド側も、邪獣の存在は疑っていないから、依頼を受理した。カリルの奴がオッガンって領主様の配下に根回ししていたみたいだぞ」

「カリルが……」


 村長が意外そうにその名を口にする。

 リオも、あの飲んだくれがそんな気を回せる男だとは思っていなかったため、驚いていた。

 リオと村長の反応に年かさの男は不思議そうな顔をした。


「まぁ、そういう事情なんでな。カリルの奴から詳しい話を聞きたい。フーラウが来たと言えば飛んでくるだろ。乏しいとしても、情報があるとないとでは動きやすさが違うんでね」


 フーラウという名らしい男は村長に片手を差し出して握手を求める。

 村長は困ったような顔でフーラウが差し出した手を見て、口を開く。


「カリルは山に子供が入ったと聞いて真っ先に飛び出して行った」

「はぁ!? あいつ片腕ないだろうが! 何してんだよ、あのバカ。腕が無くなっても懲りやしねぇんだから」


 乱暴に頭を掻きむしり、年かさの男は舌打ちして山を見上げる。


「どうしたもんかなぁ」


 むやみに山に飛び込んで二次遭難の危険を冒してでも救助に行くか、ここで待つかで悩む様子のフーラウはパーティメンバーに目を向ける。

 フーラウの仲間の二人は揃って首を横に振る。


「この雨で知らない山に入るのは無理だ」

「案内がいれば考えるところだけど……」


 視線で問いかけられた村長が難しい顔で断る。


「村の防衛で手いっぱいだ。精鋭がすでに山に入って捜索に当たっているが――」


 村長が最後まで言い切る前に、リオは石垣から飛び降りる。

 案内役を買って出るつもりかと周囲が視線を向けてくるが、リオは木々に閉ざされた山の入り口を指さす。


「人影が見えたけど、様子がおかしい!」


 それだけ言って、リオは身体強化を発動して駆けだす。

 すぐにフーラウ達が後を追いかけてきた。

 フーラウ達に追いつかれるよりも、リオが人影にたどり着く方が早かった。

 人影の正体はバルドと一緒に山に入った腕自慢の一人だった。

 木の幹を掴んで体を支えながら、もう片方の手で腹を押さえている。押さえている腹からは血が滴っており、顔面は蒼白。身体強化で無理やりここまでたどり着いたというありさまだった。


 すぐに駆け寄って支えたくなるところをぐっとこらえて、リオは周囲の木々に目を凝らす。

 怪我をしているからには怪我を負わせた何かがいる。追ってきているとすれば、怪我人に近づけば不意を打たれる可能性があった。

 周囲の安全を確認しているリオにフーラウ達が追い付き、同じように周囲を警戒する。パーティメンバーの女性が手荷物から包帯や水を取り出して応急処置の準備をしていた。場慣れしているだけあって冷静な対処だ。


「安全確認よし。応急処置をして村に運ぶぞ」


 フーラウの指示を受けて、女性が怪我人に駆け寄り、フーラウ達は怪我人の背後を守るように立って武器を抜く。

 リオは怪我人に駆け寄り、肩を支えた。


「しっかりして」

「……リオか」

「詳しい話は応急処置をしてからよ」


 女性に窘められても、怪我人は言葉を止めなかった。


「邪獣が出た。見た目は何の変哲もないイタチだ。折った枝を高速で飛ばしてくる。バルド達が食い止めてるが、手に負えない。場所は三つ沼だ」


 止めても話し続ける怪我人に顔をしかめた女性が腹部に刺さっていた太い枝を見て舌打ちする。


「君、村に医師は?」

「いる。この状況だから起きてると思う」

「なら、そっちに任せた方がいいわ。このまま運ぶわよ。フーラウ、交代して」

「分かった」


 すぐに女性が怪我人のそばを離れ、フーラウがマントを怪我人の傷口に当てて抱き上げる。

 怪我人を抱えたフーラウを護衛する形で木々の隙間を走り抜け、リオ達は石垣のそばで心配そうにしている村長の下へ運び込んだ。

 怪我人を見てすぐに状況を察した村長が駆け寄り、怪我人を引き受けて走り出す。


「状況は最悪だな。悩んでいる暇もない。おい、そこのあんた、三つ沼って何所か分かるか?」


 フーラウが自分たちの到着を村長に告げた若者に問いかける。

 しかし、若者は困り顔で首を振った。


「すみません。自分はたまたま隣村から商談できているだけでこっちの山の地理は詳しくないです。三つ沼ってのがあるのは聞いてますけど、詳しい場所となると村の人に聞かないと」

「そうか。まぁ、知っていても戦力を村から引き抜くわけにもいかないか。……少年、三つ沼の場所は分かるか?」


 フーラウに質問されて、リオは意外に思いつつ頷いた。


「分かるよ。案内もできる」

「気が進まないが、一緒に来てくれ」


 戦力としては数えられていない子供のリオならば村から引き抜いてもいいという判断か、フーラウは山を指さしてリオに案内を頼む。


「いいの? 戦えないよ?」

「素人に邪獣と戦わせるわけがないだろ。さっき、怪我人を見つけた時の反応も対応も素人にしては悪くなかった。身のこなしも軽い。いざとなればすぐに逃げに入れる冷静さもあるようだし、現状では君を連れて行くのが最適解だ」

「分かった。三つ沼まで案内するから、ついてきて」


 そもそも、邪獣を足止めしているのはリオの父、バルドだ。増援を連れて行けるのならばリオとしても望むところだった。

 頷いたフーラウが山へと駆け出し、リオは後を追う。リオの左右を守るように、フーラウの仲間が歩調を合わせてついてきた。


「頼んだぜ、少年」


 声をかけてくるフーラウに頷き返して、リオは口を開く。


「三つ沼は山の中腹にある。途中の崖を迂回することになるから、指示に従って」

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