第六話  行方不明

 薪を炭焼き小屋へ運んでいたリオに得意そうな顔をして、ユード達道場の門下生が数人、ぞろぞろと村を出ていく。

 町へ買い物にでも行くのかと思ったが、あの表情はおかしい。

 不思議に思いながら炭焼き小屋にいる若夫婦に薪を届け、小銭を払って炭を買う。


「リオは山に行かないのか?」

「予定はないよ。なんで?」


 若旦那は炭が付いた指で木の板に何かを書き付けながら、リオの質問に答えた。


「道場の門下生が何人かで組を作って山に入るんだろ? 今日じゃなかったか?」

「あぁ、あいつら町に行くんじゃないんだ。俺は行かないよ。道場に行ってないから」

「あ、そういえばそうだった」


 ただの世間話でさほどの興味もなかったのだろう。若旦那は話題を変える。


「身体強化を習ったんだよな。薪が軽かっただろ?」

「身体強化は使わずに運んできたよ。体を鍛えたいから」

「マジかよ!?」


 少し大げさに、若旦那はリオを二度見する。


「ユード達はいつも身体強化してるぞ。体を慣らしておかないといざという時に感覚がついていかないからって、道場の方針らしい」

「基礎体力をつける時は使わないだけで、訓練はしてるから大丈夫」

「なるほどなぁ。そういえば、道場でも走り込みとかの成績上位者にしか身体強化の普段使いは解禁されてないってユードが自慢してたな」


 ユードはまたサボってるのかと、リオは炭焼き小屋から山に目を向ける。

 姿の見えないユードに呆れていると、炭が入った木箱がどさりとリオの前に置かれた。


「体を鍛えているなら手伝ってやるよ。これを運んでくれ。駄賃に鳥の燻製を渡すように箱の横に書いておいたから、もらい忘れるなよ。筋肉をつけるなら、肉を食え、肉を」


 体よく配達を頼まれて、リオは苦笑する。


「分かった。ついでだし、行ってくるよ」


 木箱を持ち上げて、リオは歩き出す。鍛えているとはいえ、炭が満載された木箱はかなり重い。

 これでは体を鍛える以前に腰を壊しそうだと判断して、リオは身体強化の魔法を緩く発動した。

 途端に木箱が軽くなる。


「やっぱり便利だな」


 農作業でも格段に楽になるというのに今まで教えてもらえなかったのは、幼いころから頼りすぎると骨が歪んで成長したり、運動神経に異常が出るからだという。


 だが、最たる理由は力加減やケンカの仕方も分からない子供に教えると事故が起こるからだとバルドは話していた。

 身体強化の魔法を使えば五歳の子供でも鉄の鍬を振るって畑を耕せるのだ。危なくて仕方がない。


 燻製小屋に木箱を届けると、中では小屋の主の中年男性とカリルがいた。

 二人の間には燻製の肉や腸詰がある。変わったところではカボチャの燻製があった。一本しかない腕で酒瓶からじかに酒を飲んでいたカリルはすっかり出来上がった赤ら顔でリオを見た。


「ぁんだ? リオじゃねぇか。どうした?」


 昼間から二人して、燻製を肴に一杯やっているらしい。


「炭を届けに来たんだよ。それにしても、カリルはいつも酒を飲んでるね」

「オレには剣も冒険者も才能がないとばかり思っていたら、酒を飲む才能はあったみたいでな!」


 けらけらと自虐的な冗談で笑い、カリルは酒瓶をテーブルに置いてカボチャの燻製を摘まむ。


「あ、そうだ、リオ。町から冒険者が調査に来ることになった。もうちょっとで山に入れるようになるぜ」

「……邪獣の調査ってまだ終わってなかったの?」

「当たり前だろ。冒険者は町の外に出払ってる時間の方が長いんだ。聞き込みしようにも帰ってくるまで待つことになるから時間がかかるんだよ。調査するってことはギルド側にも心当たりがないってことだから、邪獣が山にいる可能性が高い。間違っても入るんじゃねぇぞ」


 釘を刺して酒瓶に手を伸ばそうとしたカリルはふと手を止めてリオをじっと見る。


「おい、なんか隠してねぇか?」

「隠してないよ。ただ、道場の門下生が何組かに分かれて山に入るって話を聞いたんだ」

「それはオレが村長に話して止めてもらったろ」

「今日、ユード達とすれ違った」

「――あんのクソガキっ」


 椅子を倒す勢いで立ち上がったカリルは燻製小屋の主を見る。


「村長に報告を頼む! オレは後を追う!」

「待て、待て! カリルが行っても逆効果だ。あいつらはカリルを舐めてる!」

「邪獣がいる森に素人を向かわせたら二次被害が出るだろうが。必要ならぶん殴って言うことを聞かせるだけだ。リオ、お前の親父に人を集めてもらえ。オレは先行してクソガキ共を見つけて狼煙を上げる!」


 すっかり酔いがさめたのか、カリルは慌ただしく燻製小屋を出ていく。鈍器にでもするつもりか、走りながら酒瓶の口を下に向けて中身を捨てていた。

 リオは身体強化を使ってカリルとは反対方向へ駆けだす。後ろから燻製小屋の主が追い抜いて村長の家へと駆けて行った。

 リオは身体強化込みで走り込んだ勢いを使って石垣を飛び越え、広がる畑を見回してバルドの姿を探す。

 木陰で休憩しているバルドたちを見つけて、リオは声を張り上げた。


「父さん! ユードたちが山に入ったって!」


 リオの言葉に、バルドはすぐさま立ち上がった。


「まだ邪獣の調査は終わってないぞ!?」


 バルドたちの下へと駆けながら、リオは経緯を説明する。それでも、ユード達が山に入った理由までは分からず、バルドたちは顔を見合わせた。


「師範のラクドイはどこだ?」

「昨日から町だ。身体強化しながらの訓練用に防具を発注しに行ってる」

「ってことは、ユード達は普段着で山に行きやがったのか? バカか、あいつら!?」


 舌打ちして、バルドはリオに向き直る。


「ユード達が山のどこに向かったか分かるか?」

「分からない。カリルさんが後を追ったけど」

「カリルか。元冒険者だし、追跡はできるな。目印も残すとは思うが――」

「ユード達を見つけ次第、狼煙を上げるって」

「よし。リオは家に戻って父さんの弓を持ってきてくれ。村の裏手に集合だ。急げ!」


 バルドに言われて、リオは自宅へ走り出す。

 身体強化を使っていることもあってすぐに自宅に到着したリオは洗濯物を干している母の横を走り抜ける。


「リオ? どうしたの、そんなに慌てて」

「説明はあと! 父さんの弓は?」

「矢の束と一緒に納屋よ」

「ありがと!」


 玄関へ向かっていたリオは即座に方向転換し、納屋へと走る。

 よそ者もなかなか来ない村だけあって納屋に鍵はかかっていない。こんな時ばかりは不用心さもありがたかった。

 重い扉を開けて体を滑り込ませたリオは、壁に取り付けられた戸棚に父の弓矢を発見して掴み取る。


「納屋の扉、閉めておいて!」

「ちょっと、自分でやりなさい!?」


 母の注意を聞き流し、リオは猛スピードで家を出ていく。

 流石に全力で走りすぎて息が上がってきていたが、それでもリオは足を止めることなく村の中を走り、合流場所である裏手に到着する。


「父さんの弓、取ってきたよ」

「でかした。リオは村長と一緒にここにいてくれ。先にユードたちが戻ってくるかもしれん」

「合図は狼煙?」

「そうだ。頼んだぞ。者ども、行くぞ!」


 バルドが仲間たちに声をかけ、率先して山の中に入っていく。

 てっきり、カリルがあげる狼煙を待つかと思っていたがどうやらバルドたちは別動隊として捜索を行うつもりらしい。

 バルドの後ろからついていく男たちは三人。農業の傍ら狩りをこなす山になれた人選だった。


 バルドたちを見送って、リオは石垣に腰かけて山の上の空を見上げる。

 不穏な灰色の雲が山を覆いつつあった。

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